第14話 762独立装甲歩兵大隊
八木が着艦したのは『秋津丸』型揚陸艦
一次蟲戦の時に運用されていた揚陸艦『あきつ丸』(公式文書ではひらがな表記されることが多かった)の名前を受け継いでいる。
二代目『秋津丸』は
一見飛行甲板をもつことから航空母艦のように見えるものの、固定翼機の発着は基本的に行われない。一応、垂直離発着機能を持つ固定翼機ならば運用可能ではあるが、あくまで上陸作戦用の艦艇である。
ちなみに、先代『あきつ丸』は「陸軍特殊船」であった。
当時の海軍は上陸作戦に使用する艦艇の整備には関心がなく、陸軍が整備する羽目になったからだった。
統合軍令部発足以降に進水した二代目『秋津丸』は海軍所属であり、装甲歩兵の搭乗員や整備兵を除けば海兵ばかりだ。
八木は甲板に降り立つと、すぐに年配の下士官に案内されて艦内に入った。
彼が案内されたのは、陸軍士官室というプレートがつけられている一室だった。
部屋の中は八木と似たような境遇らしい男たちが暇を持て余していた。友人とポーカーに興ずるもの、読書をするもの、居眠りをしている剛の者までいる。
一癖もふた癖もありそうな雰囲気の者ばかりだった。
「おもいのほか時間を取られたな。実にくだらない会議だった」
そう言って、八木の後から士官室に入ってきたのは剣と来須だった。
「八木中尉、補給部隊との折衝はどうだった。うまくねじ込めたか」
「無茶を言わないでください。一応要望は伝えましたが……正直通るかどうかは怪しいかと」
「そうか、まあ期待はしていなかったがな」
剣はあっさりとそう言うと、士官室の空いていたテーブルに腰掛ける。
「中尉に大隊長殿の有り難いお言葉を伝えてやろう。俺たちの派遣先は北米、敵は蟲どもだ」
「それくらいは承知しています。問題は…」
「まあ聞け。現在合衆国はオマハからカンザスシティー、ヒューストンへと続く、いわゆる『ミズーリライン』を絶対防衛線と定めている」
剣は
さらに赤い部分から何本もの矢印が、青い線を越えて左側に向かって伸び始める。
「合衆国政府は防衛戦の死守をうたってはいるが、カンザスシティーやヒューストンは既に陥落した。他の都市も似たようなものだ。オマハは要塞化されていたらしいから、もう少し持ちこたえるかもな」
八木は愕然とした思いで、その地図を食い入るように見つめいている。
彼の知る合衆国軍は勇猛果敢な精強さと、豊かな工業生産力に支えられた補給体制をもつ、世界でも最優秀の部類に入る軍隊だった。
確かに東部地域をBUGに押さえられてはいるが、広大な縦深と地形障害、要塞化された都市群を拠点に戦えばそうは負けないはずなのだ。
「敵の数がそれほど圧倒的、ということですか」
「そういうことだな。あくまで推定値だが、我々の基準で敵側はおよそ五十五個師団相当。一方、合衆国軍でいくらかまともに戦える師団数はおよそ二十三個師団ということだそうだ」
「二倍近い兵力差ですか…」
「我々国際連盟軍は我が帝國の派遣軍が八個師団規模。我が
「士気、装備の充足率、補給体制などの戦力倍増要素を考えると、人類側の圧倒的不利。そう考えざるを得ませんね」
八木が頭に思い浮かべている対BUG戦教則で考えても、数字以上に絶望的状況に思えた。合衆国軍は敗走を続けているから、士気や装備の点ではあまり期待できまい。
さらに、国際連盟軍にしても普段から共同訓練を行っている
前者の二つの国にしたところで、他国の戦争にどこまで本気で付き合うつもりなのかしれたものではない。
『人類領域防衛』を掲げる国際連盟軍のお題目は立派だが、国家のエゴが消滅した訳ではないのだ。
「上では戦術反応弾の限定使用すら検討されているそうだ。まあ無理だろうが」
「反応弾は…使いにくいでしょうね。なにしろ、他人の土地ですから」
放棄するとしても、『いつか帰るべき場所』なのだから、政治的な面倒が生じるのは容易に予想が出来る。 よほど追い込まれれば、無理が通ることもあるだろうけれども。そんな状況に陥るという事は、人類側の盤面が回復不能ということを示している。
――あまり楽しそうな未来には思えないな。
八木はそう思いつつ、反応兵器のことを意識の外に追いやった。
「そういうことだな。政治的な建て前というやつは、どこまで行こうとついてまわる。面倒なことだ」
剣の顔に浮かんだ皮肉げな笑みを見ないようにして、八木は問う。
「……それで、我が中隊はどこへ配属されるのでありますか」
剣の率いる『中隊』はいささか中途半端な状況に置かれていた。中隊として編成が始まったの二ヶ月前であり、普通はすぐに決まるはずの指令系統すら定かではない。
北米戦に間に合わせるための、急造部隊であることは明らかだった。
「我々は第二旅団司令部直属予備、第762独立装甲歩兵大隊の司令部直轄の予備中隊となる」
近年の部隊数増加などの理由で、大隊の冠に着く数字が三桁になること自体は珍しくなくなっている。
とはいえ、八木であれば専門の装甲歩兵科なら所属する部隊くらいは見当つけられるはず。それなのに、八木が聞いたこともない部隊名だった。
「配属先は新規に編成される大隊ですか……」
その先を言おうとして、八木は慌てて口ごもる。
「なにしろ私たちは、『大陸浪人』の寄せ集めですからね」
八木の言いかけた先を勝手に言いながら、ふてぶてしい態度で笑ったのは来須軍曹だった。
大陸浪人とは、満洲戦線をはじめとした大陸の帝國権益を守るために派遣されていた軍人たちの総称だった。彼らの中央への反抗的気質や独断専行ぶりを揶揄してそう言われているのだった。
最初は陸軍凋落の発端となった関東軍を指す言葉だった。それが今では満洲派遣部隊の一部を指す言葉として定着している。
「我々を含む帝國遣米艦隊は王国KF基地で補給後、サンフランシスコ港へ到着する予定だ。揚陸後、第二旅団はそのあと師団司令部をカンザスシティーまで移動させ、合衆国軍の支援にあたる。その後は戦況次第といったところか」
剣は実に楽しげに端末の電源ボタンを押して
「残念ながら、今のところ空軍の戦力編成までは知らされていない。航空支援についてはどこまで期待できるやら、だな」
剣の言葉に八木は渋い顔をする。
近接航空支援が得られない事があるのは仕方ないが、飛行型BUGの航空優勢下で戦うのはぞっとしない。
「八木中尉、大隊長からのブリーフィングはこんなところだ。貴様は副中隊長に任命された。なにしろ急造の寄せ集め所帯だ。雑用係をやってもらうぞ」
剣は特段の表情を浮かべていない。
当たり前のことを言っているという顔だった。
八木は自分の所属をこのろくでもない中隊に決めた上層部に向かって呪詛の言葉を吐きつつも、ようやくのことで剣に対して敬礼をしてみせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます