第8話 脱走兵

 装甲歩兵が戦場に移動する時は、いちいち「足」で歩いて行くわけではない。一般的な理解とは異なり、装甲歩兵は戦車と同じような厄介さを抱えた兵器であるからだ。

 装甲歩兵の足回りは魔法工学の産物、人工筋肉の収縮によって動作する。それは戦車の無限軌道と同じように、数十キロ手荒く不整地を走らせただけで整備が必要になるシロモノだ。


 戦闘ともなれば跳んだり跳ねたりという「武人の蛮用」もやぶさかでは無いが、戦場への移動にまで「歩かせ」ていたのではすぐに整備が追いつかなくなる。

 搭乗員を(理力石を触媒にして)「動力」に使えるとはいえ、その「動力」も消耗と縁が無い訳ではない。搭乗員に無理をさせれば、戦闘前に疲れ切ってしまうことも珍しくない。


 であるから、装甲歩兵は装甲歩兵AI輸送車によって戦地まで運ぶのが一般的である。剣中隊もそれは例外ではなく、AITの車列が中隊の大半を占めている。

 すでに大隊本部は予定陣地へと近づいている頃合いだが、剣中隊は未だオマハの幹線道路上にあった。

 未だに道を埋め尽くしている避難民の車両に道を阻まれ、立ち往生に近い有り様だったからである。


 国際連盟軍LNFの白い鉄帽ヘルメットの兵士に食ってかかる合衆国市民までおり、乱暴にどかす訳にもいかず苦慮するありさまだった。

 外部カメラの映像を見ながら、剣は珍しく苦りきった表情をしている。  


「来栖、新兵どもにはくれぐれも合衆国市民は丁重に扱うように徹底してこい。我々は国際連盟軍だからな」


――こういうところは豆なんだよなあ。

 来栖軍曹は内心でつぶやきつつ、略式の敬礼を返す。

 そして、狭い輸送車の後部ハッチを開くと、装甲歩兵が固定されている荷台の脇から車道に飛び降りる。

 もとよりほぼ停止に近い運転速度のため、さほどの危険は無い。


 強い日差しに顔をしかめながらも、来栖は周囲の車両群を観察する。

 おそらくは新兵らしき装甲歩兵搭乗員パイロットや整備兵数人が、眼鏡をかけたご婦人に早口の英語でまくし立てられて目を白黒させる。


「軍曹、有り難うございます。なにしろ、私らは横文字はさっぱりでして」


 帝國陸軍において、英語話者は多いというほどではない。海軍に比べれば英語の使用に迫られる頻度はどうしても落ちるからだ。帝國の国際的な地位向上とともに、日本語が英語と肩を並べる国際標準語と化しつつある現在では、さらにその傾向は強い。

 来須自身は満洲に派遣されてくる英軍や米軍との会話の際に必要だったため、日常会話程度の英会話は習得してはいる。


 ただ、いかんせん南部訛りが強すぎてそのご婦人の言葉を聞き取るのには苦労させられた。しかし、その内容は由々しき内容を含んでおり、放っては置けなかった。


「情報をありがとうございます。その件については我々国際連盟軍が責任を持って処置いたします。あなた方はまずご自分の身の安全を確保してください」


 丁寧な英語でそう説得すると、ご婦人は少し迷うような素振りを見せた。

 しかし、おだやかな反論を許さない来須の口調に彼女は黙り込み、ついには家財道具を満載したピックアップトラックへと戻っていった。

 来須はといえば、悪魔の実在を告げられた神父のような顔で唇を噛んでいた。

 

               ◆


 初弾は外れた。

 目標から大きく逸れ、民家の硝子窓を貫通する。

 それもそのはずで、狙撃銃でもない四二式歩兵銃であったからだ。

 とはいえ、すぐに照準が修正され、次の弾丸が放り込まれる。

 たちまちのうちにしようしやな北欧風の家は穴だらけになり、硝子片や木片を周囲にまき散らす。


「こちらは国際連盟軍である。民間人からの通報により、貴方らには民間人への虐待容疑がかけられている。ハーグ陸戦条約違反だ」


 先ほどからずっと繰り返されている投降勧告は、まるで効果が無かった。

 接近する白色塗装の高機動車に向けて、挨拶がわりの小銃弾が飛んでくる。


「やれやれ、これだから負け戦は嫌なんだ」


 剣は高機動車の助手席でそう呟きつつ、運転兵に車両を構わず突進させるように指示する。こちらへ飛んでくる銃弾は、ろくに狙いをつけていないのか車両にかすりもしない。

 強引に民家のガレージに車両をぶつけるように横付けする。

 観音開きの後部ハッチから兵士が駆け下りると、ガレージの中にいた半裸の男たちに向けて発砲する。

 銃弾に顎を砕かれて激痛に悶える者、膝を打ち抜かれて崩れ落ちる者。男たちの戦闘力はほぼ一瞬で喪失していた。

 プロの兵隊たる彼ら随伴歩兵にとって、この程度の敵を制圧することは造作も無い。


「全員拘束しろ。証拠保全に留意せよ」


 剣は小銃の銃口を向けたまま、怒鳴るように指示する。その命令通り、臨時の歩兵小隊は男たちを次々と拘束する。

 男たちの目は明らかに違法薬物の類いに侵された者特有の濁った目をしていた。

「大尉、負傷者ありません。戦闘に支障なし」

 来須軍曹の報告に、剣はうなずく。

「こんな下らん事でケガをしてはつまらん。まったく、国際連盟軍というのは面倒で敵わないな。大陸ならば捨て置いたが、大隊長殿から直々のご命令ではな」

 次々と拘束され、合成樹脂製の簡易拘束具で腕や足を拘束している兵士を見ながら、剣はぼやいた。

「政治の要請です。仕方ありません」

 くそ真面目な顔で男どもを拘束しつつ、八木が答える。その態度が気に障ったのか、剣の顔が不愉快そうにゆがむ。

「戦後をにらんでの話だろうな。帝國も少なからぬ合衆国市民を受け入れることになる。そのときに面倒が起きては困る。まあ、外務省のお公家さんが考えそうな話だ」

 愚痴を言いながら、剣は拘束されている男どもを見ていた。

 彼らはほとんどが半裸もしくは全裸の男たちで、軍服の部隊章や階級章もどこかへ捨て去っていた。

「拘束した米国人のうち生存していたのが6名、死亡したのは3名です」

 すでに報告書にまとめるためのメモをまとめていた八木は、それを見ながら答える。

「合衆国陸軍だな。軍服の特徴は一致する。州兵も混じっているようだが」

「脱走兵ですかね?」

 来須は兵士の死体の脇に転がっている軍服の写真を撮りながら、剣に問う。

「おそらくはな。大隊長殿からの情報にあった。可能な限り生け捕りにせよとは無茶を言ってくれる」

士気モラル崩壊ブレイクですか」

 八木はそう言いながら、士官学校の教本にあった忌まわしき記述を思い返していた。

 来須は表情を失った眼で、剣の顔を見ている。

 剣は頭をかきながら、うなり声をあげて応じる。「敵の数が多すぎると得てしてこうなる。あれには敵わないと、動物的な本能で悟ってしまうんだな、おそらくは」

「面倒な話ですね、特に男というやつは」

 来須の声にはからかうような響きがある。

 行きすぎた諧謔ユーモアだと思ったが、八木は声に出してとがめる気にはなれなかった。

「……大陸でもよく見た手合いだ。心が折れた軍人というのは、得てしてこうなる。名誉を失い、守るべきものを失った軍とはけだものの群れに過ぎない」

 嫌悪と諦観が混ざり合った低い声で、剣は唸った。

「報告します。救助対象の女性のうち、一人は死亡。もう一人は生存していますがおそらく心的外傷PTSDが酷く……」

 脱走兵に拘束されていた女性に手当てを行っていた衛生兵が、浮かない顔で報告する。

「薬物中毒連中の相手を何度もさせられれば無理もない…か。分かった。君は彼女についていてやれ」


「了解しました」

 衛生兵は短く敬礼すると、どこかほっとした面持ちで戻っていく。

「どうしますか、大尉。陣地への到着をこれ以上遅れさせる訳にも…」

 八木中尉の訴えに、剣は即断する。

「軍医もいないうえに前線へ連れて行く訳にもいかん。仕方ない、トラックを一台貸してやる。後方の集積所までは運んでやらないとな。八木中尉、君が適当なメンツを選べ」

「死体はどうしますか」


「放置しておきたいところだが、後で大隊長に文句を言われてもかなわん。この家の庭に穴を掘って埋める。犬に掘り返されない程度に深く、だな。記録写真を撮っておくのを忘れるな。軍事法廷行きは御免被る。ああ、無論女性の遺体は違うぞ。そちらは遺体袋に詰めて丁重に後送しろ」


 剣は指示すべきことを指示し終えると、あらためて紅白の体液がまき散らされ、弾丸や薬莢が転がっているガレージを見渡す。その顔には珍しく、憤激そのものの表情が浮かんでいる。

――これもまた戦場の風景というものなのかもしれないが……戦場とは、もっと真摯に殺し合う場所であるべきなのだ。

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