7 謎の歌声

 ミステリーランドを出て、すぐ隣の墓場公園に直行だ。ナイトウォーク目当ての、予想を大きく超える人々が集まってきている。フリーウォークやミニマラソン、墓場オリエンテーリングなど、別々の受付があり、サムとテリーはフリーウォークで受付を済ませる。 

 制限時間内に必ず戻ることや立ち入り禁止区域には入らないことなど、いくつか簡単な説明を受け、フリーウォークの参加者は首から目立つ参加証をぶら下げて準備完了だ。

「では、よーいスタート!」

 みんな思い思いに歩き出す。家族で体力作りに来ている人、若いカップル、高齢者夫婦、犬を連れた集団や肝試しに来た子供のグループもいる。あれだけいた人々があっという間に散り散りになって姿を消していく。墓場公園は広大なのだ。

「マス目のようになっている通路の交差点には、青い照明と照明番号がついているから、地図を照らし合わせれば迷うことはない。まずは42番のそばにある歌声が聞こえるというお墓、青い城、それから75番まで行くとテンペスト男爵の屋敷が見えるはずだ」

 そう言ってサムは墓場公園のくわしい地図とペンライトを取り出した。ここはもともと緑は多いし、通路は広いし、夜のひんやりした空気の中歩くのには本当にいい場所だ。参加者も多く、仲間と歩いていれば怖くないし、歩行者天国だし、とにかく安全だ。

 ライトアップされている大噴水に向かう人が多いようだったが、サムとテリーは42番の交差点を目指して、最短距離で歩き出した。交差点ごとに青い照明があるし、あちこちで人々の笑い声なんかが聞こえてくるので怖くはないが、さすがにみんなと離れて二人で歩き出すと、夜の墓場公園はちょっと不気味な顔も見せる。

「あったぞ、あれが青い城だ」

 この墓場公園のシンボル「墓場のシンデレラ城」青い城だ。使われている石材の関係で青みがかった灰色に見えることから、この名がある。外周道路から見た時はさほど大きさを感じなかったが、近づいてみると結構でかい。三階建てのビルくらいの建物に尖塔がつき、自動車が悠々と出入りできるほどのゲートもついているようにも見える。16世紀に建てられた本物のお墓をそのまま分解し、莫大な資金をかけてこの地まで運び組み立てたのだという。

 サムは、集音マイクをさっとセットし、暗い所でも撮れるという高感度カメラを出してさっそくいろいろなアングルから撮影を開始した。ヨーロッパの高貴な血を引く地方の王家の墓なのだという。

「どうだい、テリー、なんか歌声が聞こえるかい?」

「うーん、結構他の人の声も遠くから聞こえてくるし、なんとも言えないねえ」

サムの考えで、マイクで録音だけして、しばらくお墓を離れようということになった。

「よし、じゃあ、次は75番の方へ行くぞ」

都市伝説バスターズのサムピートは、やはり凄腕だ。この暗がりの中で75番への最短経路がすでに頭に入っている。すたすた歩いて行くのをテリーが追っかける。途中でライティングがされている大噴水の方をちらっと見ると、ベンチがすべて埋まり、たくさんの人がくつろいでいるようだ。サムとテリーはそこをすりぬけ、さらに奥へと歩いていく。先ほどまでいたミステリーランドのずっと先、博物館エリアへと近づいていく。

「あれ、こっちは、当たり前だけどあちこちに明かりがついている。人が住んでいるからねえ」

テンペスト男爵邸、隣に驚愕動物博物館と、今改装中のカラクリ人形博物館が建っている。

こっちの墓場公園との間には高いフェンスがあるが、サムがさっそくフェンスの際まで近づいて中を覗き込む。その時だった。

「こらこら、近づき過ぎだよ。その首からぶら下げている参加証だとフリーウォークの参加者だな」

どすの効いたとても低い声だった。驚いた。フェンスの向こう側の壁にモニター画面がついていて、ガードマンの服を着た、ごっつい顔の男が睨んでいた。しかも顔の上半分を隠すような派手で大きなサングラスをかけている。めっちゃ怖い。

「すいませんでした。ところであなたはどなた?」

「この屋敷の警備員だ。ここは警備室の監視モニター室だよ。ナイトウォークの夜は覗きに来る不心得者がいるので、男爵からよく見張るように言われているんだ」

それにしてもこの警備員、なぜだか話しながら髭剃りをしている。しかも顔が黒くてごっつくて、まるで野生動物のようなナチュラルな威圧感がある。きっとサングラスの下の眼も恐ろしいに違いない。

「すいませんでした。すぐに戻ります」

二人は急いで青い城へと戻っていった。

「なあテリー、俺、今思ったんだけどさ。今の警備員、色黒でひげが濃そうで、ごっつい顔してたよな」

「ああ、なんか体もデカそうだったしな」

「あのミステリーノートの書き込みさあ、今の警備員をゴリラと間違えたんじゃないかな」

「うん、その推理、案外当たっているかも」

サムは大笑い、テリーもその意見に賛成だった。でも真相は二人が考えもしないところにあったのだ。

「え、き、聞こえる」

そのあと、青い城まで戻って集音マイクの録音を試しに聞いてみたサムが、すぐにつぶやいた。何でも録音開始直後から、かすかに歌声が聞こえるのだ。

「本当だ、確かに聞こえる、オペラのアリアかなんかかな。楽器の音はしないでソプラノだけが聞こえるから、誰かどこかで歌っているのかな」

妖しく甘美な歌声だった。テリーも首を傾げた。だが誰かが歌っているにしても、この辺りにあるのはお墓だけ。ちょっとゾッとした。あの書き込みを書いた人が誰かが住んでると書いたのもうなずける。でも目の前にあるのは、王家の姫の墓、青い城だけであった。

「こんな大きなお墓、中に何かあるのかなあ?」

サムがそう言うと、テリーが答えた。

「中を探検するか?、もっと調べたいけど、これ以上は墓場公園のオーナーのテンペスト男爵にでも頼むしかないな」

二人は目と目を合わせてうなずいた。しばらくしてナイトウォークの制限時間になり、二人は納得のいかないまま元の場所へと戻っていった。

墓場公園の入り口にはたくさんの人が集まってきていて、みんないい汗かいてストレスも発散、上機嫌の人ばかりだ。

「今夜はナイトウォークの日だけのナイトバーゲンがあるんだ。せっかくたくさんの人が集まったんだから、商売しようってわけだ」

この間行ったゼリーボーンズ発祥の商店街が、みんな今日だけ夜遅くまで店を開けているらしい。

「珍しいものも出てるぞ。テリー、もちろん行くよな」

あまり気が進まなかったが、サムの勢いに押されてテリーも行ってみることにした。

「お、サム、来てくれたね。どうだい、いい匂いだろう」

なんと日頃は売っていない、チーズクリームやベーコン、ストロベリーなどの特別なフレーバーのマイケルボーンズのポップコーンスタンドが道に出ていた。

「やったあ!」

スカルマリアのチェリーソーダを飲みながら、マイケルのポップコーンを食べる。本当になぜだか超うまい。すぐとなりでは暗がりで寄り添い、ストロベリーポップコーンを食べるカップルもいた。バートが上機嫌で言った。

「あ、この間言っていた、テンペスト男爵を紹介する件だけど、うまくいきそうだ。近いうちに連絡できると思うよ」

男爵に会えば、いろいろな謎が解けるかもしれない。サムはウキウキだ。

「ところでさあ、ナイトウォークの時にいつもイベント限定のバーゲンがあるよね、今日はなんかあるの?」

するとバートがニコッと笑った。

「あるよ、あるある。そっちにあるのが激安コーナー、奥にあるのがちょっと高いけどここでしか手に入らない激レア限定品コーナーだ。どっちに行く?」

するとサムは自分の財布を出しながら、テリーに確かめた。

「テリー、お金を持ってきたって言ってたよね?」

そう言われてテリーも仕方なくクレジットカードを取り出した。それはけっこうなプラチナカードだった。

「よし、バート、激レア限定品コーナーに頼む」

バートは二人を店の横の特設コーナーへと案内した。そこにはマニアや常連の金持ちなんかが集まってきていた。

「サムにはこれはどうだい。T社の小型AIスピーカ専用のキャラクターカバーだ。まだ市場に出回っていない先行販売だぞ。各キャラ限定2個だけだ」

なんと小型のAIスピーカーにカチッとかぶせるだけで、しゃべるゼリーボーンズのフィギアとなるアイデア商品だ。しかもマイケルボーンズやスカルマリアのセリフの音声データがついてきて、キャラの声でいろいろしゃべるそうだ。

「特にすごいのは愛犬ブルーザーだ。こいつはAIスピーカを体の中に入れたまま、おすわり、伏せ、進め、待てなどをAIスピーカに言うと、その動作をするんだ」

バートが試しにやってみる。傷だらけのブルーザーがよちよちと言われたとおりに動き出す。サムの目が輝く。

「か、かわいい。ちょっとちょっと、値段はいくらなの?」

サムがキャラクターカバーに夢中になっているとバートがテリーに言った。

「テリーさんは落ち着いた大人の感じだし、お金も持ってそうだからこっちはどうです」

 なんとそれはガラスケースに入った様々なアクセサリーだった。ユニークなデザインをしているが、宝石は本物でとても高そうなものだった。

「ご婦人へのプレゼントに最適ですよ。テンペスト男爵には若くて美しい奥様がいるんですが、有名なアクセサリーデザイナーなんですよ。マダム・ルナサテリアと言って、骨や人体の各部をモチーフにしたミステリアスでセクシーなアクセサリーとして評判で、いつもは高い宝石店でしか扱っておりません。有機的なデザインのボーンチェーン、スカルパール、あばら細工、脊髄カーブなどが特徴で、光によって色が変わるアレキサンドライトや血のような赤が混じったオパールなどと組み合わせたものが特に人気のようです」

 それは骨や内臓などをモチーフにした一見不気味なものだったが、見るほどにエレガントで神秘的な感じもした。ドクロ型に加工した核を貝に入れて作るスカルパールは高貴な感じさえした。

「へえ、これは意外だ。見るほどに魅力的なアクセサリーかも…」

 生物学を学んだ大学の研究室には、いつも骨格標本や人体模型が置いてあったが、それを見て美しいとは思わなかった。でも、これは違う。

 値段は高かったがテリーが買えない値段ではなかった。あの人ならどれが似合うかな…などと思いをめぐらせた。でもその時、エリカのことを思い浮かべている自分にちょっと驚いたテリーだった。

 結局サムは悩んだ末に愛犬ブルーザーのキャラクターカバーを買い、テリーはスカルパールのついたボーンチェーンのブレスレッドを買った。よく見るとドクロの額にとても小さく美しい第3の目が透き通って見える不思議なスカルパールだった。このスカルパールと有機的なボーンチェーンの組み合わせは最新の作品ですよと勧められてつい手が出てしまった。でも、どうせエリカに渡す勇気は自分には無いだろうと、思いを胸に閉じ込めた。

 しかし、顔の広いサムといると、思いがけない出会いや品物にも巡り合えるなとテリーは感心したのだった。

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