12 もう一人のドライバー
その日の夕方、テリーはビジネスホテルの部屋でずっと腕を組んで考えていた。自分は、このエッグシティに軍部の秘密を探りにやってきたから、それ以外のことは本部に知らせる義務はない。しかし、世界の常識を覆すような男爵の水族館のコレクションやチャールズと呼ばれる謎の生物のことを黙ったままでいいのだろうかと…。でも考えに考えて最後に行きつくのは、人類のために命を懸けているという男爵の瞳の純粋さであった。
「時が来ればすべての真実は明かされる…か。そうだなしばらく男爵を信じてもう少し様子をみてみよう…」
その日の夕方、サムは一人で小型車を走らせていた。もちろんテリーに会っていない日も取材は続けていた。大反響を呼んだビッグフットの追加取材も大好評で、15年以上前、ビッグフットの子供が保護されていたという新聞記事も注目を呼んだ。例の虫を見たという人を見つけ、詳細なイラストを描いてもらったり、山の洞穴から聞こえてくるという不思議な歌声の録音に成功したりといくつか成果もあげていた。この街で取材を始めてから都市伝説バスターズのフォロアー数が順調に伸び、貯金も増えていた。
苦労もあった。山の中で小型車が溝にはまり動かなくなったことがあった。どんどん日が暮れてきて、心細くなってきたとき。山道を下りてきた二人連れが、手伝ってくれてすぐに車体を持ち上げてくれ、小型車は動き出した。真っ暗な夜道で、サムが喜んで、いろいろお礼を言ったが、その男たちは、お辞儀だけして去っていこうとした。だが、サムが無理やり缶コーヒーとゼリーボーンズの箱を手渡すと、喜んで受け取ってくれた。そしてサムが車を動かしたとき、一瞬自動車のライトが当たった瞬間、プラチナブロンドのような銀色の髪と青い大きな瞳がわかった。白い肌の美しい若者たちだった。街に戻ってから、あれがサンダースに不思議なキノコを持ってくる者たちだと思い当たって、取材しなかったことを深く後悔した。
だが昨日はさすがに困った。遅くにアパートに帰ると、誰かに部屋を荒らされていたのだ。警察にすぐ来てもらったが特に大きな被害はなく、ただ取材ノートの一部が破り取られていた。あの地下の崩落現場に行った日の記録だった。サムは自分では地下に行っていないので実質的な被害はなかった。軍部の奴らのせいだろうと推察できたが、それ以上確かめようもなかったのでもやもやしたまま眠りについた。
そして今夜、サムは一人で自家用車を走らせていた。今まで肉屋のマクガイヤーのおやっさんに会えなかったのだが、おやっさんはなんてことない、夕方の混む時間帯に来れば会えるという情報がネットから入ってきたのだ。考えてみればいつも昼間か夜に行っていたから会えなかったわけだ。地下の崩落現場でとんでもないものを見たというマクガイヤーのおやっさんにぜひ話を聞いてみたかった、このもやもやを何とか晴らしたかった。
夕暮れの商店街は主婦でいっぱい、マクガイヤーの店にもお客が山ほど詰めかけていた。昼間は店の精肉工場で働いていたおやっさんが、店先に出て、お客さんに笑顔でやり取りしていた。サムが顔を見せると、何度か来ていることを知ってか、一段落したらそっちに行くよと声をかけてくれた。そして夜7時近くになると、店員に店を任せてちょっとだけ店の横に出てきてくれた。ところがおやっさんの口から出たのは意外な言葉だった。
「実は何日か前に武装した兵士と軍部の将校がやってきて、サムには何も教えるな。教えたらしょっ引くぞって脅しやがるんだ。ネットで幽霊騒ぎを追いかけている奴に軍の仕事を嗅ぎ回されたくないとさ。俺は文句を言ったんだが、店の者がびびっちまって、怖いから関わらないでくれってみんなで言うもんだからさ…、今回は勘弁してくれよ」
そんなことがあったのか…。サムは迷惑かけたと謝り、代わりにこのところ姿が見えないクーパー爺さんのことを聞いた。
「ああ、あの日にお前からもらった商品券を持ってうちに来たんで好きなものを選ばせたら、そのまま食える手ほぐしコンビーフが食べたいって言うから分けてやった。うまいうまいって喜んでさ。お前に感謝してたよ。それが最後だ。その夜に消えちまってそれっきりだ…」
「そうか…。ありがとう。また来るよ」
地下の崩落現場のこともわからないし、爺さんのこともわからないし…まいったな…。そしてすっかり暗くなった商店街をあとにしてサムは駐車場へと歩き出したその時だった。またはるか前方に、派手な帽子をかぶった見慣れた顔が歩いているではないか。立ち止まって手招きさえしている。
「クーパー爺さん…なんだ、こんなところにいるじゃないか」
喜んで追いかけるサム。でも爺さんはまた裏道へとすうっと歩き出した。裏道に入ると、薄暗い照明の下、爺さんが待っていた。そしてニコニコして話し出した。
「…サム、お前さんがくれた商品券でな…マクガイヤーの手ほぐしコンビーフを引き替えてな、食ったら、うまいのなんのって、ほっぺたが落ちるっていうのはああいうのを言うんだろうな。ありがとよ」
「なあんだ、クーパー爺さんが消えたって言うんで心配していたんだ。よかった、よかったよ。また、面白い話を聞かせてくれよ」
「お前さんは、本当に優しいんだな。俺を心配してくれる奴なんてどこにもいねえよ…」
「何言ってるんですか、さあさあ、どこか落ち着いたところで話を聞かせてもらいましょう…」
「じゃ、こっちに来てくれ。俺にも礼ぐらいさせてくれ」
「礼?いいですよそんなもの」
「そういえばサム、お前、あの地下の崩落現場の謎を探っていたのう。実は俺にも最近いい友達ができてな。そいつならば地下まで連れて行ってくれるぞ」
「え、うそでしょ、そんなことは…」
ところが突然音もなくどこからか1台のタクシーが滑り込んできた。
「じゃあ頼んだぞ」
「まかしときな」
気が付くとサムは後部座席にもう座っていた。
「へい、承知しました。地下の崩落現場ですね。行けるとこまで行きましょう」
「えっ!本当に行ってくれるんですか?」
タクシーはまた音もなく滑るように進みだした。
「サムさんとか言ったね。俺の相棒だったビンセントやクーパーの爺さんもあんたによくしてもらったと喜んでたよ。キーマカレーやあらおごってくれたり、爺さんは手ほぐしコンビーフが食べられて心から感謝していた」
「ええっとあなたの名前は…?」
「おっと名乗ってなかったな、俺はピストニウスだ。ピストニウス・エルダスだ」
確かにどこかで聞いたことのある名前だったが、その時はなぜか思い出せなかった。
タクシーは夜道をすうっと曲がって、あの軍が警備している地下の入り口に近づいた。夜だというのに警備兵があちこちに歩きまわっている。
「じゃあ、飛ばしますんで、しっかりつかまっていてくださいよ」
「そ、そんなばかな?!」
地下の入り口に接近しても警備兵たちはまったく気が付かず、誰もこちらを見ていなかった。さらにタクシーはバリケードと封鎖されたゲートへと突っ込んでいく。
「おおっ!」
何が起きているのかわからなかった。タクシーは激突することもなく、そのままそこを通り抜けてしまった。そのまま地下への自動車通路をカーブして、地下駐車場へと降りていく。照明はところどころしか点いていないが、今のサムにはなぜかよく見える。エレベーターから地下商店街を通ったテリーとは違い、そのまま地下駐車場へと直行だ。そのとき一人の警備兵が通路の真ん中を歩いてくる。このままでは交通事故だ。
「ははは、安心しな。大丈夫だ」
ピストニウスが笑った。タクシーはそのまま兵士をすり抜けて奥へと進んでいった。
「壁抜けどころか、人間まで通り抜けた?!」
なんだろう自分は夢でも見ているのか?すべてがあり得ない…。
今、目の前にはところどころライトが当たるだけの薄暗い駐車場が広がり、その右側の壁が数十メートルにわたり崩れているのが見える。そしてその崩落現場の中央に、さらに奥に続く道があり、今は分厚いシャッターで閉ざされている。
「ようし、あの扉の向こう側へ突っ込むぞ。いいかい、サム!」
「え、ええええっ?!」
ピストニウスはハンドルを鋭く切った。タクシーは、崩落現場のシャッターに向かってスピードを上げた。そして鉄のシャッターが目の前に迫ってくる。ズドゴォーン?
「うおおおおっ!」
タクシーは最後のシャッターゲートを超えた。そこはテリーも足を踏み入れていない場所だった。
「うあ、広い、明るい」
こそれまでのところより明らかに広く、照明が多かった。何台ものパワーショベルやブルドーザーがあちこちを掘り、土砂を積んだトラックが行き来していた。
「…な、なんなんだ、これは?!」
サムがそうつぶやくと、ピストニウスが言った。
「あの兵士たちにちょっと訊いてみるか?」
そんなことができるのだろうか。ピストニウスは工事現場の警備に当たっている一人の兵士に近づき窓を開けて運転席からそっと問いかけた。その兵士はきょろきょろしたが、でも、こちらには気が付かなかった。ピストニウスは振り返ってこう言った。
「奴の頭の中に直接語りかけた。奴も本当のところは分からないらしい。でも、未知の金属で出来た数百メートルもある巨大なものらしい」
「数百メートルって、そんなに大きいの?」
「ときどき周囲に重力異常が起きることから、半重力波を動力の一つに持つ宇宙船だと考えられている。しかも数千年も前のものだ。…わかっているのはそんなもんかな…どうだい?サム、こんなところでいいかな。こんなことしかできないが、せめてものお礼の気持ちさ…」
最後のピストニウスの言葉が響いた次の瞬間、はっとサムは我に返った。
「えっ?」
ひんやりとした夜風が吹いていた。ここはさっき、クーパー爺さんに会っていた裏通りだ。今のは夢だったのか…。裏道の薄明るい照明の下にはもう、誰もいなかった。
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