第6話 魔挺作戦(マジックボーン)
空間観測魔法士たちによる呪文の詠唱が始まるととともに、術者の回りの空中に幾何学模様に似た魔法術式が描き出されていた。
ほぼ同時に同様の魔法術式がいくつもの構築され、魔法陣を描き出すさまは壮観であった。
空間観測魔法とは、魔法の中でも格段に集中力と微細な魔力制御が必要となる魔法である。
魔挺作戦、つまり空間転移魔法を活用した奇襲作戦において空間観測魔法の行使は必ず必要となる。
空間転移魔法の基本は、術者がよく見知った場所、魔法学的に言えば定量的に観測された場所に転移するのが基本となる。
ふつうは壁や床に魔法陣を描き、時には理力石を設置した
「これだけの大規模転移魔法は久しぶりだな……」
師団付空間観測士長は、魔力計測機器の表示値を注視しながら呟く。
「国内でも今や高速鉄道が整備されていますからねぇ。よほどの緊急時でもなければ、転移魔法など使いませんから」
緊急事の対応のための補佐役である若い
たしかに、帝國から導入された新幹線とかいう高速列車は、今や王国の民にとっても欠かすことができない大動脈だ。
「半日魔力切れで動けなくなる転移魔法より、寝ながらでも安全に目的地へ到着出来る高速鉄道や航空機の方がよほど利便性が高い。公用でも使われなくなる訳ですよ」
――さらには行ったことのない場所、あるいは魔法陣が設置されていない場所への転移は、今回のように複数人による儀式詠唱が必要となる。おまけに転移事故の危険性もあるからな。
観測士長は心中でそう付け加える。
つまるところ、転移魔法とはいささか制約が多すぎる、面倒な魔法なのだった。 帝國では、未だ伝説的な存在として畏怖されているそうだが。
「転移事故」が起きた場合、到着座標が大幅にズレてしまったり、最悪転移者の「行方不明」が生じる、という厄介な部分もある。
もっとも、これらの「転移事故」については近年『人形』側に転移事故防止用の魔法具を装備したりすることで、事故率は(軍事的には)無視してもよいレベルになっている。
そういう面倒な部分や民間で使うには高すぎる事故率をおしてまで転移魔法が使われるのは、今や軍事をおいてほかに無いといっても良いだろう。
敵軍の背後や側面に軍団を(準備時間をのぞけば)瞬時に回り込ませられる利点は、それらの面倒を補って余りあるのだった。
ちなみに転移魔法の民間利用は(犯罪に使われる事が想定されるため)、厳しく法律で規制されている。もっとも、空間観測魔法士は修練が難しいために数が少ない。また軍をはじめとした公的機関で好待遇を受けられるため、犯罪に加担するケースは皆無だが。
「軽口を叩いてる場合か。そろそろ行使体制に入る。貴様は周囲警戒を厳とせよ」
「了解です、観測士長殿」
一応は、真面目にやるつもりはありますよという顔で若者は表情を引き締めて見せる。その様子に疲れるものを感じた観測士長は、心中でため息をつく。
待遇は良いものの、近衛の中では閑職と言われて久しい空間観測魔法士の質の低下を嘆きつつ、職業意識で目を現実へ向ける。
「転移先座標、魔術測定完了」
「各魔法士、魔力同調を開始。計測器を注視、赤の一番に固定せよ」
観測士長は手元の懐中時計上の魔力計測機器に注目しながら、魔力出力を調整するよう指示する。
この魔力計測器は近年になって帝國との共同開発で実現した機器であり、以前のように経験と勘に頼った魔力の扱いを過去のものにした。
特に微細な魔力の差異が問題となる観測魔法において、正確に同じ魔力を注ぎ込むことが出来る利点は大きかった。速度が必要な戦闘魔法では使用されないが、魔法工学の分野ではおおいに活用されている。
「出現予定地点へ
先ほどの若者が、
本来は、帝國軍の偵察機が飛んで偵察を行うはずだった。しかし、おそらくは第二打撃航空艦隊に被害を与えたのと同型の飛行型BUGによって、偵察機が撃墜され未帰還となっていた。
そのため、仕方なく王国軍が自前で魔法偵察を行う羽目になっている。
「転移空間座標に
「各『人形』の配置を再確認。状況に問題ないか」
「問題ありません。各人形、予定位置に駐機しています」
「転移魔法陣展開。各人形の魔術的質量、事前の計算との適合率九九.三パーセント。転移に問題ありません」
「最終チェック完了、行けます」
「転移魔法発動準備。警備兵、整備員は魔法陣より退避せよ」
「補助理力石に火を入れます。一番から十三番まで出力安定、魔力供給に問題なし。魔法出力、九十四パーセントで安定しています」
「転移開始まで五秒。四、三、二、一、転移開始!」
観測士長の合図とともに、転移魔法が発動する。
広い場所に駐機状態で並んでいたはずの人形たちは、シャボン玉の泡が弾けるように、一体ずつ淡い虹色の光となって消えていく。
最後の一機が消えた時、その広場に残されたものは各人形が駐機していた場所の土に残った足跡だけだった。
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