第5話 第二打撃航空艦隊

十月二十七日 九時三十分 ヨークシャー上空 


 北米の空を全長五十メートル、全幅七十メートルを超す巨人機の群れが飛行していた。その姿は見るものにとり頼もしさと同時に、ある種の神々しさすら感じさせる風景であった。


 十二式戦略爆撃機『御嶽おんたけ』、それがこの巨人機の名前であった。濃緑色やカーキ色を組み合わせた森林迷彩に塗装された機体は無骨そのものであり、およそ日本人の美意識とは対極に位置する存在に見えた。


 レーダーが搭載されているずんぐりとした鼻先は黒く塗装されており、その上に大きな風防が装着された操縦席がある。

 デルタ式の後退翼に吊り下げられた合計8機もの『海王星』発動機ターボファン・エンジンがもたらす膨大な推力は、百五十トン前後に達する膨大な質量に十分な推力を与えることが可能である。


 また二十トン近い爆弾を搭載することが出来る上に、空対地誘導弾AGMをはじめとした様々な装備を搭載することが出来る。

 帝國が運用する航空機の中でも最大級に類する大きさである。比肩するのは世界最大の輸送機として知られる同じ航空宇宙軍の『大鯨たいげい』しかない。


 就役からかれこれ半世紀近い時を経ているが、様々な事情から後継機に恵まれず、未だに航空宇宙軍の中核打撃力として機能している。

 北米派遣飛行集団の中核を担う第二打撃航空艦隊は、合計で四十機以上のこの巨人機を運用しているのだった。


「爆撃目標まであと一分三十秒ほどで到達します」


 副操縦席に座っている小山少尉が、僅かな緊張を含んだ声で告げる。


「対空電探レーダーに感なし。飛行型BUGは周辺空域に存在しないものと思われます」


 電探手からの報告に、福住少佐は内心でほっと胸をなで下ろす。

 飛行型と言われる『BUG』は数そのものは多くないものの、いささか厄介な存在であるからだった。人類の戦闘機並のスピードで飛び回り、生体砲弾をはじめとする様々な攻撃手段を持ち、人類の航空機の天敵とも言える存在だからだ。


「投弾ポイントへ到達しました」


「確認した。投下よーい、てっ!」


 昔と違って爆撃手順は高度に自動化されており、この『御嶽』の乗員はわずか五人で構成されている。

 爆撃の手順も簡単なプログラム設定を事前調整しておけば、投弾にあたってやることは少なかった。

 特に、今回のような対BUG戦における爆撃の場合精密誘導爆弾が用いられることは少ない。BUG側の戦術は物量に任せた正面突破戦術であることが多く、ピンポイントで敵を狙う必要性が薄いのだった。

 だからこそ、今回の任務では五○番二十式通常爆弾が誘導装置なしの無誘導で用いられている。


 胴体内と翼下固定装置との合計で五十発近い爆弾を投下し始めた時、四十二式電子戦機『極光』からデータ通信が入る。


「『極光』より、敵性飛行物体BUGの接近警報です!」


「こちらの電探は何もとらえていませんが…」


 電探手の報告に、福住少佐は考え込む。


「電波反射の少ないタイプの飛行型BUGか、たしかに報告がない訳ではないが…」


 そう言いかけた途端、福住少佐は信じられないものを見た。

 『御嶽』よりも一回り小さい程度の大きさのイトマキエイのような姿のBUGが、扇形に編隊を組んでいる僚機に体当たりしたのが見えたからだ。

 電探士はその様子を聞いて、あの巨体にもかかわらず電波探信儀反射断面積RCSは野生動物並みとは、どんな魔法だろうか思った。


「バカな、機体が切り裂かれただと?」


 これまで悠然と飛んでいたはずの巨人機は主翼の付け根付近を鋭利に両断され、錐もみのように重力にひかれて落下していく。爆弾の信管が誤作動したのか、いくつかの爆発が起きているのも見えた。


電波妨害細片チャフ欺瞞燃焼装フレアー置射出!急げ!」


 福住少佐は、小山大尉に命じるとともに、編隊各機への通信回線を開く。

 あのイトマキエイを思わせるBUGの探知手段が何かまでは分からないが、一般的に言ってBUGは人間で言う目にあたる器官を持たないことで知られている。電波や赤外線を探知する器官で人類やその兵器を探知しているというのが通説だった。

 であるから、チャフやフレアーといった電波や赤外線の反応を欺瞞する装置は有効であることが多い。「敵は報告のあった新型飛行BUGと思われる。これを以後、イトマキエイ級と仮称する。全機、爆撃を中止。回避行動を優先し、SC基地へ帰投せよ。繰り返す、回避行動を優先しSC基地へ帰投せよ!」

 福住少佐はそう命じている間にも、胴体部に大きな破孔部を開けられた機体がもう一機、炎に包まれている姿を視認していた。


 もともと『御嶽』の設計思想は、敵地高高度へ高速で侵入して爆撃しすぐさま遁走す逃げるというものだ。対空誘導弾や、対空機銃の類いは搭載していない。そのかわり、最大速度はおよそ時速1,000キロ、音速の手前まで達する高速性能を持っている。


――やはり、護衛戦闘機をつけるよう上層部を説得するべきだったか。


 内心でそう後悔しつつ福住少佐は、僚機を血祭りに上げつつある飛行型BUGを目で追う。同時に視線だけでなく、機体に搭載されたカメラがBUGの姿を捉えている。

 高速で移動しているためピントをあわせるのも一苦労だが、航法士が必死にその姿をカメラに収めんと奮闘しているのだった。


 撮影した画像は、『極光』に順次転送されているはずだった。新型と思われるBUGの撮影は重要な任務の一つであるからだった。

 福住少佐は操縦桿を倒し『御嶽』を急旋回させつつ、『イトマキエイ』の不気味な姿を目に焼き付ける。


 生物のイトマキエイであればヒレに当たる部分は鋭利な刃物状になっており、『御嶽』の頑丈な機体すらバターのように切り裂く信じがたい性能をもっているらしい。

 武器はそれだけではなく、BUGの多くが備えている『生体砲弾』の射出機能も口に相当する部分に持っている可能性が高い。

 およそ、地球上の生物とは相容れない異形の生物、それがBUGであった。


「七番機、反応消失……やられました」


 電探手の報告に、唸るような声をあげると、福住少佐は命じた。


「各機編隊を解散。各自自由に回避行動。SC基地基地帰投を最優先せよ」


 そう命じながら、福住少佐は唇を噛んだ。

 司令部への通信回線を開き、戦闘機による支援を要請する。

 だが、この戦闘に間に合うかどうかは怪しいとも思っている。

 全速を発揮すればおそらく全滅は避けられるだろうが、その間に少なからぬ味方が喰われる予感がしている。

 敵新型BUGの最大速度は不明だが、簡単に振り切れるとも思えなかった。


――どうやらこの戦、今までのようにはいかんな。だが、こんなところで死んでたまるか。

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