第3話 剣中隊(前編)

第三話 剣中隊(前編)

 

――皇紀二六六五年十月九日  

           北海道 恵庭陸軍演習場

 

 遠雷のような砲声が響き、色とりどりの染料が混ぜられた爆煙があがる。装甲車両のディーゼル・エンジンの咆哮が、それに答えるように響き返す。

 北海道の陸軍恵庭基地に設けられた演習場では、鋼鉄に鎧われた機械の獣が動き回っていた。

 いくら北の大地とはいえまだ降雪はないが、先日降った雨の影響で辺りは泥濘と化している。

 双眼鏡を彫りの深い顔に押し当てながら、男は不満げに鼻を鳴らした。演習用の使い込まれた天幕の下の簡素な机の上に広げられた地図を参照しつつ、時折携帯型無線機で指示を飛ばしている。

 大尉の階級章を身につけているにしてはやや若い男だった。

 黒髪に茶色く丸い瞳、長身だが脚は短く寸胴気味と、典型的な日本人体型をしている。顔立ちはまあまあ見られる程度に整ってはいるが、美形と呼ぶには少しばかり足りない。

 猛禽を思わせる三白眼からは鋭い眼光が放たれており、いつも眉をひそめている。

 自ら進んで親しくなろうとする者はあまりいないのではないかと思われる、険しい顔つきだった。


 およそ異性に好かれる要素、というものが欠如している男であった。私物である紺色の外套をひどく適当な着こなしで羽織り、三種軍装に規定されている迷彩戦闘服を身に着けている。


 被っているというより載せているといった方が正しい制帽からは、規定ぎりぎりまで伸ばした黒髪が飛び出していた。


「剣大尉。連日の訓練が祟っているんでしょう。無理をさせ過ぎですよ」

 生真面目そうな顔つきの中尉が、呆れ顔で応じる。

 今時の若者らしく、昭和の陸軍軍人のように階級の後に「殿」はつけない。

 海軍式にあわせたものだが、剣が任官したばかりの頃は退役寸前の下士官が最後の抵抗をしていたように記憶していた。

 どうでもいいことばかり思い出すな、と剣は思っている。


「大尉は兵に無理をさせない主義と記憶していましたがね」


 中尉の階級章をつけた男はこの演習場ではひどく堅苦しく見える二種軍装を、一部の隙もなく着こなしていた。

 性格の良さそうな丸顔にぞんざいに配置された黒い瞳から発せられる光は、いかにもお坊ちゃん風な優しいものに見える。

 たとえ怒っていても、あまり迫力は感じられないだろう。軍帽を目深に被っており、襟足の黒髪はきちんと刈り上げられている。顎にも無精ひげはみじんも見られないところを見ると、几帳面な性格なのだろう。

 絵に描いたような、年かさの下士官に舐められそうなタイプだ。上官よりはいくらか背丈は低かったが、背筋は嫌味なほどにまっすぐ伸びている。

 泰然自若にパイプ椅子にふんぞり返っている剣とは対照的だった。


「八木中尉。戦場では休憩の機は逃すべきではない。だが、訓練では多少の無茶はさせておくべきだ」


 剣のぞんざいな物言いに、八木は思わず黙り込む。

 彼は陸軍士官学校を優秀な成績で卒業しているが、剣は大陸で無数の対BUG戦闘を経験している。

 説得力の点で自分が劣っている事を認めざるを得ないのだった。

 つくづく、奇妙な男であった。

 兵に対する気遣いは意外に思えるほどに細かく、戦においては指揮官率先の勇戦をしてみせる。

 そのくせ口は悪く、特に士官に対しては常に手厳しい。

 上官に対しては特に容赦がない。

 さすがに面と向かって盾突くわけではないが、後ろ玉を食らった上官は数知れずという風評であった。それ故に味方も多いが、敵はその倍はいた。

 そんな二人の会話をよそに、帝國陸軍恵庭演習場の荒野に轟音が響いた。鋼鉄の巨人の群れは、小高い丘に向けて進撃を開始した。

 地響きを轟かせながら数トンの巨体が突進するさまは、見るものに原始的な恐怖を感じさせる。

 一方、丘の上に陣取った巨人たちは、森林の木や地形を遮蔽物として確保しつつ、突撃アサルトライフルの銃口だけを出して発砲する。

 演習用ペイント弾は音速を超える速度で、突進を続ける青い旗の側の巨人へ飛来する。

 たちまちのうちに、双方で演習砲弾に内臓された紅い色の塗料を浴びて『戦死』するものや、機体操作を誤って転倒するものまで現われる。


 「装甲歩兵アーマード・インファントリー」、その外見に似合わぬきわめて簡素な表現で日本人はその人型兵器を呼んでいた。

 帝國陸軍がこの人型兵器を採用してから、既に三十年近くが経過している。


 彼らが装甲歩兵を採用した経緯は明確かつ、切実な理由からだった。対BUG戦闘における歩兵の損害の大きさがこの兵器を要求したからだ。

 神経ガス、強酸性の体液、あげくには卵管を打ち込んで体に卵を産み付けようとするものなど、BUGは多くの特殊能力を持っていた。

 そのため対蟲戦闘は、生身の歩兵にとっては過酷に過ぎた。

 そこで強固な装甲と化学戦防護能力を兼ね備えた、「歩兵のかわり」が必要とされたのである。


 その技術は新たに地球に現れた『魔法王国』、ルフト・バーンからもたらされた。

 動力には理力石-人間の持つ魔力マーナを動力に変換する魔法鉱石-を使い、人工筋肉で駆動する。

 基本的には王国で使用されている人型魔法兵器、『人形ドゥルーズ』の技術をそのまま用いている。

 『人形ドゥルーズ』はルフト・バーン人が生み出した対BUG兵器であり、いわば『魔法増幅装置兼装甲服』のようなものであった。

 術者が行使する魔法の威力を数十倍に増幅するとともに、蟲の攻撃から身を守る万能装甲を備えている。


 日本人たちは同盟関係をてこに、異世界技術である『人形ドゥルーズ』の研究に早期から着手していた。

 その研究から、ルフト・バーン人は『魔力変換回路』とでもいうべき体内器官を備えており、魔法の行使を可能としていることが分かった。

 しかし、地球人にはそれがほぼ無理であることも分かった。

 余談ではあるが、ルフト・バーン人と地球人はその点を除けばほぼ同一種であり、交配も可能という事も判明している。ルフト・バーン人と地球人の混血には、ほぼ確実に『魔力変換回路』が受け継がれることも。

 ともあれ、帝国陸軍が『人形』の動力源である魔法鉱石『理力石レプ・タルス』に狂喜乱舞した理由は、補給の容易さであった。

 魔力そのものは日本人だろうがルフト・バーン人だろうが、生まれつき備えている力であり、搭乗者の飲食や睡眠などによって回復するものだからであった。石油などの化石燃料を必要とする装甲車両に比べた場合、大きな利点だった。


 そして、採用された装甲歩兵は汎用化の道を辿った。通常の歩兵用武器を大型化した兵器に加え、時には誘導弾や電子戦兵装をも搭載し、多様な戦場に適応を図った。

 理力石のもたらす大出力がそれを可能にした。

 無論、開発当初は技術と戦術の未熟さ故に、さしたる戦果をあげることは出来なかった。

 しかし技術の進歩と、運用法の研究により、装甲歩兵は次第に新兵種としての地位を確立していく。

 そして今日、市街戦や森林・山岳戦、そして対BUG戦に置いて、装甲歩兵は無くてはならない存在となっている。

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