第4話 サンフランシスコ港

十月二十五日十三時五分(米国太平洋時間) 

                         サンフランシスコ


 陸揚げされる物資の山で、サンフランシスコ港は埋め尽くされつつあった。

 対BUG戦であっても、戦争という営みは実に多種多様な物資を浪費する。つまるところ、多くの人間が(その多くを野外で)起居するのだ。


 腹は空くし、腹を満たせば出るものがあるのは道理である。それに加えて効率良く敵を殺すには、実に様々な道具が必要になる。

 その需要を満たすためには大は砲弾から小は避妊具まで多種多様な物品を必要とする。そのどれもが、軍隊という機械を活動させるのに必要不可欠な部品であった。


 かつて、帝國陸軍には第一次蟲戦で兵站の軽視により幾多の敗北を味わった苦い経験がある。

 そのおかげで国民からの日陰者扱いも長く、今では執念深さすら感じるほどの兵站構築を行うことで有名になっている。


 港湾管理企業の事務所だったらしいビルの三階にある会議室で、剣は眼下に見える広大な港湾部の地面にクレーンで荷下ろしされていく補給物資コンテナを飽きもせずに見ていた。


 会議室はかつてフェリーターミナルとして稼働していた港湾部だけでなく、部屋の反対側の窓からはスー・ビアーマン・パークとかいう公園も見下ろせる位置にある。

もっとも、今や公園のほうは補給物資の集積地と化しており、樹木も一部切り倒されて殺風景な場所と化していたが。


 爆音が響いてきたので気になって振り返ると、公園に設置されたヘリポートに、見慣れた帝國陸軍の回転翼機が着陸する。いささか古びて見える十九式汎用回転翼機『おおとり』だった。何人かの軍属や軍人を降ろしたかと思うと、慌ただしく飛び立っていく。


 そんな風景を見ながら剣は遠い満洲の地を思い出していた。生まれ育った満洲では、日常的に建設機械や重機の類いを見ることが多かった。

 とてもではないが人の手で耕作していては耕しきれない広大な耕作地で農業を行うためのトラクター、大連港の荷揚げ用クレーン。剣の記憶のあちこちには機械の群れがあった。

 であるから、大型機械になんとはなしの愛着を持っているのだった。


「揃っているな。では連絡会議を始める」


 会議室に足音を大きく響かせて入ってきたのは、樫村少佐という士官学校出の将校だった。

 装甲歩兵大隊の指揮官であるわりには、どう見ても装甲歩兵の狭いコクピットに入れないのではないかと思うほどの巨漢だった。


 大兵肥満という四字熟語が似合いの男で、軍人としてはあり得ぬほどに突き出た腹をどういう魔法なのか、窮屈そうな軍服に押し込めている。胸元の星兜を意匠化した装甲歩兵科徽章が悪い冗談のように見える。

「我々は二日後、デンバーへ移動を開始する。可及的速やかに補給物資を受け取り、移動準備を整えよ」


「失礼します、大隊長。KF基地まではカンザスシティーへ移動、ということになっておりましたが」

 わざとらしく挙手して見せた剣に、ほかの中隊の指揮官が胡乱げな視線を送る。いちいち確認するまでもないことだと思っているのだった。

 その視線を受け止めても平気の平左という剣の顔に、大隊長はヒグマを連想させる獰猛な笑みを浮かべる。


「状況が変わった。BUGの侵攻速度に合衆国軍が対応しきれておらん。カンザスシティーはすでに放棄が決定された」


 その言葉に、剣はやはりという顔をする。


「我が第二旅団はオマハ救援に向かうルフト・バーン軍の側面支援を行う。具体的には彼らの行う魔挺作戦のための陽動だ」

魔挺作戦マジック・ボーン。空間転移魔法による奇襲作戦ということですか」

 この部隊では最先任の大尉が、確認するように言う。


「そういうことだな。王国軍の精鋭、赤銅師団が実施することになっている。その成功のためにも、我々は蟲どもを別方面へ誘引せねばならない」


「たしか、転移魔法には練度の高い複数の空間測定魔法士が必要なはず。ずいぶんとまあ、贅沢な戦をしますな」


 剣の言葉に、樫村少佐は苦り切った顔をしつつ返答はよこさなかった。


「状況の推移によって変更はあるが、我々が守備を担当するのはここだ。元々は国内航空路の飛行場だったそうだが、現在は合衆国軍の応急陣地となっている。前線に近すぎて、飛行場としての運用は停止されているそうだ」


 大隊長は伸縮式の指示棒で、白板に貼られているオマハの市街地図の一点を示した。

 そこはオマハ市街地を分断するように流れるミズーリ川の蛇行のため、半円形になっている地区だった。名称は英語表記でエプリー飛行場エアフィールドと印刷されている。


「この半円状の地域を以後『エ号陣地』と呼称。この場所には現在合衆国軍が布陣しているが、我々が到着次第、後方へ下がってもらう。なお、これは他の陣地もほぼ同様だ。我々七六二装甲歩兵大隊は川という天然の要害を利用し防衛戦闘を行う。また、可能であるならば対岸への逆襲を敢行する」

「実施する場合、逆襲はどの程度のものになるのでしょうか」

 剣の質問に、今度は特段の表情も浮かべずに樫村少佐は答える。いちいち質問が細かいヤツだ、という文字が顔に書いてあるように見える。

「あくまで、逆襲は陽動のためのものだ。陣地への後退が容易でない場所までは進出しないと思っておけ」

「了解いたしました」


「なお、我々陣地から見て南のミズーリ川橋は、すでに合衆国軍によって爆破されている。後日、第二旅団と第八師団共同で、渡河作戦が行われる予定だ。この橋より南部は第八師団が防御を担当する。」


「航空支援はどうなりますでしょうか」


 最先任の中隊長に対して、大隊長はもったいぶった仕草で応じる。

「事前にアンダーウッド、ヨークシャー方面に向けて航空宇宙軍の第二打撃航空艦隊ストライクエアフリートによる爆撃が行われる。これにより、オマハ方面へのBUGの圧力を減じる予定だそうだ。無論、過度な期待は禁物だろうがな」

 セクショナリズムを隠しもせずに、大隊長はぞんざいに言い捨てる。

「なお、補給物資の集積地点はここ、バーク・ハイスクールが指定された。航空輸送のための臨時滑走路も整備予定だが、当面は陸路によるピストン輸送で対応するほかない。連絡事項は以上だ。それでは、各自移動準備。兵どもに休息を与えるのを忘れるな。容易に配置交代が期待できない戦闘となるからな」

 大隊長は直立すると、大げさな動作で敬礼をしてみせる。巨体のわりには俊敏な動作であった。

ほかの士官たちも慌てて立ち上がり、答礼を行う。

剣はといえば、ずいぶん余裕のある動作で一応は答礼らしきものを返した。

「では解散してよろしい」

 その言葉に応じて、中隊長たちは部屋を出て行く。

 それを見送りながら、大隊長はどっかと椅子へ腰を下ろす。胸ポケットからシガレットケースを取り出し、もどかしげに紙巻きタバコを取り出す。

 居残っていた最先任の中隊長が、すぐさま従兵のようにオイルライターで火を付ける。

「まったく、大陸浪人風情が大きな顔をしおって。中央の連中も何を考えている」

 樫村は力任せに机を叩く。

 銀色の灰皿が、金属音をたてて抗議した。


「では、何故予備に?いっそのこと、すり潰してしまえば」

莫迦ばかか、貴様は。俺はやつのことは嫌いだ。顔も見たくないほどにな。だが、やつはあの大陸で数えきれぬほど実戦を経験し、生き残っている。俺はそんなやつを指揮官として活用しないほど無能ではない。だからこそ、予備兵力を任せたのだ」


「…そういうことでしたか」

 先任中隊長はそれだけを言うと、だんまりを決め込むことにした。樫村少佐の複雑に過ぎる感情に気付いたからだった。

「軍務を抜きにすれば、あれほど英雄にしてやりたい男を俺は知らん。無論、広報部が有り難がるほうの意味で、だがな」

 先任中隊長は、樫村少佐の言外に含んだ意味を正確に理解した。軍の広報部が有り難がるのは、生者の英雄ではなく死者の英雄であるからだった。


――○○大尉は最後の瞬間まで率先垂範そっせんすいはん、優勢なる敵に恐れることなく吶喊とっかんし、壮烈なる戦死を遂げられました。○○大尉こそは軍人の誉れ、護国の鬼であります。ご子息の△△君は、大きくなったら軍に入り、父の無念を果たすのだと……


 そんな伝統的な政治宣伝プロパガンダは(旧時代の遺物じみてはいるが)未だに軍の広報部の好む所ではあった。

『悲劇の英雄』こそ大衆の求める偶像の古典であるからだ。

「生者の英雄では、娑婆で醜聞を起こされた時に困りますからな」

「だが、やつが英雄になるのならば、この戦はどうにもならん状況ということになる。これぞ二律背反アンビバレンツというやつだな」

樫村少佐は煙草の煙を吐き出しながら、部屋の天井へあがっていく様をみつめた。


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