第9話 ル・バトゥーム隊

 近衛魔法士団の赤銅士団の兵営は王都ルフタリアの兵営地区と呼ばれる一角にあった 


 中央にそびえる王城、蒼の星冠ルフ・ラーダ城の五芒星を模した形に配置されている尖塔のうち、赤銅の尖塔と呼ばれる塔の真下に位置する地区だった。


 歴史と伝統を誇る近衛のこと、王城のすぐ近くに兵営を構えるのは自然な事であった。


広大な兵営の中で一際目立つ蒼い翼の紋章が彫刻されている石造りの格納庫。


一見近代的な軍事施設には似つかわしくないが、構造強化魔法が施されているため実は鉄筋コンクリート以上の頑強さをもっている。


 その格納庫の中には、近衛の主力メイン魔法マジック兵器アームズである『人形』が片膝立ちの姿勢で鎮座している。


 その大半は王国軍に制式採用されている『鋼のファ・ラトゥーガ』であった。

 やや旧式化していはいるものの、見た目は華奢なくせに構造強化魔法の加護で頑丈なことで知られている。


 また、拡張性の高い事でも有名な機体で様々な派生機があるのも特徴の一つだ。


 そのうえ、操縦性能は素直の一言で初心者にとっても扱いやすい。


 仮に新型と交代の時が来ても、練習機として軍に残り続けていくであろう傑作『人形』であった。


 赤銅師団の『鋼のファ・ラトゥーガ』は、機動性能を重視した機体が多く、また塗装がその名の通り赤銅色に塗装されているのが特徴であった。


その格納庫に今搬入されているのは、赤銅色の巨人たちの中でも異彩を放つ、艶やかな深紅に染めぬかれた塗装の『人形』であった。


鋼のファ・ラトゥーガ』は全長6メートルほどだが、その機体は1メートルほど小さいように見える。

 だが、その存在感は他の機体を圧倒していた。


 特に目を引くのは、明らかに通常型の右手とは異なる鉤爪のような左手だった。


 魔法を主武装とするため格闘性能を重視しない王国の人形の中では、珍しい造形だった。

 そのうえ、胸甲部の盛り上がりや『鋼のファ・ラトゥーガ』と比べてもほっそりとした体型は、「女性」を強調したものに見えた。


「ねぇ、あれが姫様の機体?」


「私だって城内貴族の子女だけどアレを見ると、惨めだわ」


ひそひそ声で噂しあうのは、人形ドゥルーズ使いシンカである女魔法士たちであった。


 この蒼の戦翼隊において別に貴族の子女であることが入隊の条件ではない。


 が、魔法力に秀でるものが貴族階級を占めるのが王国であり、一般的に男子よりも女性の方が魔法力に優れる以上、貴族の子女に魔法士が偏るのは致し方なかった。


 そんな彼女たちから遠く離れて、帝國製とおぼしき携帯ゲーム機に興じている女魔法士がいた。


ルフト・バーンでは珍しい金髪に透き通るのではないかと疑うような白い肌に深紅の瞳、そして黄金比で構成されていると思える人形のような容姿。


 目立つ存在であるにも関わらず、ゲーム機のボタンやスティックを機械的に動かしている様は、明らかに周囲から浮いていた。


 他の女性魔法士たちは遠巻きに視線を送りながらも、関わり合いにならないように努めているようにも見える。


「全員、傾注!」


不意に格納庫の入り口にいつの間にか、燃え盛る焔のような紅い髪と、夜の湖面のような瞳を持つ女性が立っていた。


 彼女は同業者が見れば相当の鍛錬を積んでいると分かる、均整の取れた筋肉の付き方をしていた。


 だが、何より印象的なのは、明らかに人間のそれとは異なる長く尖った耳だろう。

ルフト・バーンでは「森のシン・守護者ガタム」と呼ばれる、タムタム族の女性だった。


 さほど大きな声を張り上げているわけでもないのに、格納庫の面々全員が近衛式の敬礼を返す。


「ユルスラ・ボアド先任掌十長である。よろしい、諸君。そのまま聞け。これより新たな隊長となられるヒルデリア・バルドゥ掌百長殿である、敬礼!」


 そう言ってユルスラは、背後に控えていた礼装軍服のヒルデリアに発言を促す。


「蒼の戦翼の諸君、ヒルデリア掌百長である。私がバルドゥ家の人間であることを意識している者もいるとは思うが、近衛においてはあくまで私は一介の掌百長にすぎない。諸君にもどうかそう思ってほしい」


 ヒルデリアはそう言いながら集まっている魔法士や人形職人整備兵たちを見渡す。


「そうはいってもねぇ。あんな一点物の先祖伝来『人形』を見せられたら、ねぇ」


 緑の髪の魔法士が小声で隣の同僚に話しかける。 


「バルドゥ家の至宝の一つ、『深紅の宝剣デミ・ウリエーラ』だもんねえ。教科書に載っていたわよ、アレ」


 『深紅の宝剣デミ・ウリエーラ』ほど名前の知られた『人形』は、この王国の中でもそうはないと言われる。

 特段の説明を必要とせず、格納庫に集められた蒼の戦翼の隊員たち全員が事情を察したほどだった。


 機体に埋め込まれている『理力石』は最新鋭機でも再現できないほどの魔法出力を備え、一機で百体の『人形』に匹敵するとも言われる、半ば伝説化した機体だった。


「貴様ら、静粛にせよ。姫を愚弄しているのか?」


 ひそひそ声で噂していた魔法士は、ウルスラの蒼い瞳に射すくめられて震え上がった。

彼女の声にはそれだけの威力があった。


「よい、ウルスラ。それくらいにしてやれ。あと、姫はやめろ」


「御意」


「皆も知っていると思うが、蒼の戦翼隊を含む赤銅師団の戦地派遣が決まった。まだ時期の詳細は決まっておらぬが、おそらく一ヶ月以上先ということはない。先の隊長が病気で急遽交代という折り悪しき中ではあるが、戦場に否応はない」


 先ほどまで、新隊長にざわついていた面々も来るべきものが来たという風に引き締まっている。さすがは近衛とでもいうべき情景と言えた。


「場所は北米。かの合衆国の救援に国際連盟軍として赴く。ザールカどもを薙ぎ払い、民人たみびとを救う」


「質問を良いかな」


 急に思わぬところから声があがり、皆が一斉に後ろを振り向く。

 先ほどまでゲーム機に夢中になっていた金髪赤眼の少女だった。


「平民風情が、姫様に質問ですって」


 小声で侮蔑の言葉が飛び交う中も、彼女は平気な顔で続ける。


「かつての仮想敵国を救いに行くの。我が国はそれで何を得るのかな?」


「パルーカ・サハティ掌翼長少尉、それは貴様が考えることではない!」


ウルスラがヒルデリアが答えるよりも早く、威圧的に答える。


「パルーカ。それは女王陛下や執政府の方々が考えることよ。私からはそうとしか言えない」


ウルスラを目で嗜めながら、意外なほど優しく答えた。


「了解、姫様。姫様が言うなら、気にしないことにする。パルーカは蟲どもをほふることが出来ればそれでいい」


 パルーカは意外にもあっさり引き下がると、ポケットにしまっていたゲーム機を取り出す。もう用は終わったと言わんばかりだった。


 ユルスラは微かにため息をつき、口を開く。


「姫様はあの娘に甘すぎます。いかな天才人形使いとはいえ…」


ウルスラは小声でヒルデリアにささやく。


「彼女の魔法を見てから言うことね。あの才を買っているの、私は」


 小声でそう返すと、ヒルデリアは再び厳しい表情をつくる。


「隊長就任直後といえど、他の隊に後れを取る訳にはいかぬ。蒼の戦翼隊はこれより徹底的な訓練と演習で、連携の強化を図る。赤銅師団に蒼の戦翼あり、という事を世に知らしめよ!」


 ヒルデリアはよく通るが涼やかな声で宣言する。


 その言葉に隊員たちの顔は、一瞬にして戦士のそれとなった。

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