第7話 マサリア・リルシュ
マサリア・リルシュはあらゆる意味で各国の同業者には有名な存在であった。
彼女はルフト・バーン王国『
近衛はお飾りの軍隊という国家もあるが、王国の近衛には伝統的に国王親征に随行出来るような外征軍としての伝統がある。
近衛を構成する各師団の中でも最大の規模を誇る 、『
王室警護にあたる『
マサリアはそれらの師団をまとめ上げるカリスマと、政治力の持ち主でもある。そうした能力への自負故に、彼女の発言は苛烈な事で知られている。
非公式な場所ではあるが『地球軌道上に人類すべてを退避させ、地上のすべてを熱核兵器でBUGごと焼き払ってしまう』という乱暴な計画を披露したことがあった。
そうした発言は異世界人に複雑な感情を持つ地球人たちの反感を買ったのだが、彼女の発言を支持する人間も少なからずいた。
たしかにそう出来るのならば、どんなに楽なことかと思う者は少なくなかったからであった。
同盟国である日本において一大勢力を築きつつあった帝國宇宙開発省と航空宇宙軍は、彼女の発言を勢力拡大の好機と好意的に受け取った。
自分達が宇宙の高みに登るためならば悪魔に魂を売り渡してもかまわぬと考える彼らにとり、それは実に魅力的な提案であったからだ。
反応兵器は地球環境への影響を考慮して、マイクロウェーブやレーザー投射衛星へと変わったが、その発想は国際連盟の地球脱出計画「イカロス」に取り込まれた。
こうなってしまえば、彼女をいかに嫌う勢力があろうとも、排除など出来る訳がなかった。
かくしてタムタム族の賢者、偉大なる魔法士である彼女は王国で未だに元帥丈を振り続けている。
彼女はタムタム族特有の長い耳を不機嫌そうに垂れ下げつつ、メマール葦の柔らかな背もたれによりかかっていた。
昨今の簡素化した帝國海軍艦艇のそれとは比べ物にならぬほどの贅をこらしたつくりの将校私室、その扉が開かれる。
従兵に伴われて、ふてぶてしい表情で入ってきたのは同盟国である帝國の航空宇宙軍軍人、瀬戸孝蔵大佐であった。
――この男ほど軍服が似合わない男も珍しいわね。
スカイブルーと白を基調としたSF映画に出てきそうな軍服は、ただでさえ着る者を選ぶ。航空宇宙軍に在籍する者たちの思想を反映したようなデザインではあった。
それを胴長短足かつ肥満気味の瀬戸が着ていると、悪い冗談にしか思えない。
「お初にお目にかかります、帝國航空宇宙軍大佐の瀬戸孝蔵と申します。本日は国際連盟軍の連絡将校として参りました」
瀬戸は丁寧に敬礼すると、慇懃な口調でそう述べた。
ごく礼式にのっとった順当な挨拶も、この男にやらせると人形が物真似しているかのような不快感を抱かせる。しかも、それを計算に入れているような不気味さすらあった。
「近衛魔法士団団長、マサリア・リルシュ
彼女の不機嫌さの原因であるその男は慇懃な仕草で一礼すると、人を不愉快にさせる笑みを浮かべた。
瀬戸は国際連盟旗があしらわれた
「中身を見ても?」
「問題ありません。閣下には開封する権限がございます」
マサリアは机の引き出しからラール鋼のペーパーナイフを取り出すと、その封緘書類を開封する。
数十枚に及ぶ、図表や地図の入った作戦計画書だった。表紙には国際連盟の記章が輝いており、
「既に帝國全権大使を通じて、女王陛下並びに宰相閣下へはお話を通してあります。
「北米から逃げ出そうとかいう計画のことね。私なら踏みとどまって死ぬ事を選ぶでしょうけど」
彼女は本来温厚な性格で慕われていたが、有能な敵よりも無能な味方に苛烈な態度を取ることで知られている。それでもこの地位にいられるのは、彼女の政治力というしかない。
その彼女が見るところ、このニホン人は有能ではあるが、どうにもいけすかない相手だった。
彼女はそうした感情を取り敢えず引き出しにしまいこむと、にこやかな笑みを浮かべる。
「まあ、戦って死ぬというのも美徳なんでしょうが、我々としてはやめていただきたいですな。人間の命はそう安いものではありませんから」
かってロシア軍の機関銃の前に銃剣突撃で死体の山を築いた国の将校とは思えぬ顔で、瀬戸は応じた。
「彼らには恥を忍んで生きていただかねばなりません。人類のために」
瀬戸は、心にもない事をいっているのがよく分かる顔で言う。
「了解したわ、同盟国の大佐殿」
マサリアは、言外に含まれた底意はこの封緘書類に詳細が書かれているのだろうと推測する。
まあ、だいたいは想像はつくけれどろくでもない事は確かね、と彼女は内心で嘆息する。
いちいち表情を変えるには、彼女はあまりに政治に染まり過ぎていた。
「ええ、まあ。具体的な話は書類を参照いただきたいのですが、王国の空中艦隊にフネを出していただきたい。これは国際連盟軍司令部の決定でしてね」
――そう来ると思ったわ。
聡い彼女は、この男の思うがままに事態が運びつつあることを悟った。
「フネだけではすまないみたいね」
「
男は内心の剣呑さを押し隠そうともせずに、暗い笑みを見せた。
「私のかわいい
「察しがよくて助かります。兵力はいくらあっても困ることはありませんから」
よくもこの男の顔を殴り飛ばさずに済んだもの、とマサリアは自分の意外なほどの我慢強さに驚いていた。
覚悟はとうに済ませてはいたが、この男の口から言われると殺意を覚えるのは何故だろうと彼女は思った。
瀬戸はその後社交辞令以外の何ものでもない会話を楽しみ、満足げな表情で部屋を出て行った。
マサリアは疲労を感じ、思わず目頭を手で押さえる。
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