第13話 義理立て
「増援要請でありますか?」
樫村少佐は渋面を作りながら、司令部の野戦電話から聞こえてきた声に応じる。
「そうだ。王国軍は現在例のC空港で新たなBUG群『デルタ』と交戦中だ。当初の予定通りならば、『ベータ』を背後から攻撃する予定だったが、出会い頭に戦闘に
なったせいで、それなりの損害が出ている」
無線通話の相手は直属の上官、第二旅団司令官の高嶋少将だった。
樫村にとってさほどの面識はない。着任挨拶と、KF基地でのいくつかの会議で私見を述べた程度にすぎない。
おぼろげな記憶での外見は樫村とは対照的に長身で痩せ型。けして美形とはいえないが、妙に愛嬌のある顔をしていた。
以前は戦車隊の将校であり、装甲歩兵を中心とした旅団を任されるのは初めてと資料にあった。おそらく、装甲歩兵出身の高級将校がまだ少ないからだろう。
今どきはさほど珍しくもなくなった陸士出身ではない将官で、同期に聞いた情報では「気取らない、合理的な性格の将官」という噂だった。
所詮は噂で、どこまで当てになるかは分からなかったが。
「それで、私の大隊から虎の子の予備兵力を抽出せよ、とおっしゃる訳ですか」
あえて棘のある言い方で、高島の出方を探る。
上官といえど、命を預けるにたる男なのか見極める必要はあると思っている。
「まあ、そういうな。旅団砲兵隊の支援射撃をつけてやる」
「足りませんな。せめて戦車隊はいただきたい」
「無茶を言うな。戦車は出せんが、例の装輪戦闘車なら一個中隊をつけてやる」
「六○式ですか。了解しました。それで手を打ちましょう。有り難くあります。支援部隊もつけていただけますかね」
樫村は内心では舌打ちをしながらも、声色はあくまで不自然に明るく返答する。
六○式装輪戦車はつい最近配備が始まったばかりの戦闘車両だった。戦車の砲塔を、八つのタイヤを装備した装甲車両に載せたものだ。
戦車の砲火力と、装甲車の機動性を併せ持ち、すぐれた早期展開性能を持つという触れ込みだった。
対BUG戦では砲火力の素早い展開能力が必要、いちおうはそういう現場の意見と予算上の制約を加味した末に作られた兵器だった。
ただし、装輪車両であることから悪路走破性能は戦車に劣るうえに、装甲防御力も純粋な戦車ほどではない。
装備する主砲も本職の戦車から見れば火力に劣る五一口径一○五
現場の将校にありがちな新兵器を毛嫌いする悪癖を、樫村は濃厚に持っているのだった。
「分かった、もっていけ。詳細は書類を持って行かせる」
「有り難くあります。なにしろ、こちらは慣れない拠点防御で手一杯でしてね。」
「そう言ってくれるな。装甲歩兵部隊に無理をさせていることくらいは知っている…しかし、上官相手に
高嶋少将は愉快そうにひとしきり笑ったあと、真面目な声色へ戻る。
「良いか、同盟国に対して義理を立てる必要がある。こちらとしても痛手だが、あとであれこれ言われるよりはマシという奴だな」
「少なくとも、我々も打てる手は打ったと。アリバイというやつですな」
「いちおうは言っておくが、無事救出できればそれが最善なのだ。貴重な予備兵力を割くのだからな。成果の一つも無ければ困る。同盟国軍を見事救出して凱旋してもらうのが最善だ」
高嶋少将の声色がドスの効いたものとなり、樫村は心中で苦笑いする。
――話の分かるところを見せておいてから、締めるところは締めて見せる。この御仁、さすがは陸士卒でないのに将官ということはある。
「了解いたしました。友軍救出の任務、徹底させます」
「それで、その予備兵力を
「剣京輔大尉、典型的な『大陸浪人』ですな。
人事考課表に書き込まれた人物評と自分の見た剣という男の評価について、樫村はあけすけに話した。およそまともに出世するとは思えない人事考課表であったため、印象に残っているのだった。
人事考課表とは、たとえ軍隊のどこに行こうともついてまわる軍人の成績表のようなものだ。そして、たいていの上官は考課表に書かれた芳しくない評価を無視することはない。
文字通り、自分の命がかかっているからだ。
「そいつは楽しいな。この北米においては、士官学校出の
笑い声をあげる高嶋の声が、どうにも癪に障る。
――そうか、こいつも同じなのだな。
この上官が好かない理由に思い当たり、樫村は唇をへの字に曲げる。
――こいつも戦争を楽しんでいやがる。BUGという人類の脅威を、国費と人命を乱費する絶好の機会と捉える狂人どもめ。
「支援射撃の件、くれぐれもよろしく頼みますよ。ああ、いちおう空軍の支援も要請をお願いいたします」
「分かった。心得ておく。それではよろしく頼む。武運を祈る」
通信は唐突に切れた。
一瞬だけ、野戦電話の受話器に苦々しい一瞥をくれると、樫村は戦況図に目を戻す。
そして、数分考え込んだ後に通信手に剣の率いる中隊へ通信回線をつなぐように指示する。
通信がつながるまでの合間に、情報端末の損害情報に目をやる。また第一中隊で、無視出来ぬ損害が出つつある。
この状況で予備兵力を取られるのは、頼みにしていたお年玉を母親に取り上げられるようなものだなと思った。
彼の母親は将来のために貯金しておくから、という名目で親戚からせしめたお年玉を横から
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