第13話 帝國の艨艟(もうどう)

十月二十二日午前九時三○分 

                      横須賀  


 つい先程まで僅かな点にしか見えていなかったそれは、いつのまにか視界からはみだす程になっていた。

 男性的勇壮さと呼ぶ他ない艦影を見せつけているのは、帝国海軍最期の戦艦と呼ばれる「天照あまてらす」と、同型艦の「月読つくよみ」だった。


 本来の名称で言えば紀伊型戦艦と呼称されるはずだったその戦艦は、第一次蟲戦末期から建造が始められた艦だった。

 建造計画自体は昭和十六年の第六次補充計画によって計画されていた戦艦三隻のうち、第八〇〇号艦及び第八○一号艦として開始されていた(八○二号艦は後に建造中止となった)。


 その計画では大和型戦艦を超える超大和型戦艦として、対空誘導弾ミサイル電波探信儀レーダーをはじめとした最新装備を備える新時代の戦艦を目指していたとされる。

 しかし、巨額過ぎる予算と航空機の急速な発展により、建造中止が何度も議論されてきた。


 それを変えたのは第一次樺太会戦と呼ばれる一次蟲戦末期の戦闘であった。樺太に流氷に乗って殺到するBUGの群れを軒並み撃破して見せたのは、大和型戦艦をはじめとする帝國海軍の戦艦部隊だったからだ。


 その戦果に幻惑された帝國臣民は、計画中止目前の紀伊型戦艦に熱い期待を寄せた。第一次蟲戦後の高度経済成長によって発言力を強めつつあった中産階級の人々は、BUG――人類の脅威を打ち払う新型戦艦の建造を熱望した。


 かくして、対蟲戦闘を前提とした戦艦は進水の日を迎える事となった。

 海軍の航空屋たちは、四十五口径五十一センチ連装主砲三基六門、総排水量七万五千トンという大艦巨砲主義者の妄想じみた巨艦に予算を使うなど世も末だと嘆いた。

 その巨艦には、初めての国民公募による艦名募集がなされた。なお、この背景には陸軍の政治的没落に恐怖を覚えた海軍が、国民世論への配慮をせざるを得なくなったという事情があった。


 ともあれ、そんな戦争直後のBUGへの恐怖の裏返しとも言える熱狂が『天照』という日本神話主神の名前である神がかり的な艦名を生んだ。


 旧国名という面白みのない命名基準による名前を、国民は拒否したのだった。

 余談ではあるが、この熱狂は他国に伝播し、女神ゴッデスクラスの通称で呼ばれる戦艦群が海上に登場する事になった。

 彼女たちはかつてのビッグセブンと呼ばれた超弩級戦艦に倣い、セブン女神ゴッデスと呼ばれることになる。

 ともあれ、そんな政治的喜劇の産物といえど血税で進水してしまったとなれば、限界まで使い倒すのが帝國海軍であった。

 今や艦齢は五十年以上経過しているが、未だに現役の海軍艦艇として対蟲戦へと駆り出されている。


 主砲は誘導砲弾を発射可能な改良型砲身へと換装され、誘導弾垂直発射装置VLS近接防空機関砲CIWSが新たな装備として加わっている。二度の近代化改装によって装備が更新されているのだった。

 帝国陸軍中尉の八木頼彦は、二隻の戦艦の勇姿にちょっとした感動を覚えていた。

 子供の頃に見た古い『海軍かるた』でも、「国の守りは『天照』、仇なす蟲を打ち払う『月読』」と謳われていたのを思い出していた。確かに二隻の大型戦艦は素人にも分かりやすい、見栄えのする兵器であった。

 回転翼機の小さな窓から見えていた戦艦二隻の姿は、あっという間に小さくなっていく。


 続いて見えてきたのは、新型誘導弾巡洋艦「高千穂」級が数隻停泊していた。同型艦が何隻も量産されているから、八木には艦名までは分からない。

 その奥には反応動力航空母艦「赤城」型の二隻まで見える。

 おそらくは「赤城」型航空母艦の一番艦「赤城」と二番艦「加賀」だろう。無論、彼女たちは昭和の御代に通常動力空母として建造された二隻の名前を受け継いでいるのだった。

 最新式の電磁リニア射出装置カタパルトを装備したこの新型航空母艦は、艦隊の矛として運用されるに相応しい攻撃力を持っている。

 まさに、世界最大の軍港の名に恥じぬ艦艇の群れだった。主力艦を補佐する補助艦艇の高速輸送艦や油槽船オイルタンカーの数は数え切れないほどだった。

――今回の作戦、大きなものだとは聞いていたが。このうち、どれくらいの艦艇が北米へ向かうのだろうか。


 八木はいつの間にか喉を鳴らしていた。北米での戦争がどうなるか、これらの艦艇が暗示している気がしてきた。

――少なくとも、海軍の上層部は北米戦を楽観していない、そういう事なのだろうな。


「中尉、そろそろ降ります。少し揺れるかもしれませんぜ?」

 機長の声がヘッドホン越しに聞えてくる。八木が乗っているのは海軍が昨年度採用したばかりの回転翼機ヘリコプター、「海鳥」だった。固定翼機としても運用可能な可変翼を備えているのが特徴だ。


「了解した」

 生真面目な顔で八木が答えるが、機長はそれきり黙りこむ。そのやりとりはあくまで、儀礼的な意味合いに過ぎないのだろう。

 回転翼機は機長の言葉とは裏腹に、実に僅かな衝撃だけでそのフネの飛行甲板に降り立った。




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