第18話 パルーカ・サハティ掌翼長

 その少女が操る人形は、一種異様な雰囲気をまとっていた。


 基本的に「人形」という異世界由来の戦術兵器とて、近代軍事学の原理原則からはずれた存在ではない。


 可能な限り敵の攻撃が届かない遠距離アウトレンジから、投射兵器によって一方的に相手を叩くのが軍事的理想である。


 それは古代や中世とて同じであり、弓矢が長らく諸国の主力兵器メインウェポンであったのもその証左だ。


 刀剣などの白兵戦用の武器はあくまで経済的、あるいは戦術的な理由から副次的兵器サブウェポンとして用いられるものであった。


 現代においては銃砲に加えて射程の長い誘導弾ミサイルがそこに加わり、その傾向はますます顕著になっている。 


 しかしながら、彼女はそういったものから自由な立場を楽しんでいた。

 彼女が乗るのは「ファ・ラトゥーガ高機動型ハイバーティカ」。

 可能な限り装甲を省いた上で敏捷性強化魔法を発現させる専用理力石を両肩装甲内に装備したカスタム機体だった。


 赤銅色の師団標準塗装に比べて、深紫こきむらさき色の特殊塗装は、はるか遠くからも視認出来た。


 余談だが、BUGに対しても迷彩塗装は(ある程度)有効であるとされている。

 

 少なくとも発見を遅らせる効果はある、というのが各国共通の経験則として確立している。


 まるでそれを無視している塗装は、その戦闘スタイルと相まってある種の名物と化していた


 彼女が主兵装として用いるのは、地球で言えば細剣レイピアに似た人形用の剣であった。


 刀身は人間用の剣とほぼ変わらないように見えるが、構造強化魔法と、高速振動魔法が付与されている。


 そのため、通常の刀剣ではおよそ切ることの難しい高度を誇る大型BUGの装甲を切り裂くことも可能だ。


「ああ、もう。数が多いなあ」


 パルーカ・サハティ掌翼長は赤い瞳を細めながら、苛立ちの表情を浮かべる。


 魔力で拡張された視角越しに周囲を見渡し、瞬時に状況を把握する。


 周囲はまるで預言者が海を割った神話のごとく、BUGの「死体」で道が出来ている。


 彼女の機体を取り囲むように、黄土色のアルマジロ型の巨体が鋭い牙を剥き出しにしながら取り囲んでいる。


 アルマジロ型がそのままでは鼓膜を損傷しかねない轟音で咆哮しながら、生体砲弾である牙を何本も射出する。


 その牙が機体のどこかへ突き刺されば、生体炸薬が起爆してTNT爆薬にも匹敵する爆発を引き起こす。


 しかし、パルーカににとってそれは静止しているように遅く見えているから、回避することは造作もない。


 敏捷性強化魔法で機体の反応速度が向上している上に、動体視力をも魔法によって強化しているからだ。


 誰でも出来ることではない。


 素質のある人間でなければ強化した敏捷性に振り回されてしまうし、強化された動体視力に酔ってしまうだろう。


 「およそ正気の沙汰ではない」、とは彼女の教官を数日で辞めた者の弁である。


 つまるところ、彼女の戦闘スタイルは、天性の魔法戦闘センスによるところも大きいのだった。


 生体砲弾の雨を回避しながら、パルーカ機はアルマジロ型の足下に潜り込む。


 流れるような動作で、細剣で巨大な胴体を支える太い足を切り裂く。


 その足は砲弾の直撃に耐える強固な装甲に覆われているはずなのだが。


 しかし、彼女の細剣は日本刀で巻き藁でも切ったように鮮やかに脚部を次々と解体していく。


 体重を支えきれなくなったそのアルマジロ型が転倒する頃には、別の個体のアルマジロ型の胴体を、真一文字に切り裂いている。


 パルーカの機体の動きに翻弄されるアルマジロ型の群れは、ただ彼女の機体を追いかけることに夢中になっている。


「BUGは反応が単調だから、面白くないな。やっぱりゲームの方が面白い」


 パルーカは無表情でそうつぶやくと、十体目のアルマジロ型の胴体を2つに分割し終えていた。


 通常、アルマジロ型のような大型BUGに対して、国際連盟軍の戦闘教義ドクトリンは基本的に遠距離攻撃で対処することを定めている。


 やむを得ず近距離クロスレンジ戦闘を行う場合でも、小隊以上の集団戦闘で当たることが推奨されていた。


 パルーカがいかに規格外であるかがうかがい知れる事実であった。


「パルーカ、そろそろ下がれ。今は、魔力の消費は抑えておけ」


 通信用理力石から上官であるヒルデリアの声が響く。

 

 夕刻に帰宅を告げられる、砂場遊びに興じていた児童のように不満げな顔が浮かんでいる。 


「まだやれるよ?ほとんど消耗してないし」


 パルーカの声には呼吸の乱れがまったく無かった。


 通常型のファ・ラトゥーガなら、同様の動きをすれば魔力消耗が激しすぎて、気絶してもおかしくない。


 しかし、パルーカの並外れた魔力容量と、高速機動時の魔力消費を抑える事を可能とする高機動型の機体特性がそれを実現している。


 ただ、その代償として乗りこなすのが難しい、尖った操縦特性ピーキーに過ぎる機体なのだが。


「お前は切り札なのだ。温存しておきたい、わかるな」


 子どもを諭すような声色に、パルーカの顔から瞬時に不満の色が消える。


「わかった。撤収する。援護よろしく、姫さま」


「言われるまでもない。任せておけ」


 パルーカは行き掛けの駄賃とばかりにもう一体のアルマジロ型を袈裟懸けけさがけに両断すると、瞬時に遁走逃げに移る。


 瞬きする一瞬にアルマジロ型の包囲から離れ、空港の滑走路上に移動している。


 彼女のことを知らない他国の将兵が見ていたら、瞬間移動の魔法でも使っているのかと勘違いしかねない動きだった。


 実際は人形の走行速度を限界まで高めているだけなのだが。 


 いかな高機動型とはいえ、肉眼で捉えるのが難しいほどの移動速度で動けるのはパルーカくらいのものだ。


 彼女の機体を後ろに隠すように、ヒルデリアは自らのデミ・ウリエーラを前に出す。


「魔力同調開始。焔杖魔法一斉射撃準備」


 空中に蒼い焔で構成された杖がいくつも錬成される。


 一方、アルマジロ型は、瞬時にかき消えたパルーカの機体の幻影に囚われて戸惑っている。


 そこへ、各機体の魔力同調で威力を高めた焔杖魔法が放たれる。


 魔力同調とは、各々の機体の魔力周波を合わせることによって主に攻撃魔法の威力を増加させる技法である。


 転移魔法でも用いられている技術だ。


 日頃からの訓練と、適度な精神集中がなければ使えない魔法技術だが、その威力はすさまじい。


 パルーカの機体挙動に幻惑されて、大半のアルマジロ型は装甲を最大限に生かす防御姿勢を取り損ねた。


 結果十数体のアルマジロ型が蒼い高温の焔の杖によって、可動範囲を確保するために装甲の弱い部分を狙い撃ちされる。


 装甲防御によって被害を減じた個体もいたが、ダメージが皆無な訳ではない。


 結果、残っていたアルマジロ型のほとんどが動きを止めていた。


「残りは任せて。から、もう回復した」


 ヒルデリアが止める間もなく、パルーカの機体はもう飛び出していた。

 行動が鈍っているアルマジロ型の数体を瞬く間に解体すると、今度は中型や小型BUGの掃討に移っている。


「まったく仕方のない奴だ。面倒な重装甲型は片付いた。残敵を掃討する。我に続け」


 ヒルデリアはデミ・ウリエーラで前に出ると、ハウンド型と呼ばれる四足歩行獣型のBUGへ狙いを定める。


 アルマジロ型に比べれば装甲など無きに等しいが、限定的ながら集団戦術を用いる面倒な個体だった。


 生体砲弾を放つことはないとはいえ、格闘戦能力に優れているため厄介な相手だった。


「氷狼の咆哮、絶対凍結サウルトゥルー・シエラ


 人形の腕から周囲を凍てつかせる冷気が迸り、音を立てて大地が氷ついていく。

 

 その冷気はヒルデリアの機体に群がろうとしていたハウンド型を、一気に氷の彫像へと作り変える。


 比較的寒冷な環境にも適応するBUGとはいえ、業務用冷凍庫以上の冷気を浴びせられて凍結してはもはや動くことはない。

 

 面倒な敵が一気に片付いたことで、ル・バトゥーム隊の士気は上がった。

 

 快哉を叫んでいるものすらいるのに、彼女は苦笑する。

 師団主力と合流すらできていない現状を考えると、まだ喜べる段階ではない。


 「姫さまに続け。残敵を掃討する!」


 ユルスラ・ボアド先任掌十長が号令し、再び焔杖魔法が放たれる。


 この攻撃でようやく索敵範囲内のBUGが消失した。


 すぐに移動し、師団主力と合流を果たさなければならない。


 だが、視界に見えているはずのC空港が、ヒルデリアにはやけに遠く感じられた。

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