6 ミステリーランド

 翌日、キノコのおかげで気持ちよく目覚めたテリーは午前中、調べものをしながらホテルでゆっくり過ごしていた。ところが昼前、電話がかかってくる。サムからだった。

「ごめんごめん、連絡し忘れていた。今日が墓場公園のナイトウォークの日だったんだ。まだ昼飯食べてなければエッグベースで待ち合わせできないかい?ミステリーランドも見て、そのままナイトウォークもいいぜ」

 断ってもよかったのだが、サムと行くといつも何かしら面白いことが起こるので、テリーは二つ返事でオーケーした。エッグベースに行くと、ちょうどランチタイム、マスターがニコニコして声をかけてきた。

「今日のランチは、たまにしか作らないコンビーフシチューなんだ。ちゃんとランチのおいしい日に来るんだから、君たちはすごいね」

「え、コンビーフシチュー?、それ、俺も食べたことないよ。やったあ」

 マクガイヤーの店で作っている高級な手作りコンビーフでつくる、マスターのオリジナルメニューだという。マクガイヤーの手作りコンビーフは、何日もかけて、手でほぐして作る。大量生産が効かないので、だいたいお得意様が持って行ってしまってドライブインまで回ってこないのだが、たまにたくさん作った時だけ手に入る貴重品だ。

 まず、玉ねぎ、にんじん、セロリ、フルーツ、ジャガイモなどを柔らかくなるまで電子レンジで15分ほど加熱し、さらにミキサーにかけてトロトロにする。それをスパイスやハーブ、岩塩で味付けしてとろみのある野菜ソースを作る。作った野菜ソースの一部と手作りコンビーフを合わせてよくこね、そこから一口大のコンビーフ玉をたくさん作る。そのコンビーフ玉に片栗粉と小麦粉をつけてカラッと揚げ、先ほどの野菜ソースを赤ワインでよく伸ばしたシチューに入れてさっと煮込むのだ。

 ドライブインでもできる時短料理なのだが、何日も煮込んで作る高級レストランのシチューにも負けないと評判だ。そこにハックのフワフワフランスパンとアンジェラのプルプルフルーツゼリーがついてくる。

「うわ、たまらないねえ。しっとりしたコンビーフ玉をかみしめると、口の中でコンビーフが肉汁とともにほぐれていく感じだ」

「フルーティなシチューの味がいいねえ。あと、フランスパンっていうからもっと固いのかと思ったらフワフワモチモチだね、さらに残ったシチューをつけて食べるのが最高だ」

 さすがにモーニングにはこのランチメニューは出ない。今日は大当たりだ。でもテリーはどこか何かが足りないような違和感を感じていた。よく考えて、すぐにわかった。

「そうだ、今日はエリカさんに会っていない。反対派のリーダーとの話し合いはうまくいったのかな…」

「え、何か言ったかい?」

「いや、なんでもないよ」

 二人はすっかりくつろいで、名物コーヒーを飲みながらしばらく雑談、もう、サムはナイトウォークでスクープを狙う気満々だ。

「まだ夜まではけっこう時間があるから、ミステリーランドに行こうよ。俺がいろいろ案内するよ」

 そのとき、サムがふと何かを思い出した。

「そういえばテリー、今日はお金とか余分に持ってきているかい?」

「少しはね。なかったらクレジットカードがあるよ。何か買うのかい?」

「今日、ナイトウォークの時にイベント限定のバーゲンがあるんだよ。けっこうねらい目なんだよ」

「さすがサムは情報通だな。楽しみにしているよ」

 そして今日も二人は時計回りでゼリーボーンズミステリーランドに直行だ。

「実は墓場公園のゼリーボーンズで大もうけした男爵は、遊園地好きの息子のために、墓場公園の隣に遊園地を作ることにしたそうだ。でももとは墓場公園だから、その雰囲気を壊さないように、怖くて楽しいダークなムードのミステリーランドにしたってわけさ」

 怪奇ムードたっぷりのドクロの門を入ると、遊園地のいろいろな遊具や建物が見えてくる。でも幽霊の出そうな古い邸宅風だったり、お墓や教会、魔界の城だったりして、どこかダークで、でもなんか楽しい。

 そしてゲートの前には不気味な大木を中心とした広場があり、そこに人気の着ぐるみが顔を出す。マイケル・ボーンズとスカルマリア、愛犬のブルーザーや仲間のアンデッドモンスターのアンディのキャラクターが迎えてくれる。ここの着ぐるみは普通にキャラクターと同じ衣装を着た人間に、よくできたすっぽりかぶるマスクをつける形式で、頭がでかすぎずリアルで不気味、本物そっくりのコスプレといった感じだ。

マイケルはちょっと哀愁のある、愉快なドクロキャラ、スカルマリアは顔の半分が絶世の美女、半分がおちゃめなドクロだ。アンディーは、怪力で心優しい人造人間、体はムキムキだが、頼りになるのだ。

 するとサムが言った。

「人気のアミューズメントに今から入場予約を入れておきますよ。その間並ばずには入れて、しかもおもしろい穴場を紹介しますよ、さ、こっちこっち」

 スマホで園内の込み具合が一目瞭然で分かり、込んでいるアミューズメントには園内から予約も入れられる。サムはその辺の段取りがとても速い。

「はーい、まずはここですよ」

 最初に連れていかれたのは「マジックオペラ座」。お化けの出そうな木造の古い劇場だった。ここは不気味な仮装をした一流のマジシャンが一日何回もマジックをやっている。

 サムとテリーがふらっと入ったときは、白塗りで牙をはやしたゴシックロリータ風の女性マジシャンのタロットカードマジックで盛り上がっていた。BGMも凝ったホラー風だ。

「さあ、今のも面白かったが、次が絶対他では見られない、ウルフマンショーだ」

次はひげを生やした男前のマジシャンがスーツをピシッと決めて出てくる。最初はシルクハットの中からいろいろなものを取り出すマジックから始まる。まず中から四角いものを取り出すと、見る間に瞬間で大きくなって、夜の古城の油絵となる。それをすぐ横に立てかけてさらにマジックを続ける。ところが、いつの間にか、油絵が変化し、月が古城の上に出てくると、音楽が変わってくる。そのとたん…。

「う、うおおお」

 満月が出たとたんに、顔を抑え苦しみだすマジシャン、でも月が雲に隠れると、また普通にマジックを続ける。でも気が付くと、顔にうっすらと毛が生え始めている。その油絵も、不思議だ。油絵のようなのだが、月が出たり、雲に隠れたり、確かに絵が動いている。それから月が出るたびに音楽が変わり、マジシャンは苦しみ、そのたびに顔の毛が伸び、あるいは手に毛が生え、耳が伸びていく。苦しんで後ろを向いたり、下を向いたりするたびに、さらに毛が伸び、口が突き出て狼のようになり、瞳が黒から金色に代わる。そして最後に真ん丸な月が古城の上で輝いたとき、スーツやシャツがびりびりと内側から敗れ、毛むくじゃらの上半身が現れ、尻尾が生え、いつの間にか狼のように突き出た口を大きく開き、牙をのぞかせて唸り、そのまま舞台から飛び降りて終わりとなる。

 口が付き出たり、尻尾が伸びたり、筋肉が内側から膨らんで服を破るのは、ひげや服の内側に仕込んでいたゴムのパーツに小型ボンベからエアーバックのように空気を送り込む仕掛けらしいのだが、マジシャンのテクニックが上手過ぎるのか、まったく見ていてもわからないのだ。

「いやあ、驚いた、見事だね」

すっかり感心するテリー、だがサムはもう一本、見てほしい出し物があるようだ。

「次は、好き嫌いはあるようだが、俺が大好きな定番の出し物だ」

すると次の出し物がコールされる。

「お待ちかね、マイケルボーンズの人体切断マジックでエス!」

出てきたのは愉快なガイコツ、マイケルボーンズだ、有名なマジシャンが演じているらしい。おどけた愉快な動きもなかなかのものだ。

「まずは剣のマジックだぁ」

すると出てきたのはあの顔の半分が絶世の美女スカルマリア。なんと縦長の箱の中に立って入り、顔だけを出す。するとニコニコ笑いながらマイケルが、何本もの長い剣を持って出てくる。そしてスカルマリアの入った箱に、次々と突き刺していくのだ。

「アーッ!」

悲鳴を上げるスカルマリア。

「さあ、スカルマリアは、死んでしまうのでしょうか?!」

息をのむ観客。そして最後の一本を刺すと、マイケルが箱の周りをパタンパタンと開けていく。中が丸見えになると観客は目を丸くする。

「え、えええ!」

なんとスカルマリアの体にはすべての剣が刺さっているではないか。でもなぜか血も出ていないし、うれしそうなスカルマリア。彼女は剣がささったまま前に歩き出し、マイケルボーンズの手を取り、ポーズを決めてこう叫ぶのだ。

「元気でえす、なんでもなああい、大成功!」

 いったいどうなってるの?血は出てないけどちゃんと刺さっている。スカルマリアの剣が刺さったまま、こんどは大きなギロチン台と一緒に怪力のアンデットモンスターのアンディが出てくる。上半身が明らかに大きく、マイケルたちより頭一つ背が高い。

 まずはガイコツマイケルが、ギロチン台にキャベツをセットし、号令をかける。見事キャベツが真っ二つ。そして今度はアンデッドアンディをギロチン台に寝かせて、そしてギロチンをセット。

「さあ、アンディの命はいかに?!3、2、1、0!」

 ギロチンの歯が光る。その瞬間、まさかと思っているとアンディの首がすとんと落ちる。さすがにぎょっとする観客。でもアンディは首がないままふらふらと立ち上がる、すると首をマイケルが拾ってアンデッドアンディに手渡すのだ。

 するとアンディの手の中で目がくりくりと動き、にっこり笑う。そして生首が叫ぶのだ。

「元気でえす、何でもなああい、大成功!」

手を取り、ポーズを決めるアンディ、マイケルとスカルマリア。

やがてマイケルが首をカチッとはめるとアンディは復活、今度は三人でポーズを決めて叫ぶのだ。

「大成功!ありがとうございました」

それにしてもアンディの首が作り物だとわかっていてもうまく出来すぎている。メモ口もよくく動くし、ちゃんと声と連動して不自然さがない。本物の首としか思えないところが、まさにマジックだ。お化けのキャラクターと高度なロボット技術が相まって見事に観客の目をあざむいたのだ。

「いやあ、驚いた。ギャグだとわかっていてもギクッとするよ」

「はは、何度見ても作りものに見えないよ。ああ、面白かった」

ここで人気のアミューズメントが一つとれたそうだ。さっそくそちらに向かう。

からくりシアターライドだ。これは50人乗りの観客席型のライドで、小さなシアターを回っていく乗り物だ。子供から大人まで大人気だ。特徴は、ロボット技術を駆使したからくり人形だという。入り口には昔から現代までのからくり人形が展示してあり、一部の人形はカタカタ動いていてとても興味深い。実は今、改装中の人形博物館の展示物を一次的に借りてきたものだという。操り人形と違って、内側のネジやゼンマイ、時計の歯車のような仕掛けで動くのだ。16世紀のヨーロッパのものから、江戸時代の精巧な日本のもの、そして圧縮空気を使って滑らかに動く20世紀初頭のもの、モーターを使った戦後のもの、そしてロボット技術を使った最近のものまでいろいろある。

空中回転する派手な動きのもの、お茶を運ぶもの、弓を射るもの、人形芝居するものや生きた人形そっくりなものまでいろいろ飾ってある。リアルに動くものは楽しいがちょっと怖くもある。そのからくり人形たちの間を通り、いよいよ50人乗りの客席ライドに順に乗っていく。からくりシアターの始まりだ。

司会役なのかおどけたピエロの人形が客席の前の椅子に腰かけていた。その人形の目がまばたきし、笑ったりおどけたりしながら指の一本一本を滑らかに動かして、お客様は席から立たないとかモノを落とすと取れないのでしっかりしまっておくようにとか、いろいろ楽しく説明してくれる。それにしても見た目は昔の人形だが、まるで生きているように動くのだ。

「では、出発いたしまああす」

第一シアター「舞踏会の夜」

観客席がゴトゴト動いて最初のシアターに入る。ヨーロッパの華やかな舞踏会場。古風で豪華な広間で、着飾った三組のカップル人形が躍っている。華やかなワルツ、華麗なステップで躍る人形たち。

「すごい、自分できちんと立って、複雑なダンスのステップを踏み、しかもパートナーと呼吸を合わせているようにさえ見える。ロボットにしても、すごい高度な技術だ」

感心するテリー。だが少しして、ライトが少しかげってくるとつぶやきが聞こえてくる。

「あれ、何か気づかない?」

「そうだね、何か匂うね」

「人間、人間の匂いじゃない?!」

「あれ、もしかしてあいつらか?」

その瞬間、躍っていた三組、6人の動きがピタッと止まり曲も聞こえなくなった。そして6人が一斉にこちらを向いた。

「に、人間だああ!」

ほんの1秒の何分の一の間だった。6人の爪が伸び、口が一瞬で大きく裂けて牙が光り、目つきが変わり、悪鬼のような形相に変わりながら、観客席に向かってきたのだ。どういう仕掛けか、舞台から大きく乗り出し、観客席のすぐそばで長い爪が空を切り、長い牙が音を立てた。吸血鬼の舞踏会だったのだ。あまりの迫力に誰かが叫ぶ。

「キャー!!」

そこで幕が下りた。観客席ライドは次のシアターに方向を変えてゴトゴトと動き出した。

第二シアター「博士の実験室」

窓の外は真夜中か、時々雷がとどろき、稲光りが実験室を照らす。小柄な白衣の博士が、電気がバチバチと光る実験装置を操作し、台の上には、体中に縫い目のある大男が横たわっている。

「ふふふ、今、お前に命を吹き込んでやる」

その時、窓の外で一段と大きな稲妻がとどろき、実験台の電気が大きく輝いた。そして、バリバリばチーンと放電が輝くと大男が動き始めた。

目が開き、首が動き、腕が上がり、上半身が置きあがった。だがそのあとで大男は両手を振り上げて叫びだし、暴れだした。

「うう、着ぐるみと違う、で、でかい。でもおかしい、暴走が止まらない」

身長は2メートルをはるかに超え、一歩動くたび、一度手を振り回す度にガラスの割れる音、機械がショートする音などが鳴り響く。博士がレバーを引く。

「仕方ない、安全レベル3だ」

すると舞台と観客席の間にフェンスが上がってくる。どこまでが劇で、、どこからがリアルなのかわからなくなってくる。

ところがその瞬間、大男がフェンスに向かって突進してくるではないか。がシャーン、すごい音がして大男がフェンスをつかむ。電流が流れたのか火花が飛び散る。

そして大男が唸りながらフェンスを曲げ、揺るがすのだ。重々しく、力のこもったすごい迫力だ。フェンスが破れる?!たまらず観客が叫ぶ。

「キャー!!」

そこで幕が下りた。観客席ライドは次のシアターに方向を変えてゴトゴトと動き出した。

そんな感じで第三シアター「半魚人の襲撃」、第四シアター「亡霊の合唱」と続く。

真っ暗な水面から、水しぶきとともに鋭い牙の半魚人が襲い掛かったり、半透明の亡霊が、もの悲しい歌を歌いながら空中を飛び回り、最後は頭上を通り抜けてゆく…。

そして最後の第五シアター「魔王の居城」になだれ込む。

暗い魔王の白の玉座に怪奇な鎧姿の魔王がどっしりと腰かけている。でかくて強そうで賢そうでもある。魔王が突然観客席を見て問いかける。

目や口もセリフに合わせて動き、首や腕などもどっしりとした重々しい動きができる。迫力のからくりだ。

サムの話では、男爵の息子が自ら改良した超大型の金属レーザー3Dプリンターや、カーボンレーザー3Dプリンターを駆使して、大きくても外観がリアルで耐久力があり、軽快に動ける大型のロボットの開発をしているとのことだった。魔王は巨体を軽々と持ち上げて立ち上がり、右手をふりかざした。

「こざかしい人間どもよ、この魔王ラゴールの居城になぜ立ち入った」

「おお、魔王が玉座から堂々と立ち上がった。よくできている、本物みたいだ」

それと同時に床からふわふわと宝玉が浮かび上がってくる。そして魔王は青い宝玉に手のひらを近づけ、大きな声で言った。

「水の悪魔よ、すべてを押し流せ!」

するとゴーっという音とともに、突然舞台の後ろに水の壁が吹きあがり、光に照らされて悪魔の顔がゆらゆらと浮かび上がる。そして轟音とともに、舞台の前面に向かって洪水が押し寄せる。これは本物の水だ。どこまでがCGだか、本物だかが分からない。そう、今度は舞台全体がカラクリそのものだったのだ。

「キャー!」

すごい水量だ。大量の水はうねり、渦を巻き、観客席のギリギリ手前で下へと流れ込むのだが、水しぶきは客席まで飛び込んでくる。

「まだ立ち去らぬか、こざかしい人間どもよ、おのれの無力さを感じるがいい」

次に魔王は赤い宝玉をかざすと大きな声で言った。

「炎の悪魔よ、すべてを焼き尽くせ!」

すると舞台のあちこちに、地獄の業火のような炎の柱が吹きあがる。

「うわ、熱風だ!」

立体映像の炎に、熱風を吹き込むことによって、本物の炎のように感じさせるすごい迫力だ。

うおお、炎が、恐ろしい魔神の形に…!

最後は炎の竜巻が客席のすぐそばまで押し寄せ、それが炎の魔神の姿となる。テリーを驚かせたのは、プロジェクションマッピングや立体映像を使った大掛かりなパフォーマンスだった。

「どうだ、人間ども、思い知ったか!」

魔王の高笑いの中幕が下りていく。最後は、予期せぬスペクタルパニック巨編だった。

「ああ、短い時間の中で、次から次へと驚かしてくれるなあ」

「中身が濃くて息つく暇もなかったよ」

それにしても高度なロボット技術や視覚効果だった。これも男爵の息子、天才学者グリフィスの技術だという。

そして次の穴場はバーチャルミステリーフォトスタジオだった。ここで今日、サムは思ってもみなかった体験をすることとなる。

ここは高校生以上の年齢制限があり、スマホを持ち込む必要があるのと、カメラ機能付きの特別なバーチャルゴーグルのレンタル代が別に取られるので値段が高く、意外にすいているが、面白さは保証するという。

最初に入り口でお金を払ってバーチャルゴーグルを借り、次に自分のスマホにアプリを入れてコードでつなぐのだ。そしてまずはバロック写真館という小部屋に入り、記念撮影となる。

「はい、チーズ」

顔の上部を覆面で隠した写真館の主人が合図する。

昔風のフラッシュが光、普通に写真を撮るのだが、実はこの時、隠しカメラ数台で精密な3D映像が撮られるという。

そして撮影が終わるとゴーグルを装着していよいよ準備完了だ。でもこの時、見えている風景はまだ何も変わっていない。

廊下に出て、順路を歩き出す、すぐに向こうから誰かが歩いてきてすれ違う。その瞬間シャッター音がした。

「えっ?」

サムとテリーがすれ違ったのは、衣装は古風だが、顔はサムとテリーと瓜二つの二人連れだった。ドッペルゲンガー?

ぞうっとした。もう何かが起きている。

そして次にやってきたのは鏡の迷路だった。サムと一緒に入ったつもりが、周囲をすべて鏡に囲まれた通路を歩いていると、いくつにも重なった自分やサムの鏡像を見ているうちに、テリーはいつからか一人になり、アッと気づくと小部屋に入っていた。

「えっ?!」

目の前に見える自分の姿が突然グニャグニャとゆがみだし、角の生えた悪魔のように変わってしまったのだ。またシャッターの音がする。気持ち悪くなって通路に出る。いくつもの鏡像をこえてやっと次の部屋に出る。サムをそこでやっと発見し、近づいたはずが突然、サムが透明に透き通って、みるみるひびが入り、シャッターの音とともに砕けて消えた。その時テリーの肩を誰かがトントンとたたいた。

「うおっ、あ、本物のサムか。よかったよ、会えて」

「どうだった。イベントはランダムに起こるようだけど」

そこでテリーは悪魔のようになった話やサムがガラスとなって砕け散った話をすると、サムは、自分は怪物に囲まれたよと笑った。そして、最初に撮られた映像が加工されて、鏡像とまざって使われたのだろうと教えてくれた。途中で起きた不思議な映像はすべて自動シャッターでスマホに送られているそうだ。

「さてさて、ここが1番の人気ポイントだ」

最後にサムに連れられて入ったのは、ミステリーフォトスタジオだった。ここでは自分で好きな構図や角度で撮影をするとミステリー写真になるというスタジオだ。不思議な写真の撮れる幻想写真エリア、心霊写真が写る記念写真エリア、映画やドラマなどの主人公になれる主人公写真エリアの三つのエリアに分かれている。客はこの三つのエリアを自由に出入りしていろいろな写真を撮り、そしてその作品はすべてスマホに先ほどの記録に追加して記憶されていくのだ。

「心霊写真が写るのはちょっと怖いなあ。俺、、幻想写真エリアに行くよ」

テリーが敬遠した記念写真エリアでは、有名観光地や世界遺産、絶景など様々な風景をバックにバーチャル記念写真が撮れるのだが、何枚かに一枚、見知らぬ人が一緒に写っていたり、肩に手首が乗っていたり、風景の一部が人の顔に変化したりと地味に怖いらしい。

前にサムが撮った時は、美術館の中で名画の前で撮影したら、絵の中の美女が刃物を突き付けてきたとか、噴水の前で撮ったら、透明な腕が水の中から伸びて引きずり込もうとしたそうだ。

でもハイスクールの女子学生などは、キャーキャー言いながら楽しそうに撮影している。主人公写真エリアには最後に行くことにして幻想写真エリアに行ってみる。

「なにが幻想なんだ?」

そこのエリアには、まるで舞台のセットのような椅子や、ソファ、ベッドのような台、5段だけの階段、ブランコなどが置いてあるのだ。

バーチャルゴーグルの横のボタンに軽く触れるとフレームが出現、軽く押すとシャッターが切れるのだという。試しにサムはベッドに寝ころび、テリーは階段を2段ほど登って互いに撮影してみる。

「ええ、こんな風になるのか」

なんとサムは小人になって、スイレンの池の水に浮いた円い葉の上でくつろぐ写真になっていた。妖精の国の小人のようだった。テリーは、白い雲の中に無限に続く空中階段を昇っていた。まるで天国への階段?

ここのエリアだけで何十種類もの写真が撮れるらしいのだが、撮ってみないとわからない。画像も鮮明で本当に不思議な世界にいるように仕上がるのだ。

それから二人は、三日月からぶら下がるブランコで揺られて星屑を蹴っ飛ばしたり、南のサンゴの海のイソギンチャクの中で小さくなってクマノミと写真を撮ったりした。

ところが、サムがドアを開けて撮った写真に、その時は気が付かなかったが、とんでもないものが写っていたのだ。

やがて二人は、主人公写真エリアへと歩き出す。ピラミッドやスフィンクスをバックにエジプトのファラオや女王になった写真、フランスの皇帝になったり、安土城の前で信長になったりもできるのだ。もちろん顔は自分の顔に入れ替わっている。サムとテリーは歴史コーナーでいくつか写真を撮った後、映画コーナーで、サムが火星の古代都市でエイリアンと闘う宇宙海兵隊の隊長となり、テリーはサムに勧められるままにマッチョなターザンになって、木から木へと、ツタにつかまって飛び移っていたのであった

「いやあ、面白かった、色々な写真が撮れたなあ」

二人は出口にあるコスプレカフェに入ってコーヒーを飲みながら、さっそくスマホの写真の批評会を始めた。アニメのキャラや宇宙人にコスプレしたウェイトレスたちがあちこちを歩き回っている。

「これこれ、最初に自分たちと同じ顔の奴らが来たときはあせったなあ」

あの鏡の迷路に入った時の映像もみんなきれいに撮れていた。サムもテリーも緊張しているのがありありとわかった。

「うわ、ファンタスティックな幻想写真だ。サム、お前妖精姿が意外にかわいいよ」

「よせよ、あれテリー、お前のターザン姿、本物に見えるぜ」

二人で大笑いだ。

ところがコーヒーを飲みながらいくつか写真を見ているときだった。幻想写真の一枚を見ていたサムの顔が青ざめた。

「テリ、こ、これ…?!」

サムが家の中でドアを開けると、その向こうに突然美しい浜辺が広がっているという幻想的な写真だった。だが穏やかな浜辺の波打ち際に足を浸して不思議な人影が手招きをしているのだ。テリーは鳥肌が立った。

「これ、マスターの店で見た超絶美少女じゃないか」

あせって一応コスプレ美女に聞いてみた。すると触角の生えた宇宙人風の彼女はマニュアル通りの答えを返してきた。

「心霊写真が写るのは、記念写真エリアだけです。間違いありません」

そりゃそうだよな…。だいいち、エッグベースにいた超絶美女の幽霊をCGでわざわざ合成できるはずもなく…。

だがサムは近いうちにまたこの超絶美女を見かけることになるのだ。

さて、カフェでゆっくりしているうちに夕方になってきた。

「よし、ナイトウォークの前に、最後にもう一つの人気アミューズメントに行くか」

どうやら予約がうまくとれたようだ。テリーはサムに引っ張られるようにカフェをあとにした。全周立体スクリーンライド「クアトリオン」だ。

どの方向を向いても映像が見える360度スクリーンが4つあり、立体メガネをかけてジェットコースターに似たライドに乗ってその4つの世界を回るのだそうだ。

4つのスクリーンを結ぶ通路は洞窟のようになっているが、そこでもライドのスピードが上がったり、単独の立体スクリーンで物語をつなげたりするのだ。

前回サムが乗ったときはエルフやドワーフたちと4つの世界をめぐり、協力して怪物を倒す「暗き森のドラゴン」というプログラムだったそうだ。でも、年に何回かプログラムが変わり、今日やっているのはギリシア神話を元にした「神話の怪物メデューサの首」だ。

行ってみるとすごい人気で、予約していないと2時間待ちだそうだ。なんかわくわくしながら順番を待つ。

わずか10分ほどで二人がけのライドに乗り込む。

まずは第1スクリーンへの通路を進みだす。

荘厳な音楽が流れ、通路の左右の壁のスクリーンでストーリーが始まる。壁の左側にいかめしい鎧姿の勇者ペルセウス、右の壁に若き戦士テセウスが現れる。

「ペルセウス様、ではアンドロメダ姫を救うためにはどうしても?」

「どうしてもメデューサの首が必要だ。ついてまいれ」

二人は、メデューサの首を求めて洞窟を進んでいるようだ。

その間ライドはゆっくりと通路を進んでいく。やがて洞窟の奥に行きつくと、正面にスクリーンが現れ、そこには怪奇な三人の老婆が待っている。一人の老婆が手を差し出すとそこには一つの目玉があり、こちらをぎょろぎょろと見ている。

「わかった、メデューサに会いたいのなら冥界への川を下って地下神殿に行くがよい。ただし奴の顔を一目見たら石に代わるぞえ」

「わかっているここの若い男に鏡を持たせてある」

「では行くがよい。生きては戻れぬ旅へ!」

その途端老婆の後ろの壁が吹っ飛び、外へ飛び出す二人。おお、突然山の上に飛び出た!

ここが第1スクリーンか。広い空間に本物そっくりの風景が広がる。遠くに青い山脈が浮かび手前にはごつごつした岩山、そしてすぐ前には大きな岩がある。これが遠景、近景、前景と別々の立体スクリーンを配置してプロジェクションマッピングで奥行きのある画面作りをする独自のプロジェクションマッピング「テンペストPM」だ。

すると遠くから羽の生えた女の怪物が叫び声をあげながら襲ってくる。

「ハーピーだ。気を付けろ」

遠くの空をぐるりと回って近づいてきた女の鳥の怪物は、そのまま急降下してくる。すると今度はすぐ目の前の大岩がスクリーンとなり、ペルセウスとテセウスが飛び出し、ハーピート激闘を繰り広げる。

剣が唸る。すさまじい羽音とともに、鋭い手や足の爪が空を切る。その大岩のスクリーンにライドは近づく、すごい迫力だ。

「跳べ、そこを左だ、今度は右にかわせ!」

そしてペルセウスの剣が1羽のハーピーを撃墜する。

「よし、今だ」

 ライドが大岩を抜けて奥へと進む。そこに地下世界への入り口、深い洞窟が口を開けている。いよいよ地下世界へと進む。ライドはどんどん坂を下っていく。壁のスクリーンもどんどん地下へと下っていく。正面スクリーンに現れたのは、冥界との境にある川、そして渡し守の骸骨男カロンであった。

「そんなに死に急ぎたいか。ならば乗るがよい」

 船に飛び乗る二人、そこは第2スクリーン、冥界の渡し船だった。

 キーコキーコとカロンが舟をこぐ。薄暗い地下世界、はるか遠くに神殿のようなものが見え、舟がすすむと岩屋石像が動いていく。ライドはゆっくり巨大空間を進んでいくようだ。すると闇の彼方に神殿のようなものが見えてくる。だんだんと近づくと石に変えられた何人かの勇者が倒れている。だが上陸しようとしたとき、突然水が波打ち、渦の中から、何本も首のある水龍ヒュドラが襲ってきた。右に左に大きく傾く舟、ライドも右や左に何度も揺れる。

勇者ペルセウスがヒュドラの首を1本2本と切り落とし、やっとヒュドラを追い払い、何とか上陸できた

「よし、神殿に一気に攻め込むぞ!」

 勇者ペルセウスと若き戦士テセウスは、剣を構えて地下神殿に駆け込んだ。ライドも次のスクリーンへと通路に突入する。

「なんだ、この音は」

 カタカタ音を立てながら、右の壁からも左の壁からも何人もの鎧を付けたガイコツ兵士が襲い掛かってくる。正面スクリーンでガイコツ兵士と決戦だ。ガイコツ兵士を右や左に吹っ飛ばすと妖しい気配が漂ってくる。

「テセウス、鏡を用意しろ」

「はい」

 そこは第3スクリーン「メデューサの神殿」だった。遠景に地下世界の広大な山脈、近景に地下神殿、前景に柱や石に変えられた人々が見える。

 ライドは神殿の中をゆっくり進んでいく。画面には神殿の大理石の柱や石に変えられた人々の姿が次々後ろに流れていく。このどこかに、頭から数十匹の蛇が鎌首をもたげるメデューサが隠れて待ち構えている。どこだ、どこにいる?!

 目の前には、左手に鏡の盾、右手に剣を持った勇者ペルセウスの姿が見える。その時シャシャシャーという音とともに、何かが襲い掛かる。目の前の鏡の盾にうごめく大蛇と恐ろしい魔女の顔が映る。

「そこだ!」

「ギャー!」

 響き渡る魔女の悲鳴。その時、メデューサの血から魔力で封じ込められていたペガサスが飛び出してくる。白い翼が眼前に広がり、いななきが聞こえる。魔女の頭は袋に入れられ準備完了だ。

「よし、テセウス、ペガサスで脱出だ。振り落とされるなよ!」

 勇者たちは冥界の崖の上から飛び立ち、闇の中をペガサスとともに突っ切っていく。ライドはゆっくり通路を下り、左右の壁のスクリーンには遥か下に冥界の大地が見える。いよいよ第4スクリーン「冥界の巨人たち」だ。

「この闇の果てに、天上界へ通じる光の門がある、そこまで行けば脱出できる」

 だが簡単にはいきそうもなかった。

「おのれ、逃がすかああああ!」

 塔のように巨大な4つの影が地鳴りのような足音とともに近づいてくる。なんと今度は動く補助スクリーンが4つ、4人の巨人を映して近づいてきた。冥界を支配する巨人たちが、ペガサスの前に立ちふさがったのだ。

 だがライドはどんどん光のゲートに向かって進み続ける。ついに巨人たちが目の前まで迫ってくる。すごい立体感、巨大感だ。

 だがペガサスは負けない。ペガサスの映像が4人の巨人たちの間を飛び回る!

炎の巨人の燃え上がる腕を飛び越え、氷の巨人の吹雪の凍える息を耐えに耐え、一つ目巨人、キュクロプスの巨大な棍棒をかいくぐり、50の頭、100の腕を持つヘカトンケイルの100の拳をよけによけ、ペガサスはついに光の門に飛び込む!

「やったー、脱出だ!」

 ペガサスは光の波をいくつも飛び越え、美しい山頂へと飛び出す。そしてライドは天空の神殿を仰ぎながら静かに止まるのであった。

「ううん、プロジェクションマッピングの技術がさらに進んだな。すごい迫力だった」

「いやあ、壮大なスケール間と達成感、スピードがあって、実に爽快だ!」

 二人がクアトリオンのライドから降りてくると、もう辺りは暗くなり始めていた。

「もうナイトウォークに行かなきゃな。でも地獄の最下層まで落下するインフェルノフリーフォールも行きたかったし、コスプレ美少女が歌って踊るモンスターミュージカルシアターも…」

「ほら、遅れるぞ。また次の機会ね」

 今度は駄々っ子のようなサムをテリーが引っ張って動き出した。

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