第16話 敵中突破

 支援砲撃の弾雨がオマハ郊外の地面を滅茶苦茶に掘り返した後を、剣中隊はウェストン方面へひた走っていた。

 先頭をドイツ軍のパンツァーカイル陣形を模倣した陣形で進撃するのは、森里少尉率いる十両の六○式装輪戦闘車であった。二個小隊規模の臨時編成で、先任の森里少尉が二個小隊を率いている。


 大隊長の愚痴によれば、本来なら一個中隊がつけられるはずだった六○式は二個小隊規模にまで目減りしていた。

 理由は出撃前の戦闘で生じた戦闘での損害への穴埋めとして、六○式の何両かが陣地防衛に割かれる事となったからだ。

 陣地防衛に仮にも機動兵器である戦車(正確には装輪戦闘車だが)を用いるのは下策だと剣は思った。が、旅団が戦力の余剰を失いつつある現状で、無い袖が振れないのも確かだった。

 約束された支援が目減りするなど、戦場では日常茶飯事なのだ、と納得するほかない。


 「戦車」の後ろには装甲歩兵輸送車の群れが続いている。下車するまで時間がかかるデメリットもあったが、剣は可能な限り速い移動速度を維持するにはこれが最善と判断していた。

 その判断には周囲が遮るものがほとんどない平野部の移動であることも影響している。森林や丘陵といった視界を遮るものがないので、不意を打たれることはあまり考えにくかった。


 その敵に関しては旅団司令部から降りてきた情報で、ある程度の配置が判明していた。

 今のところBUGの「主力部隊」である「アルファ師団(もちろんあくまで人類側が理解するための便宜上の呼び名である)は国道六八○号線からオマハ市街へ通じる橋付近へ殺到している。

 「ベータ師団」は四八○号線のミズーリ川橋付近で相変わらず渡河を試みている。

 「シータ師団」はギフォード・ポイントと呼ばれる、「オマハ丸」と似たような地形のあたりへ広く薄く「布陣」している。

 それに続く「デルタ師団」は80号線を南下して、「ベータ師団」を支援するような動きを見せている。


 言うまでも無く、人類側はどの戦線でも守勢に立たされている。

 このうち、「デルタ師団」の出現はあまりに唐突過ぎて、事前に情報が把握しきれなかったのだという。なんとも間が抜けた話だと、剣は考えている。

「何か、見落としたのだろうな。戦場ではよくあることだが」 

 武隆改二三型の計器や液晶に囲まれた後部操縦席で、剣はそんなことをつぶやく。

 実際、戦場は命の危険にさらされる高ストレス環境だ。ストレスは視野を極端に狭める(比喩ではなく、実際に見える範囲が狭まる)から、とくに新兵は普段なら見落とすはずがないものを見落とすことがある。

 不意に通信機のランプが点滅し、先行していた偵察用自動二輪車オートバイからの通信が入る。

 移動する「デルタ師団」の一部を捕捉したのだった。


「『デルタ』の一部と思われる移動中のBUGを…」


 オートバイ兵の報告の最中生体砲弾が炸裂する音が入り交じり、聞き取りが難しくなる。


「ただちにそこから退避しろ、繰り返す、そこからただちに退避せよ」


 剣はそう通信機に向けて怒鳴るような声で返す。

 その通信が向こうに伝わったのかは分からない。

「発見されたな」


 短く呟くと、通信機のスイッチを操作する。

「中隊各員に告げる。敵師団の一部と接触。これより装甲歩兵は下車戦闘準備。戦車部隊は予定通り接近するBUGへ各個射撃開始。装甲歩兵の戦闘加入まで時間を稼げ」


 その言葉に、外部カメラの映像を映すモニター上で中隊の各車両が忙しく動き始める。六○式各車が105ミリ滑空砲の仰角を上げ、射撃を開始する。

 下腹部を刺激するようなくぐもった発砲音が響き、その振動で樹脂製PETボトルの水面が揺れた。

 カメラの画角を操作すると、こちらへ向けて進撃しつつあるBUG群が視認できた。見るからに大型のBUGが中心であることが目に見えて分かる。

 中でもアルマジロ型は身長が10メートル前後と装甲歩兵と同程度の大きさがあるため、視認しやすい。

「アルマジロ型は装甲が固い。面倒な事になるな」

 剣の表情が目に見えて渋い物となる。今は兵の目を気にしなくて良いから、感情が表に出ている。

「まず奴らを排除しないと。王国軍の支援どころじゃありませんからね」

 操縦手を務める来栖軍曹はそんなことを呟き、操縦席側面に固定された樹脂製ボトルから伸びたストローで戦闘用補水液を飲む。

 喉の渇きを覚えたというよりは、戦闘前の儀式のようなものだ。落ち着いて水分を摂取する時間が無いことは、戦場ではよくある。特に美味い訳ではないが、戦場においては甘露というほかない。

 その間にも彼女は機体を操作して、膝立ちの姿勢から歩行姿勢へと変更している。

 戦闘補助人工知能AIが補助しているからこその芸当だった。、駐機姿勢から歩行姿勢への転換のようなと定型動作は、瞬時に可能なよう設定されている。

 『武隆改』のような第五世代型装甲歩兵だからこその芸当であった。兵員の負担を減らすため、人間の判断が必要な事のみに集中するための機能だった。 

「相変わらず落ち着いているな、先任軍曹」

「ええ、問題ありません中隊長殿。貴方の足程度の役割は問題無くこなせます」

 来栖軍曹はこともなげにそう言うと、後部座席からでも分かる満面の笑みを浮かべる。剣の皮肉に対して、慣れた口調であしらう姿は余裕そのものだ。

「ならば、問題無い。励め」

 剣の言葉に、来栖はクスクス笑いを漏らしそうな口調で了、と短く答えた。 

「第一小隊、各機下車完了」

 鳴神少尉からの通信を皮切りに、装甲歩兵が下車を完了した報告が相次ぐ。

 同時に、生体砲弾の炸裂音が一段と近くなっており、爆発によって生じる振動も大きくなってきている。

「装甲歩兵各機、戦闘加入急げ。作戦通り、部隊の突破を最優先とする。無駄な戦闘は極力避け、一刻も早く会合地点であるC空港への到達せよ」

 通信回線の向こうから、了解の声が返ってくる。 

「さて、この急造増強中隊でどこまでやれるか、だな」

 剣は心から楽しそうに呟いた。

 液晶画面には中隊に所属する装甲歩兵と戦闘車両がアイコンで表示されている。

 色分けされた地形図と重ね合わされており、戦況が容易に理解出来るように工夫されている。

 BUGに関しても可能な限り、アイコン化されて表示されている。

 国道方面から接近しているBUG群の規模は、大型が二十程度、中型が三十程度と見積もられていた。

 戦闘指揮補助AIの脅威度評価は、人間の軍隊に換算して中隊規模。あくまで概算値とはいえ、気の重くなる数字だった。

 外部カメラの映像が見たくなり、戦術指揮端末のスイッチを切り替える。片膝立ちの姿勢では見えなかったが、どうやら周囲は傾斜が緩やかな丘陵地であるように見えた。

 金属製のゲートには「GARNER CEMETARY」と書かれている。

 公園のような芝生が敷き詰められていたであろうそこは、すでに雑草が生い茂っていた。

 それでも、雑草の中から顔を出しているいくつかの墓石が、ここが墓地であることを示していた。


「これはくたばっても埋葬の手間が省けそうだな」

 剣の言葉に来須軍曹は意味ありげに微笑んでみせる。


「さすがに墓石を砲弾で吹っ飛ばすのは気が引けますけどね」


「戦場を選ぶ贅沢は言えないさ。まあ、眠っている合衆国市民たちには、生者を救うためと我慢してもらうほかなかろうよ」 

 そんな会話の最中にも、生体砲弾は剣中隊に向けて放たれていた。

 そのうちの数発が布陣を終えたばかりの第一小隊の目前に落下し、大地をえぐり取る。

地面から強制的に引き剥がされたのは土塊つちくれだけではなく、いくつかの墓石が混じっているように見えた。BUGの攻撃は人の一生を記した記憶のよすがすら、容赦することはないようだった。


 第一小隊がその砲撃に答えるように、突撃砲の射撃を開始した。

 剣中隊の初陣として対BUG戦史上に刻まれる「ガーナー墓地の戦い」は、こうして始まったのである。


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