第9話 戦場の神
「大砲は戦場の神」、巷間にそう言われるほど砲兵は重要な存在である。
それは他の兵器のような「点」ではなく、大火力によって「面」を制圧出来るという効果を持つからだ。
よほど強固な防御力を備えていなければ、帝國陸軍砲兵が用いる三○式一六○
それは、相手がBUGであっても同じことであった。
自走榴弾砲の群れが咆哮し、雷鳴のような音を周囲にとどろかせる。
しかし、着弾地点は目視できない。
地平線のはるか向こう、十数キロ向こうが射撃目標であるからだった。
光学照準器等によって直接目標を狙う直接照準ではなく、射撃観測部隊や射撃指揮所の支援によって方位測定や照準修正を行う間接照準射撃だ。
第八師団所属第八砲兵連隊、彼らの装備する自走榴弾砲の全力を投じた制圧射撃だった。グレン・カニングハム湖南岸に構築された砲兵陣地で見ている限り、その威力は圧倒的に思えた。
――この砲撃を受ければ、いかなBUGといえどすべて四散するほかないのではないか。
そう錯覚させるに足る鉄量を、榴弾砲は地平線の向こうへ投げつけ続けていた。
無論、過去の戦訓を把握している古参兵たちは、そんな幻想を抱くことはない。
BUGの恐ろしさを知る彼らは、同時に人間の兵器の限界をよく知り抜いているからだ。
◆
「ヒノデよりハクボへ、オクレ。移動目標多数につき計測不能。繰り返す、移動目標多数につき計測不能。BUGが八分に地表が二分、繰り返すBUGが八分に地表が二分だ!」
クレセント――オマハ北東部の田舎町――の小学校の屋上に陣取った前進観測班を指揮する高垣少尉は、携帯型無線機に怒鳴るように報告する。
通信状況がどうにも怪しく、空電ノイズののった声で反応が返ってくる。
「こちらハクボ、了解した。こちらの
高垣少尉はコンクリートの上に腹ばいになりながら、双眼鏡でBUGが殺到しつつある
どういう理由かは判明していないが、BUGは幹線道路網沿いに進撃する習性があるとされる。今回はすでに国道がBUGによって覆い尽くされており、どこまでが道路なのか分からなくなりつつあった。
高垣は手元の軍用腕時計を見ながら時間を測定する。
独特の風切り音が響き、高垣は口元をゆがめた。
「
無線機から射撃指揮所からの通信が入り、それと同時に爆発音が響きわたる。
十数キロ離れた榴弾砲から放たれた砲弾が地球の重力に引かれて放物線の終局点へ達しているのだった。
高垣は爆発が発生しているところを冷静に分析し、手元の方眼で区切られた地図上に砲弾が炸裂した位置を書き込んでいく。
双眼鏡のレンズに映る画像では、爆発音とともに表土とBUGだったものの『肉片』が混ざり合い、空中に放り上げられているのが見えた。
十数キロの距離を、音を越える速度で飛来した三八式長射程榴弾はBUGの頭上付近で炸裂する。榴弾は破片と衝撃波をまき散らすと、BUGのうち「装甲」の薄い個体が四散していた。
しかし、ゴーレム
特にアルマジロ型と呼称される生体装甲が分厚い個体の多くが生き残っており、高垣を失望させた。
高垣はそんな映像をしごく冷静に受け止め、着弾箇所から本来着弾が発生すべき座標を割り出していた。
と同時に、弾着修正の無意味さも感じている。
確かに着弾地点として、国道二九号線と六八○号線が交わるジャンクションを選ぶのは、BUGの習性から考えて意味がありそうに思える。
だが、現状はあまりにBUGの数が多すぎることから、どこへ撃ってもそれなりの損害が発生するようにも思えたのだった。
高垣はそんな内心の動きを抑えこみながら、冷静に思考を軍務へと戻す。
「遠し、七右、左へ三、引け
無線機に報告すると、短く了解という応答が返ってくる。おそらくはすぐに修正射が行われるはずだった。
果たして、ほどなく射撃指揮所からの通信が入り、着弾が告げられる。風切り音とともに、再び先ほどと同様の爆発が発生する。
BUGにその砲弾に対し、回避行動や遮蔽物を利用しての防御を試みる気配は無かった。軍隊アリのように仲間の死体を踏み越えて、ただひたすら前へと進んでいく。
「ヒノデよりハクボ、これ以上の修正射は必要ないものと認む。効力射を実施されたし」
「ハクボよりヒノデ。了解した。効力射を実施する。すぐに陣地転換を行え」
「了解。これより乙地点へ移動する」
観測機器を部下にまとめさせながら、高垣は双眼鏡をカバーへと納める。
眼前ではすでに雑多な構成のBUG群が、
そこへ、榴弾砲が放つ(観測射撃ではない)敵軍に損害を与えるための射撃、効力射の砲弾が降り注ぐ。さきほどの射撃とは比べものにならない、大地が沸騰したと錯覚するような射撃だった。
もうもうと立ち上がる土砂や肉片のカーテンで何が起きているのかすら把握できない時間が続く。
しばらくして土煙がおさまる頃には、大型BUGでさえ衝撃波でなぎ倒され、小型BUGのほとんどが細切れにされて形を無くしているのが見えた。
広範囲にわたっての破壊は、人類側で言えば一個師団が壊滅したかのように見える光景だった。
しかし、それほど時間を置かずに、なぎ倒されたBUGの死体を踏み越えて新たなBUGの一群が近づいているのが見えた。
「これじゃあ
覚悟していた事とはいえ、目前にするとなんとも徒労感を感じる光景だった。
「移動準備完了です、少尉」
「了解だ、軍曹」
高垣は軍曹から手渡された背嚢を受け取ると、校舎へと降りる階段へ歩き出す。
――敵は幾万ありとても…か。たしかに歌の文句としては盛り上がるが、さすがに何十万じゃあ嫌気がさすぜ。
高垣はそう心の中でぼやきながら、先導する軍曹のあとを無言で続く。
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