第15話 国際連盟軍

 国際連盟が組織を改編せざるを得なくったのは、第一次蟲戦のあまりに大きすぎる被害がきっかけだった。

 英連邦はBUGの侵攻によって人的資源の供給源でもあったインドの過半を失い、南インドとセイロン島スリランカをなんとか保持するのが精一杯という有り様だった。


 英連邦の盟主であるイギリスの要請でインドを救援するためオーストラリアは多数の陸軍師団を送り込んでいたが、そのほとんどが壊滅した。その時生じた英本国への不信感から、一時豪州国内では英連邦離脱が真剣に検討されたほどだった。


 アメリカは五大湖工業重要地域を失い、また同時に東部の資源地帯を放棄せざるを得なくなった。そのため、植民地であるフィリピンの独立を認めざるを得なくなるほどに追い詰められていた。


 共産主義国であるためにろくな支援を受けられなかったソビエト連邦ロシアは、事実上崩壊した。僅かに残されたソ連政府は――なお、敗走途中にスターリンは赤軍将校団によって暗殺されていた――ウラル山脈より先の僅かな土地を支配することしか出来なくなっていた。


 なお、この間『ロマノフ王家の末裔』を押し立てた白系ロシア人が極東地域で蜂起、極東ロシア王国の樹立を宣言している。

 ナチスドイツはソ連崩壊後の東ヨーロッパ戦線でBUGの侵攻を懸命に押しとどめていた。しかし、一時はポーランドの保持すら危ういと思われるほどに機甲師団や航空機を激しく損耗し、資源不足に喘ぐ事となる。

 主要先進国の中で損害が比較的少なかったのは、帝國と植民地を持たないルフト・バーン王国くらいのものであった。

 こうした状況の中で、帝國は加盟国へ陰に日向に支援することと引き換えに、連盟改革の主導的立場を獲得することに成功した。

 多くの国は戦後の立て直しでそれどころではなかったし、どの国も国際連盟改革の必要性自体は痛感していたから反発は少なかった。

 帝國が国際連盟の盟主としての地位を決定づけた瞬間であった。

 帝國は手始めに、かねてからの懸案であったルフト・バーン王国の国際連盟加盟を承認させた。

 さらに、議会の承認というハードルをようやくの事で乗り越えたアメリカと、総統の気まぐれによって再加盟を申請していたドイツを加盟させ、主要国がようやく顔を揃えることになった。

 その上で、これまで全会一致が原則であった総会規則を改正、常任理事国による多数決で決定出来る事項を拡大した。また常設の国際連盟軍司令部を設置し(限定的ではあったが)対BUG戦闘の連盟による統一指揮を実現した。

 これまでの紳士協定のような存在の国際連盟は、対BUG戦で人類を生き残らせるための戦闘組織へと生まれ変わったのだった。

 ジュネーブからメルボルンへと移転した国際連盟本部に日本人が数多く勤務していることには、このような背景が存在していた。


                  ◆

  

 国際連盟軍司令部の会議室に顔を揃えているのは、連盟各国がその代表として送り込んでいる連絡将校達だった。

 会議の内容が内容だけに、重苦しい雰囲気が場を支配している。

「我が忠勇なる英連邦軍将兵からの報告では、合衆国側の受け入れ準備があまりに遅延しているとの情報を受けている。これはどういうことかな、アーカソン少将殿」

 見るからに美丈夫という言葉がふさわしい英国軍将校は、英国人らしい嫌みな態度でアーカソン少将に問う。


「サミュエル大佐、そう言われましても。我が合衆国は防衛戦闘のただ中にあります。民間人の避難を行うのに手一杯でありまして。港湾施設は脱出船団だけで手一杯なのです」


 ハンカチで汗を拭きつつ、合衆国海軍の連絡将校であるドナルド・アーカソン少将はひたすら恐縮していた。

 かの傲慢極まりない合衆国の海軍少将とは思えない有り様であった。

 抜擢人事に事欠かない合衆国海軍でどうしてここまで出世出来たのかと思えるほどの、人畜無害な事務屋。瀬戸孝蔵大佐が把握している情報によれば、彼の評価はそんなところだった。

 それは同時に今合衆国の置かれている苦境の深刻さを示していた。つまるところ、人材の底が見え始めているのだ。


「いまアーカソン少将を責めてもどうにもなりますまい。問題はいかに合衆国の民間人を逃がす時間を稼ぐかです」


 瀬戸の嫌みなまでに発音の正しい英式クィーンズ英語イングリッシュに、英国海軍の連絡将校であるサミュエル大佐はにやりと笑いながら応じる。

 がっしりとした体つきに金髪碧眼、潮気に曝され続けた代償としての顔に刻まれた皺と、苦み走った中年の色気に満ちている。まさに絵に描いたようなロイヤル・ネイヴィーの将校であった。


「確かにその通りなのだがね。このままでは、その時間を稼ぐための兵力を送ることができない。ようやくハワイに集結させる事の出来た兵力なのだがね」

 サミュエル・R・バーミンガム2世は葉巻をくゆらせながら、手元の紙資料に視点を落とす。

 そこにはいささか数を減じた英連邦に所属する各国からかき集められた兵力のリストが、集結地点の地図とあわせて纏められている。

 電子端末ではなく紙資料なのは……何かの政治的理由なのかもしれない。

「サミュエル大佐。それについては我が同盟国から、貴国に提案があるようなのですが」

 そう言って瀬戸が目配せをすると、いかにも嫌そうな顔で応じたのは王国軍の国際連盟連絡将校であるミザリア・ボーハイト正掌万長大佐であった。彼女も特徴的な長い耳を持つタムタム族であり、明るい銀髪と透き通るような白い肌の持ち主だ。

 見た目の年齢で言えばこの場の誰よりも若く見えるが、長命種族であることからこの場の誰よりも年を重ねている。

「我が国はこのたびの合衆国救援に王国空軍の空中ベアト・艦隊フロテを派遣する。その中には輸送型アハゲト・飛行艦フロン・テラも含まれている。転移魔法を駆使すれば、港湾施設を使うことなく揚陸も可能だろう」

「その転移魔法とやらは、我が英連邦の四個師団を展開するのに十分なのかね?師団の装備には戦車や自走砲といった重装備が含まれるのだが」

「問題ありません。転移魔法にも限界はありますが、少なくとも港湾施設の空きが出るまで待つよりは早いかと」

「了解した。本国に問い合わせる必要があるが、おそらく許可が出るだろう。貴国の申し出に感謝する」

 サミュエル大佐は丁寧に礼を述べる。これに、ミザリアも簡潔に答礼する。

「さて、懸念事項はこれで終いかな?」

 そう言ってもったいぶった言い回しをしながら周囲を見回したのは、赤地に黒の鉤十字マークをつけた武装親衛隊の少将だった。

 金髪碧眼に高身長といった、ナチスが推奨するゲルマン的外見の男だった。

 ハイドリヒ・フォン・ヒンデンブルクという、アーダルベルト総統の首切り職人というあだ名を持つ男だった。本国での政争に明け暮れたこの男が、今国際連盟に配置されていることは様々な憶測を読んでいる。

「どうやら終わりのようですな、ハイドリヒ殿。無論、作戦の規模が規模だ。何が起きてもおかしくはないが、心配しすぎて手をこまねく時間は我らにはない」

 純白の第二種軍装に身を包んだ樽のような体型の海軍将官、東郷重友中将は白いあごひげをしごきながら厳かにそういった。

「それではこの作戦の目的を念のため、あらためて説明する。優先目標はあくまで合衆国市民の北米大陸脱出にある。無論、そこには合衆国軍の将兵と装備も含まれる」

 そう言葉を切った東郷中将は、司令部会議室を睥睨する。

 かつて戦艦『武蔵』に座乗して第二次蟲戦を戦い抜いた隻眼白髪の男の視線に、自然と気が引き締まる。

「以上だ。作戦の詳細については瀬戸君、よろしく頼む」

「承知しました。作戦の詳細は私が説明します、よろしいですね。サンディエゴ方面の防衛戦は英連邦軍が担当していただきます。この方面は脱出港および海軍拠点として最後まで保持する必要があります。ですので、積極的攻勢は行わず縦深防御と航空支援の徹底により、文字通り死守します」

瀬戸は如才の無いしぐさで東郷に頭を下げると、白板に貼られた北米要図を指示棒で示しながら説明を始めた。

「了解した。粘り強い防衛戦闘ならば、我ら英国軍に任せてくれたまえ」

 サミュエル大佐はそう言いいながら、新しい葉巻の口を切る。

「サンフランシスコ方面からは我が帝國軍並びにルフト・バーン王国が担当します。この方面では多数の避難民がまだ避難中であり、場合によっては積極的攻勢や機動防御戦によって避難を支援する事も想定しております」

 瀬戸の言葉に、東郷中将は無言で頷く。

「ポートランド方面は極東ロシア王国軍並びに他の諸国が担当します。なお、上陸作戦は行わないもののドイツ第三帝国海軍が、ノバスコシア方面へ艦砲射撃並びに航空爆撃を行います」

「我が軍は現在も長大な国境線を防衛しているため、残念ながら動かせる地上兵力が心許ない。申し訳ない。ただし、我が第三帝国海軍並びに空軍による攻撃によって、相応の戦力を誘引することはできよう」

 ハイドリヒの言葉に、多くの将校たちは胡乱げな視線を送る。

 未だにナチズムを信奉する国家の言葉を素直に受け取ることが出来ないのだった。

 ただ、ドイツが広範な東部戦線正面に戦力を貼り付け続けなければならないのは事実だった。傀儡国家であるBCフランス政府に、様々な懐柔政策を余儀なくされているのはそうした状況の証左とも言える。

 巨大な北米の地図にレーザーポインターをあてながら、東郷は説明を続ける。

「問題は蟲塞ネストです。まだ未確認ではあるが、複数の蟲塞があるという報告もある。衛星写真で確認されているのは、デトロイトの『アルゴー十一』だけだが、この侵攻スピードから考えて、ただ一つというのは考えにくい」

 その情報に、将校たちの顔が曇る。

 蟲塞というのはBUGの「製造工場」であり、また強固な防御力を誇る「要塞」だからだ。基本的に蟲塞を外側から爆撃などによって破壊するのは困難であり、内部に侵入して高性能爆弾や戦術反応弾で破壊するほかないというのが常識だった。

 構造として似ているとされるのは蟻塚だ。内部に『女王』と呼ばれる司令塔がいるのも同じだった。


「確かにそれは想定すべき事態ではある。、ただネストの建設は短期間では不可能だ。存在しているとしても航空偵察が不十分な東部に存在しているのではないかね?」


 サミュエル大佐の言葉に、将校たちが頷いて見せる。


「我が国の偵察衛星でも、未発見の蟲塞が無いか調査しておきましょう。蟲塞の存在は把握しておくにこしたことはありませんからね」


 瀬戸の発言に、東郷中将は頷く。

「蟲塞の破壊に関しては、膨大な犠牲を必要とする可能性が高い。幸い、想定戦場付近には今のところ蟲塞の存在は確認されていない。戦場によほど近い場所に蟲塞が出現するといった事態が無ければ破壊は優先事項ではない。発見されても手出しは無用とする」


 瀬戸のあとを引き継いだ東郷中将の言葉には、誰しもがうなずかざるを得なかった。

 かつて蟲塞の破壊は何度か成功例がある。が、破壊による敵勢力の減衰効果は大きいものの、それ以上に膨大な犠牲を必要とするのだった。


「それでは作戦計画D三○五号、秘匿名称『鳥の王サムパーティ作戦』は四日後の二十七日、午前零時をもって発動とする。『人類領域を守護せよ!』」


「『人類領域を守護せよ!』」


 会議出席者は東郷の言葉に合わせて同じ言葉を返し、それぞれのやり方で敬礼を返す。

 

 北米大陸脱出作戦『鳥の王サムパーティ作戦』は、今ここに決定されたのだった。



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