8 凄腕ドライバー
それから3日ほどテリーはサムと会うこともなく、本部との情報のやり取りなどをしていた。あの時地下の崩落現場にザルツバーグ大佐が来ていたことが大騒ぎとなり諜報部の本部も本格的に動き出したようだった。
ところがその日の夕刻、突然サムから連絡があった。あの幽霊バスを捕まえられるかもしれないから、一緒に来ないかというのだ。
「あの真夜中の幽霊バスだろう、でも追いかけてもなぜか追いつくことができないっていう不思議なバスなんだろう?、どうやって追いかけるんだい」
「ふふふ、そこだよ、例の凄腕のタクシードライバーが今夜ドライブインにやってくるんだ。マスターが言ってたから間違いないよ。さあ、どうする?、もちろん来てくれるよね」
またまた断ってもよかったのだが、また何か面白いことが起こりそうな予感がしてつい断れなかった。ドライブインエッグベースに着くとマスターが笑って言った。
「サムの夜の活動にも付き合うのはご苦労だが、夜まで引っ張り出されて迷惑じゃないのか?俺からそれとなく断ってもいいんだぞ」
でもテリーは首を横に振った。
「いいんです。どうせ俺は観光目的だから。かえってサムと一緒にいる方が刺激があって面白いんですよ」
「そうかい。まあサムは悪い奴じゃないからな。ただ大変になったらいつでも声をかけてくれよ」
マスターは心得ていてやさしい。やがてサムがニコニコしながらやってくる。
「テリー、どうだい、エッグベースのディナーってまだ食べたことないだろ?」
「なんかおすすめメニューがあるのかい?」
「あるよあるよ、たとえば、そうだ、マスター、とろけるステーキセットあるよね?!」
ところがマスターは珍しく困り顔だった。
「いや、実はね、夕方にアメフト部の学生たちが来て、まさかのステーキのストックが全滅なんだ。あいつら大食いで、10枚以上が瞬殺さ」
「そりゃあ、残念」
とろけるステーキと聞いてわくわくしていたテリーもかなりがっかり。近いうちにリベンジするしかない。
そんなことしているうちに、ドライブインのドアが開いて、筋金入りの凄腕ドライバーが入ってきた。目つきが鋭く、ストイックな感じの中年の男だ。
「マスター、お久しぶりです」
「よ、ビンセント、元気そうで安心したよ」
ビンセントは、このドライブインで食べられるお気に入りがあって、月に一度、必ず来るのだという。
「そういうわけで、マスター、いつもの頼むよ」
「はは、サムとテリー、お前たちもどうだい、ビンセントのお気に入りも結構うまいぞ」
そう言って小声でメニューを教えてくれた。二人はすぐにうなずいて賛同した。なんとビンセントのお気に入りは、焼きチーズキーマカレーだった。さっそくマスターの調理が始まる。え、これから全部作るの?ニンニクとショウガを炒めたフライパンで、ひき肉をクミンとコリアンダー、塩胡椒で炒め、火が通ったら、そこにたっぷりのフライドオニオンと特製ウスターソースを加える。そしてそれとは別に耐熱容器に盛ったライスを用意して、そこに炒めたひき肉をかける。そしてカルダモンを配合したガラムマサラをかけ、彩りにブルーベリー、刻みパプリカをトッピング、最後にとろけるチーズをかけてオーブントースターで焼き目をつけて出来上がりだ。
煮込むことなく、ほんの数分でできてしまう時短料理だが、チーズ専門店のチーズムーンのチーズが格別で、ビンセントの大好物なのだといいう。
「え、こりゃうまい。スパイスが絶妙。とろけるチーズが格別だ」
サムもテリーも大満足。短い時間でできたとは思えない深い味だ。
「ビンセントさん、こりゃうまい、たまらんですね」
「そうだろ、この店のマスターじゃないと、この味は出ないんだよ」
同じ料理を食べたおかげで、初対面のビンセントともすっかり打ち解けてしまった。
一通り食べ終わるとビンセントは、チーズの3種盛りを追加注文。そう、根っからのチーズ好きなのだ。チーズムーンの手作りモッツアレラチーズと、洞窟白カビチーズ、そして穴あきのムーンチーズだ。そしてこれをかじりながらノンアルコールドリンクをちびちびやるのがたまらないという。味の濃い山ブドウのジュース、熟成バルサミコ酢、ハーブ、スパイス、ジンジャーエキスをまぜて強力炭酸で割って作った赤ワインスパークだ」
「くうう、効くねえ。でもこれアルコールが1敵も入っていないんだよね」
サムとテリーもグルメなチーズの3種盛と赤ワインスパークをとって、癖になりそうなその世界に足を踏み入れたのだった。
「あのう、それで、夜中に出る幽霊バスの件なんですけど…」
話しにくい話をサムが伝えると、ビンセントの方から乗ってきた。チーズキーマ効果か。
「ああ、マスターからいろいろ聞いてるよ。幽霊バスのことだろう。俺も何回か見たことがあって気になっていたんだ。知り合いのバス会社の奴に聞いてもありえないっていうし、それで俺もバスが出てくる日を調べた。すると決まって月に一度の満月の日だとわかった。それで俺も交差点で満月の夜に待ち伏せてちょっと追いかけたことがあったんだ」
「ええっ!」
まさかもうすでにそんなことがあったのか、サムは驚きを隠せなかった。
「それで、追いつけたんですか?」
だがビンセントは首を横に振った。
「…交差点から商店街をこえて住宅地の方に抜ける道に何か所か信号がある。ところがあのバスは一度も信号に当たらないで走り抜けるタイミングで突然どこからか出てくるんだ。だからどう追いかけてもこっちは途中で信号に引っかかってしまう。制限速度を大幅に超えたり無茶なことをすれば着いて行けそうな気もするが、もし見つかったらおまんまの食い上げだ」
そんなことになっていたとは…。さすがのサムもうなった。
「じゃあ、ビンセントさんの腕でも無理なんですか?」
でも伝説のドライバーは、ニヤッと笑った。
「いや、ひとつだけある。なんなら今夜試してみてもいい」
「え、本当ですか?ぜひ、お願いします」
「ふふ、そうこなくっちゃな」
伝説の凄腕ドライバーはニヒルに笑った。
「実は、マスターから聞いて、それでわざわざ満月の夜に店に来たんだねよ」
そう、今日は満月だった。
「お、お願いします」
なんとマスターとビンセントの間で話がついていたようだ。マスターも笑っていた。チーズと赤ワインスパークをちびちびやりながら、時間をつぶした。
「ビンセントさんはなぜ、そんなに運転がうまいんですか?」
サムの質問に、ビンセントはしみじみと答えた。
「はは、若いころはレーサーを目指してしばらくはテストドライバーなんかをして暮らしていたさ。でも悪いデータを隠そうとする会社ともめて辞めちまってね。タクシードライバーになったんだ。その頃は、やはりレーサー崩れのピストニウスって腕利きの仲間がいてね、いろいろこの仕事の良さを教えてもらってね。すっかりこの商売が気に入っちまったのさ。ピストニウスは居眠り運転のトラックに追突されてあの世に行っちまったが、俺はあいつの分も走ろうと思ってね。まだ辞められないのさ」
酒も飲まずに、男たちはいろいろと語り合った。そしていよいよ11時過ぎに三人でエッグベースを出発だ。
サムとテリーは、プライベートでのビンセントの愛車、ジャガーの後部座席に静かに乗り込んだ。ビンセントは大きく息を吸って精神を統一すると、お気に入りの黒手袋をさっとはめてハンドルを握った。ジャガーは独特のエンジン音を響かせながら夜の街に走り出した。
もう何回この外周道路を走ったんだっけ、夜の外周道路は静かで車の数も少なかった。高級住宅地を過ぎ、暗い渓谷を横に見ながら進んでいく。例のサマーセット交差点に近づく。一つ手前の信号で一度ジャガーがゆっくり停車する。その時だった、テリーが急につぶやいた。
「おい、サム、今回の狙いとは違うが、かすかに聞こえないか?」
なんということか、夜風にまじってタンゴのメロディがかすかに聞こえてくる。そう、あのミステリーノートに書き込んであった雑居ビルから聞こえるメロディと人の声、そちらの方向を目で追っていくと、そこにタンゴダンスビルだ。だがその時、都市伝説バスターズのサムは何かをひらめいた。
「…ということじゃないのかな。どう思うテリー?」
「さすがサム。だとすると謎が解けるかもしれない…」
サムが小声でビンセントに相談する。
「ビンセント、実は…」
「なるほどねえ。その考えに乗った。追跡はそれからでも可能だ」
するとビンセントのジャガーは、予定より早く交差点に向かい角を曲がった。いったいどうするのだろう。するとジャガーは夜中にタンゴの音楽が聞こえるというタンゴダンスビルのすぐ横に、速度を落としそっと近づいていった。
「よし、そろそろ時間だ」
サムが合図した。すると住宅地からの裏道を通って、青いマイクロバスが、やってきた。そしてタンゴダンスビルの裏口にわずか15秒ほど止まると、何人か人を乗せてそのまま駐車場を突っ切り、サマーセット交差点へと飛び出した。すぐにジャガーが後を追って動き出す。テリーが解説を加えた。
「やっぱりサムの言ったとおりだ、この幽霊バスは単にタンゴダンスビルへの送り迎えのバスだった。このバスは、行きは住宅地の裏道を走って気づかれずにビルに近づく。でも帰り道は一方通行などの関係で同じ道は通れない、そこで正体がばれないようになんらかの方法で一度も信号に引っかからないようなタイミングで交差点に飛び出したわけだ。だから車通りの多い道に突然現れて、しかも追いつけないのだ」
だがその時、ビンセントの運転するジャガーが急に交差点から90度ハンドルを切った。
「おお、すごい」
そして裏道を縫うように走り出した。制限速度ぎりぎり、機械のように正確に。そして何回目かの角を曲がり終わって飛び出したとき、すぐ目の前に幽霊バスがいた。追いついたのだ。ビンセントが言った。
「難しいことはなにもない。外周道路は北から西に曲がるときに大きくカーブする。私はうまく裏道を走り、カーブの内側を走ってショートカットしたのだ。それだけだ」
でもたぶん、角を一つ間違えてもスピードが少し落ちただけでもうまくは行きそうにない。さすがだ。サムが撮影しながら興奮してしゃべりだした。
「幽霊バスとタンゴダンスビルは同じ者たちの仕業だった。目立たないように行き来してあのビルの5階で躍っていたのだ。見てろよ、どこから来たのか確認して、あいつらの正体をあばいてやる」
さすが都市伝説バスターズだ、執念が違うとテリーは感心した。しかし近づいてよく見ると、古風なボディ、周囲の壁のところどころに銀の装飾がきらめいていて、中世の馬車にも、霊きゅう車のようでもあり、どちらにしてもこの世のものとも思えない。サムはほの暗い、バスの中を撮影しようと体を乗り出していた。ぼんやりと青色の光が灯っていた。中には数人の男女の後ろ姿が見えた。これでこのバスがどこに着くか確認すれば一丁あがりだ。サムは、勝ち誇ってカメラを向けていた。だがその時サムは全身が震えるのを感じた。一番後ろの席にいた女性が突然振り向いてカメラを見たのだ。
「…嘘だろ…?!」
一人だけ振り返ったその姿は、あの夢見る瞳の超絶美少女に間違いなかった。長い髪を揺らしながら手招きをしていた。そのうちバスは住宅地をこえて、ある場所に入っていった。ビンセントがゆっくりブレーキをかけた。
「残念だがこまでだ」
霊柩車のようなマイクロバスが入ったのは、私有地のゲートの中だった。バスを目で追うと、そのまま奥に入り建物の陰に消えていった。テリーがサムに訊いた。
「ここはまさか…」
「ああ、この間、来たばかりのところだ。ここは墓場公園の入り口のゲートだ。そしてあの建物は一番大きなお墓、青い城だよ」
サムとテリーは茫然と青い城を眺めていた。暗い墓場公園の中の青い照明にぼんやり浮かび上がっていた。
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