10 男爵邸にこんにちは
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
例の大男の執事パーカーがやってきた。だめだ何度会ってもちょっと怖い。パーカーの後について歩いていく。イギリスの古い邸宅のような男爵邸に到着だ。でも近寄ってみると古るそうだが、最新の設備が組み込まれている。玄関も顔認証でギィーッと音を立てて開く自動扉だ。中に入ると何かセンサーが反応して音が鳴る。またすぐ脇のモニターに例の警備員のおっちゃんの顔が映りチェックされる。また今日も顔の上半分を隠すような派手で大きなサングラスでひげをそりながらこちらをにらむ。
「また会ったな、有名人のサム・ピート君に、テリー・ボールドウィンさんだね。悪いけどセンサーが鳴っちまった、スマホやデジカメ、録音機の類があったら、全部パーカーに渡してから入ってくれ。ちなみに男爵はネットやマスコミに出るのを極端に嫌がる。これからのことを少しでもネットにのせたりすると、怖い目に合うことになる。ご協力をお願いする」
なんと事実上の取材拒否だった。低いどすの利いた声で有無をも言わさない。あとは男爵を説得して許可をもらう他ない様だ。
「すいません、では参りましょう」
パーカーに連れられて玄関に入る。
「何だこりゃ。ありえない」
玄関には、よくある金属の甲冑が置いてあるのだが、古いようでも新しいようでもあり、なんと言っても驚くのはその身長が3メートルほどあるのだ。こんな大きな鎧を着れる人間いないし…ありえない。しかも横にはやはり3メートル以上ある重厚そうな槍が飾ってある。
「男爵と奥様はリビングでお待ちです。こちらへどうぞ」
パーカーに連れられて一度廊下に出て、それからリビングに入る。二階まで吹き抜けの大きなホールはバスケットの試合なら2試合くらいできそうな広さと高さがあった。ドアから入ったすぐのところに小階段があり、重厚な家具と豪華なシャンデリア、ガイコツや人体模型のような奇妙な置物、正面の壁には何だろう鹿の頭の代わりにドラゴンの首が飾られ、その左に大階段がある。大階段の上には男爵の手によるルナサテリア夫人の美しい肖像画と、ゼリービーンズのキャラたちの石像がある。やたらに大きなドラゴンの首はまるで本物のようにリアルで、監視カメラでも取り付けられているのかと見ると、なぜか目を閉じて寝息を立てているように見える。隣には、立派なグランドピアノや重厚な調度品が並ぶ。
「ようこそいらっしゃい。私が男爵のオズワルド・テンペストです」
何の威圧感もない、物わかりのよさそうな太目のお爺さんが、若いきれいな女の人と出迎えてくれる。
「妻のルナサテリアです。よくいらっしゃいました」
ロングヘアで黒や紫のドレスが似合う知的で物静かな人に見える。諜報部員であるテリーは、初対面で相手の人柄を分析しどう接すればよいのか見通しを立てるのだが、男爵は、謙虚で偉ぶらない、本当に優しそうな人だと思った。ただどこかに底知れぬ何かを感じさせた。
なんだろう、男爵の瞳は子供のように純粋に輝き。難しい人には見えない。奥さんも男爵の隣にピタリと寄り添い、男爵の手を握ったりして、仲がとても良さそうだ。
そして二人の座るソファのすぐ後ろの壁には、ゼリーボーンズキャラクターの大きなイラストがかかっている。不気味でどこか哀愁があり、コミカルな感じもする。
「おおすごい、ゼリーボーンズのオールキャストメンバーだ、しかもこれって!」
興奮するサム、するとルナサテリア夫人が静かに言う。
「そう、男爵の手書きなの。男爵はイラストが大好きなの。このキャラクターは、みんな男爵が考えたのよ」
マイケルボーンズやスカルマリア、愛犬ブルーザー、アンディザアンデッド、タランチュリア、カラスのノワール博士などが、なんとこの屋敷のこのリビングでくつろいでいるイラストだ。それにしても二人は仲がとても良いらしい。ルナサテリア夫人もとてもうれしそうに男爵の話をするのだ。
「お二人は仲がいいんですね」
サムがきくと、ルナサテリア夫人がにっこり笑った。
「ええ、超ラブラブですの」
すると男爵もうれしそうにうなずいて続けた。
「バート君の話では、ゼリーボーンズをこよなく愛してくれているらしいね。ありがとう」
「いやあ感激だなあ、思った通りの素晴らしい人だ、あのゼリーボーンズのお菓子のアイデアから、ユニークなパフェやミステリーランドのアイデアまでみんな考えたんですよね、キャラクターもみんな男爵が考えていたなんて!、いやあ素晴らしい、そんな天才と会っているなんて!」
テリーの心配とは関係なく、サムはグイグイと入っていく。
「あれ、あれ、ちょっと待ってください」
サムは部屋の片隅に歩き出した。普通リビングにはおいていないような大きな冷蔵庫があり、その隣には、テリーにも見覚えのあるようなでもなにか新しいものが置いてあった。
「ハンバーガーマシンとたらんちゅりあのコットンキャンディーマシンの新バージョン、ですね。まだ僕も見たことがない」
すると男爵はうれしそうに説明した。
「不気味なカラーリングだけではなく新機能を盛り込んだんだ。ハンバーガーマシンはね、むかしから要望があった点を改善したんだ。パティを3枚から4枚に増やし、かつこのマシンのために作られた専用チーズを真ん中にはさむのに成功した。つまりミート増量チーズハンバーガーなんだよ」
その時のサムの感激ぶりは並大抵のものではなかった。
「その要望、二つとも店頭アンケートで僕も書いたものです。感激だあ、ついに実現したんですね」
コットンマシンも、好きな七色の綿菓子が作れるようになったという。さらに冷蔵庫には、あの人体パフェや眼球ゼリーもいつも入っていて食べ放題なのだそうだ。
「でも息子のグリフィスは、キャラクターの人形部分をさらにもっと改良すると言っている。まだまだ開発途中というわけだ」
しかしこんなものがリビングにおいてあるとは…。
「バーゼルさん、お客様にお茶をお願いします。チーズバーガーも一緒にね」
すると今度は、バーゼルさんというお手伝いさんがたくさんの茶器やお皿を運んできた。見ると、片手の三本の指だけですべてをひょいと持ち上げている。そしてもう片方の手でアンディのチーズバーガーマシンのスイッチを入れ、個数を4と打ち込んだ。それからテーブルに来るとさっそくお茶の用意だ。その時サムは心の中で思った。この家政婦さんは何かおかしい。目は小さく真ん丸でかわいらしいが、手足も長く、筋肉がすごい。そしてなんといっても鼻がソーセージのような形で、しかも長い。いったいどこの国の人なのだろう?
その時テリーは思った。この人スカートをはいているが身長が185センチ以上あるし、たくさんの茶器とポットを軽々となんでもなく一度に指先に乗せ、しかもバランスもよく仕事もそつがない。なんて怪力、いったいどんなスポーツの選手だったんだろうかと。
でもバーゼルさんは一言もしゃべることなく、真っ赤なバラの香りの紅茶を熱湯できっちり1分間蒸らしてお茶を注ぎ、さらにアツアツのチーズバーガーを専用ペーパーにくるんでさっと出すと、何も言わず去っていった。
二人が唖然としてバーゼルさんを見送るのを見ると男爵が言った。
「ピジョンブラッドローズティーだそうだ。鳩の血のように赤いバラの紅茶だ。残念ながら鳩の血は入っていないけどね」
「さあ、召し上がれ」
角砂糖はゼリーボーンズと同じ骨の形をしているし、ミルクポットは顔が半分ドクロのスカルマリアのデザインだ。
テリーは紅茶の類まれな香りにうっとりしていたが、サムはあっという間にチーズバーガーにかぶりついた。しかもどうしたのだろう、泣きそうになりながら食べている。そして。
「すばらしいですよ、男爵。バンズも以前よりしっとりモチモチ系のパンにしてあるし、中心部分にあるチーズは適度の過熱でちゃんととろけている。新しいマシンを作るにあたって、素材や加熱方法もかなり工夫されましたね」
「ほう、わかるかね。うれしいよ」
「そしてなんといってもチーズをはさむ位置の二枚のビーフパティが、じゅわっと肉汁が出るジューシー系のパティにあえて変更されているじゃありませんか…」
「よくわかったね。外側の二枚のパティは今まで親しまれてきた赤身肉のビーフで作ってあるのだが、中の二枚は、とろけるチーズとなじむようにより柔らかい新開発のモノに変更したんだ。しかも焼き上がりまでの時間は約2分の1と驚異的に短縮されている。どうだい、おいしいだろう」
「はい…本当においしいです…!」
サムは感極まって涙を流しながらかぶりついていた。
「これは昔からのバーガーファンも、新しいもの付きの人たちにも、どちらにも文句を言わせない完成度です。うまい!」
男爵はそんなサムをみてつぶらな瞳をうるませて静かに言った。
「納得のいくものがなかなかできなくてね長い長い7年間だったよ。でもその甲斐があったというものだ。このマシンは研究用のプロトタイプだが、たぶん近いうちに全国展開することになるだろう。君のおかげだ」
「男爵!」
何だろう、ハンバーガーの自動販売機でここまで熱く語る二人っていったい…!
いつの間にか奥さんのルナサテリアさんまで目を潤ませて言葉を発した。
「よかったわね、あなた。夜も昼も頑張っていた努力がむくわれたのね」
その時、ルナサテリアの右手にあるアクセサリーが揺れていた。
「あれ、そのアクセサリーと同じものを知り合いの女性にプレゼントしましたよ」
テリーがついつぶやいた。
「え、これは最近の作品で、スカルパールとボーンチェーンの組み合わせは世界にいくつもないはずだけど…」
なんかまずい。ご機嫌取りでいい加減なことを言ったように思われたのか?不穏な空気が流れた。ルナサテリアはそのブレスレッドをはずしてテリーに手渡した。さっそく確認するテリー。
「よく似ていますよ。でも私が買ったブレスレッドのスカルパールは額に第3の目がありました」
しかしテリーがそう答えた途端、ルナサテリアの目の色が変わった。
「あなたの言っていることはどうやら本当ね。その第3の目は真実の目と言って、今回初めて淡水パールの養殖場から出来上がってきたものよ。でもどうやって手に入れたの?まだ店で売られていないはずの私の最新作を」
「ええっとナイトウオォークの時に…」
「ああ、そういうことね、評判を確かめようと試しにあの夜だけ出してみたの。ならば納得だわ。いくつか売れたって聞いてたけどあなただったのね。ごめんなさいね」
そしてルナサテリアは優しく笑った。みんなもほっと息をついた。
「私の作品を買ってくれてありがとう。そんなに安いものじゃないしユニークなデザインだからわからない人は決して手に取ることもない。それでも私の作品を選んでくれたのだからうれしいわ」
テリーは真剣に答えた。
「いいえ、ユニークかもしれないけどとてもエレガントで美しい。神聖な感じさえします」
「ありがとう、うれしいわ、さあサムさんもテリーさんも紅茶をどうぞ」
なんだろう、チーズバーガーとドクロのバールをはさんで初対面の4人はうちとけて、バーガーをかじり、紅茶をすすっていた。だがここからテリーは意外なピンチに陥るのだった。
「ねえ、テリーさん、あなたがブレスレッドを渡した女性は喜んでくれたの?」
するとテリーは明らかに動揺して答えた。
「いえ、その…、まだプレゼントしただけなので、彼女は見てくれたのかどうかも…」
するとその様子を見ながらルナサテリアは微笑んで切り込んだ。
「…あなた、その人が好きなのね」
「いや…その…」
「でも安心して、あの心理の目を持つスカルパールには、願いが叶う魔力がかけてあるからね。きっと彼女はあなたを好きになるわ」
「いや、その、そういうことじゃなくて…」
顔を真っ赤にして言葉につまるテリーを、男爵もサムも微笑んでうなずきながらじっと見ていた。
「じゃあ、音楽でもかけようか」
男爵は機嫌がよくなってきて、いつもはめったに出さない自動演奏ピアノを披露した。
「ええっ、これは?!」
「普通の自動演奏ピアノは機械的に鍵盤を動かしたり、音だけをサンプリングして聴かせるわけだけど、ここのは違うぞ。息子のロボット技術を駆使して、その世界的演奏者の演奏の通りにピアノを弾くのだ。世界的なピアニストのリアルで理想的な手とダイナミックな動きを再現できたと思っている」
リビングの大ホールに物憂げなラフマニノフが流れ出した。素晴らしい音色だった。だが演奏しているロボットははっきり言って手首だけ。手首の内側とピアノが細い部品でつながっているようなのだが、ほとんど見えない。そしてその手首が、ダイナミックに動いて演奏するのだ。
血のように赤いバラの紅茶を飲みながら、ひたすら鍵盤の上を飛び回る本物そっくりな手首をサムもテリーもしばらく唖然として見ていた。なんかシュールだった。
「ところでサム・ピート君は、その筋ではとても有名だそうじゃないか」
「はい、都市伝説バスターズというネットの番組をやっていまして…」
するとサムはしゃべるしゃべる、この間、ミステリーノートを持ってテリーと一緒に外周道路を回った最新の話を一通り話した。男爵は興味深く聞き、途中でいろいろな感想を語った。
「ビッグフットは間違いなくいる。でもだから保護していかなければならないんだ。あれだけの大きな生き物だからね、広大な保護区を決めて守っていかなければならない」
「え、アリエス修道院の鐘つき道のしゃべる虫だって、それは興味深い、いやあ実はね、古代の予言の中に虫についての記述があるんだ」
「え、市民病院の三人の怪人だって?ははは、それはたぶん思い違いだ。心当たりがある。そのうち確かめてお知らせするよ」
なんと結構きわどい発言まで聞かせてくれた男爵だった。だが、幽霊バスや青い白の謎の話をした時だった。奥さんのルナサテリアがちょっと気まずそうな顔をしたのだが、男爵は目をくりくりさせて楽しそうに言った。
「絶対に秘密を守れるなら…」
「守ります、僕は口が堅いんです」
サムが騒ぐ。テリーは大きくうなずいた。
「はい、口外はしません」
「…秘密を守れるなら、君たちを私の趣味の展示室に連れて行こう、約束するよ」
「ええー、本当ですか、ありがとうございます」
狂喜乱舞するサム。男爵はさらに上機嫌になり、家の中をいろいろ見せてくれるという。
しかしこのリビングだけでも奇妙なことだらけだ。さっきまで居眠りしていたようなドラゴンの首は、いつの間にかぎょろっと目を開いてこちらを見下ろしているように見えるし、サンダースの店で売っていた安い土偶とは違うあの卵形の大きくて精巧な人形も飾ってある。ドラゴンの首が見下ろすリビングの奥には、二階に通じる大階段と古風な装飾のついたエレベーターが見える。エレベーターのドアはなんとなく棺桶に似ている。
二階を見上げると、階段のすぐ上に大きな肖像画とゼリーボーンズの石像があり、リビングをぐるりと囲む回廊と家族の部屋が並ぶ。男爵の執務室もこの中にあるという。ただ防犯カメラも見当たらないし、セキュリティに何億円もかけたというのがまったくわからない。テリーがそんなことを考えているとき、サムは全く別のことが気になっていた。このリビングの隅に、気になる三つのドアがあるという。一つ目はキャットウォークだと説明された猫の出入りする小さなドアがあるのだが、人間の使うような立派なノブがついている。猫にノブが回せるのだろうか?
二つ目は大人がかがんでやっと入れるくらいのドアがある。子供用だと説明されたが、この家にあんな小さな子供はいるのだろうか?
そして三つ目のドアは幅は変わらないのに、なんと高さが普通のドアの倍以上ある。いったい誰が通るというのだろう。質問してみたが明確な返事はもらえなかった。
「もしかして縦に細長い人が使うんですか?」
「…まあ、そんなところだね」
男爵は意味ありげに笑った。また横の壁にはそれらとは別に、ものすごい頑丈で重そうな扉がある。リビングには必要がない重厚な金属の扉だ。
「こっちのドアは何ですか?まさか、開かずの部屋とか…」
「そうだね、普段は全く使っていない部屋だね」
結局よくわからなかった。奥さんが二人を案内した。
「さあ、こちらへどうぞ」
まずはリビングの南側から外に出て、気持ちのいいテラスに案内される。緑に囲まれた屋外プールが見える。白い大理石に折からの日差しが水陽炎を揺らしている。
「あれ、何か大きなものが泳いでいる…」
テリーがいぶかしんだ。何か得体の知れない生物?が泳いでいる。しかも2頭いる。
「何かいますよ?!」
「ああ、友人のチャールズだ。水浴びが大好きなんだ。ペットのキャスパーと一緒だな」
そう言われても、毛むくじゃらのものと、尾がついたようなものとで、よくわからない。少なくとも人間や犬には見えない。いったいなんなんだ?
さらにテラスのテーブルセットの横になぜかデラックスなゼリーボーンズのドクロのマシンが設置してあるのを見つけてサムが喜ぶ。
「これって確か屋外で雨に打たれても直射日光にさらされてもへいちゃらな全天候型マシンですよね」
「そうさ、自分の家の庭でくつろぎながらでも、プールの途中でもいつでもゼリーボーンズが食べられるマシンだよ」
「ああ、夢のマシン、これこそが憧れの生活です」
「ハハハ、それは言いすぎだろ」
さらに機嫌をよくした男爵は、さっそく展示室を見せてくれるという。
「うちの人、久しぶりに大喜びだわ。外の人に趣味の展示室を見せることはほとんど無いのよ」
サムとテリーは、さらにディープな屋敷の深みへとはまっていくのだった。
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