第11話 X1-BT2
工廠の中を電気自動車で十数分移動した後に到着したのは、巨大なかまぼこ型の格納庫であった。
『X1―BT2』とペイントされたその格納庫に入るには、厳重な保安装置を潜り抜けねばなかった。
指紋照合、静脈認証など、様々な保安装置をパスした格納庫内には、巨大な物体が鎮座していた。
一見、それが航空機であることを認識するにはかなりの時間を必要とした。白一色で塗装されたそれは、巨大なイトマキエイを連想させるつくりをしていた。
主翼の付け根は機体となだらかな曲線を描いて一体になっており、全体的にのっぺりとした印象を与える。
「こいつがお前さんが所望している最新型の宇宙輸送機、X1―BT2だ。俺たちは『きぼう』と呼んでいるがね」
「資料では見たが、これほどまでのものとはな。もう飛ばせるのか?」
「こいつは試作二号機。今『イカロス』計画関連の試験飛行を行っている一号機の改良型だ。こいつ自体は試験飛行も済ませちゃいないが、基本設計は一号機とさほど変わらない。飛行自体に問題は無いはず……こいつは、いやこいつらは人類に残された、文字通り最後の希望だ」
機体を指差しながら、柏木は少年のような眼差しを送っている。
その表情に、瀬戸はわずかな嫉妬を覚えた。
日ごろ魑魅魍魎を相手にする仕事をしているだけに、素直に技術がもたらす未来を信じられる柏木を羨ましく思ったのだった。
「機関は、これまでのロケットとは違うようだな」
「ああ、こいつの動力はスクラム・ジェットエンジンでね、詳しい説明は省くがロケットの推力とジェットエンジンの効率性を兼ね備えた存在だ。米国が計画していたスペースシャトルの改良型とも言える」
スペースシャトルの単語は門外漢の瀬戸でも知っていた。米国が日本に対抗するために計画していたものの、対BUG戦争のせいで中止された宇宙往還機であった。
「建設資材を満載して宇宙に上がり、また地上に戻ってくる。つまり、何度でも再利用が可能だから、経済効率は高い。そのうえ、補助ロケットやタンク等の装備が必要ないから、いわゆる宇宙ゴミ、スペース・デブリの低減にも貢献するだろうな」
得意げに語る柏木を、瀬戸は羨望とも嫉妬ともつかぬ複雑な表情で見ていた。
「宇宙へ逃げ出す準備は整ったという訳か」
皮肉のつもりで言った台詞には珍しくキレがない。
「気に入らんようだな。貴様の好みではないか」
「いいや、別にそういう訳ではないのだ。僕の大好きなゲームに、また新しくルールが加わったというだけの話さ」
瀬戸は窮屈そうに肩をまわすと、喉の奥で笑いを漏らす。
「ゲームか。四十億人の命をチップにしたゲームとは剛毅な話ではある」
そう言いながらも、柏木は戦友のこうした側面には、正直ついていけないものを感じていた。
柏木は自分でも気づいてはいなかったが、宇宙開発に関すること以外ではきわめて常識的な感性の持ち主であった。
「……BUGさえいなければもっと地球人口は増えていただろうにな。そう、六十億人くらいはいたかもしれないな」
柏木はそう続けながらも、無意味な仮定であることも分かっている。
――人類はこの星を喪いつつある。それが現実なのだな。
そう口に出して言うほど、柏木も愚かではなかった。
「生存競争ということさ。BUGどもが何故あれほど脅威なのか知っているか?」
瀬戸は口元をますます歪めながら答える。
「進化の速度が早いことか」
「そう、我々が新兵器を開発するのと同じか、あるいはそれ以上に早く、連中は新種を送り込んで来る。それがこのゲームのルールだ」
「…何が言いたい?」
『きぼう』を見上げながら、瀬戸はその顔に悪魔的な笑いを浮かべる。
「果たして宇宙は、いつまで聖域でいられることやら、と思ってね」
その言葉に柏木は絶句し、それこそBUGでも見るかのような顔でかつての戦友を見つめる。
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