第4話 剣中隊(後編)


第4話 剣中隊(後編)


「青軍右翼第4装甲歩兵中隊、損害判定。赤軍大型BUGによる被害度乙ダメージ・レベルBと認む」


 八木は気を取り直すと、傍らの剣に報告する。

 個人的な反感(多少は義憤ではないかとも思っている)を抱いているとはいえ、奴は上官なのだ。

 いまいましいことに。

 それに剣という男は人間的には褒められたものではないが、野戦指揮官としては有能な部類に入る。

 ここ一週間、ほぼ休息無しと言っていいほどの密度で行われている野戦演習で、八木はそれを肌で感じ取っていた。

 演習場のど真ん中に張られたこの天幕には、中隊の指揮要員のほとんどが集まっていた。

 彼等の中心には、戦況図を表示した大型液晶受像機を睨んでいる剣がいる。それ以外の受像機は、実際の演習の映像を映し出していた。

 演習統裁官を務める彼は、鉛筆と突発的要因を再現するためのサイコロを握っている。その様子は檻の中をうろつきまわる熊に似ていた。

「…対空戦車小隊、動きが鈍い!蟲はこっちの都合で動いちゃくれんぞ!」

 剣は無線機のマイクを取上げると、遠慮なく怒鳴りつける。

「はっ、申し訳ありません」

 無線から、不満そうな小隊指揮官の声が返ってくる。

 八木は彼に心ひそかに同情した。


「対空戦車小隊、敵大型飛行BUGによる空襲により全滅! 以降、青軍の防空修正は無し。八木、分かったな?」


 八木は絶句し、書類綴りを危うく取り落としかけた。


――いい加減慣れて来たつもりだったが、やはりこの人の無茶苦茶さにはついていけない。

 真底そう思いながらも、八木は叩き込まれた軍人根性で頷き返す。


「了解しました。以降、青軍の防空修正は適用されません」

「何か不満があるという顔つきだな」


 剣の言葉に八木は、はっとして顔に手をやる。


「言ってみろ。責めはせん」


 八木は意を決すると、剣の目を見据えながら反論する。

「状況設定が滅茶苦茶です。それにたただでさえ、編成されてまもない中隊なんですよ。おまけに装備しているのは、評価試験を終えたばかりの新型。だいたい、所属する大隊の司令部すら到着していないとか無茶苦茶だ」

「貴様、我々が何のために演習をしているか、分かっていないらしいな」

 小馬鹿にされた思いで、八木は剣を睨み返す。


――俺は士官学校出だぞ。一般大出地方人のあんたに演習のイロハなぞ教えてもらう義理はない。思わずそう言い返しそうになり、八木は口を押さえる。


 陸軍も昭和の御代とは異なり、一般大学出の将官も珍しくなくなっている。昔のように士官学校出や天保銭組――陸軍大学校卒業者――が幅を利かせていた時代は過去のもので、時代錯誤だ。

 とはいえ士官学校を優秀な成績で卒業したという事実は、八木の自尊心の根幹なのだった。


BUGどもとの戦いに定石はない。下らん常識や観念論などドブに捨ててしまえ」


「ですが…」


「貴様は戦場を知らん。俺は知っている」


 八木が黙り込むのを横目で見ながら、剣は議論は終わりだとばかりに手を挙げる。


「この程度では魔女の大釜とは言わん。左翼第5随伴歩兵小隊、飛行型BUGによる爆撃により被害判定甲、全滅!」


「無茶苦茶だ…どうなっても知りませんよ」


「この程度でどうにかなるくらいだったら、蟲どもになど対抗できん。だが、怪我だけはさせるな。ここは演習場だからな」


「八木中尉。無駄です、言っても聞きませんよ」


 いつのまにか側によってきていた来栖麻耶軍曹がしたり顔で忠告する。

 二十代半ばという若い下士官だった。

 規程通りに短くそろえられている髪の毛は茶色がかっている。別に染めている訳ではなく生まれつきとは、本人の弁である。

 すらりとした体型に無駄のない筋肉がついた体型であり、軍隊格闘術も相当の腕前というのを聞いたことがある。

 剣大尉と同じく大陸での勤務が長い『大陸浪人』であり、装甲歩兵に搭乗しての戦闘経験も相当に豊富で、何度も勲章ものの戦果を上げていると聞いたことがある。

 士官学校出の八木にとって、実力で叩き上げてきた下士官というのはやりにくい相手だった。そのうえ、わずかに自分より背が高いというのも、妙にコンプレックスを刺激される。

 つまるところは、八木にとっては剣大尉と同じかそれ以上に虫が好かない相手なのだった。

 そういうこともあってか、八木はこう思っていた。


――おそらく上官の嫌がらせで、まともな下士官をまわしてもらえなかったのじゃないか。だから、こんな癖の強い『大陸浪人』をあてがわれたのだろう。

 八木はそう推理していた(そして、真相は当たらずとも遠からずといったところだった)。

 心中で感じている理不尽さを顔に出さぬよう煩悶しつつ、八木は眼前で展開している演習に目を向けた。

 思えば部隊の配置や、指揮系統も奇妙だった。

 他部隊との連携という意識が希薄で、完全な独立戦隊としての運用を考えているように思えたのだ。

 支援部隊の充実ぶりは、予算不足に常に悩まされている陸軍では奇跡に近いほどだ。

 恐怖に近い感情を覚え、八木は呻いた。

 ろくでもない中隊長、装備しているのはまだ採用からさほどの時間が経過していない新型装甲歩兵。

 一応第二旅団所属とは聞かされているが、所属大隊や大隊長が誰かすら未定という異常事態。

 おまけに兵たちは、つい先日までお互い顔も知らなかったような連中とくる。

 俺の預かり知らぬところで何かがうごめきつつある。

 そのうえ不快なことに、俺はただの一中尉。もっと詳細な情報に接する資格はもたないのだ。

 八木は頭を振り、その考えを振り払おうとした。

―俺は軍人だ。命令には疑問を持たず、黙って自分の仕事をするだけだ。

 だが、その八木の決意に水を差すかのように、演習の戦況に大きな変化が現れた。

 突如、青軍左翼の森から、新たな『赤軍』部隊が出現したのだ。

 事前の演習配置図には無かった部隊だった。


「馬鹿な。どうなっている?」


 八木は戦況図を食い入るように見つめ、ついでカメラ映像に目を向ける。

 カメラには予想していなかった方面から急襲されて慌てふためく青軍と、赤い旗をくくりつけた巨人の姿が見える。


「あれは、『武越』。増加装甲装備の後期生産型か」


 武隆の前の世代にあたる装甲歩兵だった。

 旧型機であるため武隆に比べていささか鈍重な印象を与える機体だが、そのぶん信頼性は高い。

 それに、白兵戦での膂力は侮れぬものがある。

「詳しいですね、八木中尉。もしかしてマニア?」

 来栖がからかうように茶々を入れる。

「馬鹿なことを言わんでください。少しばかり真面目に勤務していれば嫌でも分かります」


 八木はむっとして言い返す。

「自分は兵器のカタログデータを覚えるしか能のない、馬鹿どもとは違う」

 八木にとり、装甲歩兵の最高速度や旋回半径を諳んじることに血道をあげる連中は唾棄すべき存在であった。彼らも彼らで、落ちこぼれ軍種である陸軍に対し、軽蔑する傾向にある。

「…刺されないように注意された方が良いですよ、中尉。彼らは軍にもいるんですから」

 八木は麻耶の皮肉げな顔を、歯軋りせんばかりの勢いでにらみ付ける。

 そんなやりとりの中で、奇襲効果から立ち直れていない青軍は、見る間に残り僅かな兵力を打ち減らされていく。

 これも予定していた展開なのか、と問いたげな八木の視線に答えるように剣は口を開いた。

「敗北でこそ、軍隊はその真価を問われる。俺が考えているのはそこさ」

 八木は剣の顔を思わず見つめるが、剣は、眉一つ動かしてはいなかった。

「勝ち戦は馬鹿でも出来る。数を揃えれば、そうそう優勢は動かない。劣勢でも損害を最低限に抑え、上手に負けられるのが本当の軍人だ」

 その言葉に、八木は内心頷かざるを得なかった。

「確かに。ですが、一方的に叩かれるばかりというのは…」

「忘れたか? お手盛りの訓練ばかりやっていたばかりに、我が陸軍は第一次バグズウォーで大敗北を喫したのだぞ」

 八木は今度こそ黙り込まざるを得なかった。

「それに、今度の派遣先はおそらく北米だ。この程度など可愛いものだ。ニュースくらい見ておらんのか」


 剣は珍しく深刻な口調でたしなめるように言った。


「補給もろくに見込めない撤退戦だ、地獄の釜の蓋が開くぞ」


どこか楽しそうに、剣大尉は嗤う。


――どこが中隊長だ。獄卒の間違いじゃないのか。この『大陸浪人』め!

 八木は心の中で悪態をつきながらも、戦慄を覚えている。

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