第3話 赤銅師団


「ん、姫さま、遅い」


 パルーカ・サハティ掌翼長は、今にもあくびをしそうな眠そうな顔をしている。

 さすがにいつもの携帯ゲーム機は持っていないようだ。あからさまに、退屈でたまらないという顔をしていたが。

 基本的に彼女は、ゲームとヒルデ以外の人間にほとんど興味が無く、自由気ままに振る舞っている。


 大広間には赤銅師団の主立った貴族士官たちが集まっている。水上艦のように可燃性燃料を使った内燃機関を搭載していないため、室内は軍艦とは思えぬほどに装飾が多い。

 それでも、被弾した時に備えて防火魔法が施されている。一見可燃物だらけに見えても、そうそう燃えることはない。

 居住性に優れるという特性を持つ飛行艦だからこそ、大広間には多くの将校が集まっても余裕がある。


 ちなみに近衛魔法士団の師団編成は、帝國陸軍の機甲師団を範としている。

 王国軍の戦術単位『翼隊よくたい』は帝國陸軍で言えば『大隊』に当たる存在だ。

 この場に集まっているのは各部隊の指揮官と副官、そして特に参加を許された将校となる。パルーカが顔を出しているのはヒルデリアが事前に師団長に申請するとともに、きっちり本人に言い含めておいたからだ。


 ヒルデリアにはいずれ彼女を有能な人形使いエースとしてだけではなく、指揮官として育てたいという意図があった。

 今のところ自由気ままな行動を繰り返す彼女に、その気は無さそうなのだが。


「時間である。軍議を始める」


 こう言ったのは、赤銅師団長を務める、ダッケリ・アルムだ。

 特段拡声魔法を使っている訳でもなく、地声だけで広間の隅々まで響き渡る声であった。

 古来英雄の条件の一つに、やかましい戦場音楽の中でも明瞭に聞こえる声が出せるというものがあると言われる。彼女はその条件を、十二分に満たしていると言えるだろう。

 そして居並ぶ将校たちの中でも文字通り頭一つ抜けた体格を持っている。ルフト・バーン固有種のレルム鹿を思わせる長い足、これまた樫の木の枝のように長く伸びた腕。身長そのものも、おそらく地球の単位で言えば2メートルを優に越えているだろう。

 戦場での勇猛さで知られる鬼人ラプ・リール族の彼女は、かれこれ二十年以上赤銅師団の長を務めている。

 その外見とはうらはらに、彼女は勇将というよりは知将型の人物として知られている。

 合衆国軍で言えば海兵隊の第一海兵師団、日本で言えば舞鶴の第一特別陸戦隊にあたる近衛の赤銅師団を率いる者が、ただの猪武者であろうはずがない。

 王国に限らず地球の軍事理論に精通し、王国内でも有数の戦術家として知られている帝國軍との共同軍事演習にも積極的に参加し、理論の実践にも余念がない。

「知っての通り、本作戦の主眼はゼクタルせんめつではない。あくまで合衆国市民の救出である。現時点において、合衆国軍は要塞都市オマハにおいてろうじょう戦を行っている。オマハに敵を引きつけることにより、市民の脱出を支援している」

 空中に映像を投影する魔法具によって、大きく半透明の地図が空中に投影される。

 広大な合衆国の中央部に位置するネブラスカ州とアイオワ州の境に位置するオマハは、交通の要衝である。

 対蟲戦時にBUG侵攻を食い止める盾として整備され、普段から大量の補給物資が備蓄されていた。

 そのうえ、三方を川に囲まれ、残りの一方である北側のブレアとフリーモントという町を結ぶ線上には堅固な防御陣地が建設されている。

 であるからこそ、BUGの侵攻を今日まで耐え忍ぶことが可能だったのである。

「しかし、包囲されてから時間が経過するにつれ損害は無視できないものとなりつつある。我々は転移魔法による魔挺マジック・ボーン作戦によってオマハを包囲している敵軍の後方を攻撃する。具体的にはカウンシル・ブラフス空港を目的地とする。何か質問はあるか」


「作戦は我が軍のみで行うのでありますか」


 手をあげたのは、黒の大翼隊のラカムル・ドリィフス掌百長だった。

 ヒルデリアより先任で実戦経験も豊富な男であり、いつも苦いものを噛んでいるような顔つきをしている。

 短躯痩身だが、声は大きい。寡黙な男故に、口をひらくことは滅多に無かったが。


「我々の魔挺作戦と同時に、帝國軍による空爆と渡河作戦が実施される。渡河作戦はあくまで敵の側面に圧力を加え、我が軍の撤退を支援する限定的なものだがな」


 ダッケリの言葉とともに、日本軍の支援部隊が地図に描写される。


「つまり、我が軍が敵の圧力を一番に受けるということですな」


「そういうことになる。しかし、帝國軍とて楽な戦ができる訳はないぞ」


「承知」


 ダッケリの言葉に何かを感じ取ったラカムルは、短くそう言って引き下がる。


「発言をよろしいでしょうか」

「ヴァルドゥの。許可する」


「有り難く。では、我が翼隊に先鋒を許可いただきたい。先ほど提示された編成では師団直轄予備ということでしたが」


「功を焦るな、ヴァルドゥの。貴様とて予備兵力の意味を知らぬ訳ではあるまい」


 言外の意図を滲ませ、ダッケリは氷点下の視線を向ける。

「ですが…」


「くどいぞ。私は旨いものは最後までとっておく主義なのだ。意味は分かるな」


 戦場において、予備兵力の枯渇ほど恐ろしいものはないことをダッケリは知っていた。切り札は最後までとっておくもの、とは言い古された言葉だが至言である。

 未熟な指揮官ほど戦場において、切り札たる予備兵力を早く使いがちというのは軍隊における経験則である。

 ダッケリのような経験豊富で有能な指揮官は、可能な限り予備兵力を使わずにしのぐ術を知っている。そして、その予備兵力の指揮官に無能をすえるほど愚かなことはない。

 つまり、ダッケリはヒルデを評価していると言っているのだった。

「……了解しました」

 ヒルデは渋々引き下がる。

「他に質問はないな。では、軍議は終了。作戦準備にかかれ。貴官らの武勲に期待する」


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