5 地下街への冒険

 その日、朝からエッグシティの町は不穏な雰囲気に包まれていた。例の廃工場に住み着いた住民たちとその支援者がデモを予定していて、それを阻止しようという市役所側や、追い出しを指示する市民たちが集まりだしていたのである。

 もともと工場がつぶれた時リストラされた従業員たちが立てこもったのが始まりだったが、今ではホームレスから違法な移民、生活困窮者まで住み着き、手に負えなくなっていた。ここにはリストラ従業員の権利を守るために、水や電気などのインフラも、市の財源からまだぎりぎりつながっている。それをそろそろ停止することになり、一触即発の空気が流れているのだ。

「おはようございます」

 今日もエッグベースに顔を出したサムとテリー、今日はエリカが一人で大きなボウルに入った特注料理を黙々と食べていた。

「おいしそうだな、同じものを頼むよ」

 一口大に切ったレタスやブロッコリーなどの野菜に、やはり細かくしたモッツァレラチーズとゆで卵をまぶしてイタリアンドレッシングで和える。さらに一口大にしたハックのクロワッサン、クルミパン、食パン、そしてマクガイヤーのローストビーフやベーコンまでその野菜サラダの上に並べたものだ。そのまま食べても混ぜてもよい。エリカが混ぜていたので二人もよく混ぜてみた。さらにモロヘイヤのスープもついてくる「ミックスボウルサラダセット」だ。

「サラダの中にパンや肉まで混ざってるのか、豪快というか、合理的というか?!」

 これを大きなフォークでつっつき、ニンニクの効いたモロヘイヤスープとともに流し込む。ここはという時にエリカが注文するメニューだ。

 イタリアンドレッシングがしみたローストビーフやパンが意外とおいしい、サラダを食べているような不思議な感じだ。モロヘイヤスープはガーリックが効いていてスタミナがつきそうだ。

「今日は、立ち退き反対派のリーダーたちとじっくり話し合う予定なの。ゆっくり食べてる時間はないけど、体力つけておかないとね」

 今日はサムもテリーもエリカには話しかけづらいというか、みんなだまって食べ続けた。食べてみるとボリュームもあり、とても健康になりそうなメニューだった。エリカは最後に特性のコーヒーを飲みほして、みんなに挨拶をして、気合を入れて店をあとにした。

「ようし、俺たちも出発だ。いよいよ崩落現場の謎に迫るぞ」

 いつもの小型車で外周道路を飛ばし、あの駐車場の裏の地下の入り口へと乗り付ける。さっそく警備兵が銃を構えて検問にやってくる。テリーがプリントアウトした三枚にわたる許可証を見せる。

「話は聞いている。車を降りてこっちへ来い」

 車を降りて緊張して歩いて行くと、現場の責任者らしきもの分かりの良さそうな軍人、キース少佐が現れ、二人に握手し、運転免許証などの身分証明書を調べながら、職業やネットでの活動などを聞いてきた。その結果をどこかに電話し、数分すると突然こんなことを言い出した。

「なんだ、あなたはあの有名なサム・ピートさんじゃありませんか。ちょっと有名すぎて差し障りがあるようですねえ…」

「え、俺は行けないんですか?」

 先に進めるのはテリーだけだった。でもテリーも、諜報部の正体はばれなかったものの、スマホもカメラもその他、怪しい持ち物はすべて置いていくように言われ記録できるようなものは何も残らなかった。

「君が政府の調査機関から派遣されたことはわかっている。大事なことは、我々軍は市民の安全を守るために活動しているということだよ。見てくればわかる、怪しいことなど何もないとね。では、制限時間を守ることと赤いラインをこえて危険地帯には決して入らないこと。いいかな、守れない場合は拘束されることもある。監視カメラもあちこちにあるから、変な行動をすると記録に残るよ。この二名の兵士とともに中を見てきたまえ」

 兵士の一人は警備兵の猛者だが、もう一人は技術班の分析係だという。フェンスのカギが開けられ、さらにバリケードにつけられたシャッターが大きな音とともに開いた。テリーは二名の兵士に挟まれるようにゆっくりと廊下を進んでいった。

「…電気もついているし、掃除も行き届いている。お、エレベーターも動いているじゃないか…」

 予想とまったく違う、テリーは大きなエレベーターに兵士とともに乗り込むと、地下へと降りて行った。兵士から短い説明があった。

「崩落現場は地下駐車場側だ。この辺りは石灰岩でできていて、地質的にもろい場所があり、とても危険なんだ」

 たくさんのショッピング客が乗るはずの大型エレベーターに、兵士と三人だけで乗ると、すぐに地下に到着し、ドアが開く。

「おお、これは…」

なぜか地下街は明かりがついていて意外に明るかった。何も言われなかったら、閉店時の深夜の地下街を歩いているのと間違えるほどだ。

「これから崩落現場のある駐車場方向に進むぞ」

テリーは黙って歩き出した。軍としては怪しいことは何もないと見せつけたいのだろうが、これだけきれいで電気もついている地下街はかえって妙だ。

「このシャッターの向こうが駐車場だ」

兵士の一人が、何かキーワードを打ち込むとシャッターがゆっくり開いていく。

「…なるほど…」

広い駐車場の右側にむき出しの岩盤のような壁が広がり、鉄の柱や金属製のネットで補強されている。数十メートルに渡ってそんな状態で崩落事故の大きさがうかがわれる。そしてその中央にシャッターで閉ざされた、奥に続く道路があるらしい。床には大きな赤いラインが引かれ、駐車場の何ヶ所かに、何かの計測機器といくつかのモニターが置かれている。

「さあ、何でも質問してくれ、わかる範囲で何でも答える」

諜報部員のテリーはちらっと時計を見た。残り時間はさほど多くない。ここで関係のない説明を受けて時間をつぶせば、もうほどなくして強制退出になってしまう。それがこいつらの手なのだろう。テリーは集中して辺りを見回すと、突然左側のいくつかモニターの置いてある側へとひょこひょこ歩き出した。

「ええっと、君、何が知りたいのかな…」

あわてて追いかける兵士たち。急に張り詰めた空気が流れ、一人の兵士が銃をつきつけてきた。立ち止まって指を差すテリー。

「おっと、あれですよ、あれがなんだか知りたいですね」

古代のものなのか未来のものなのかわからないような黒い金属の板のようなものが壁に立てかけられている。大きさは2メートルぐらいか、まさか最初からここに来るとは思わなかったらしく二人とも焦っているのがまるわかりだ。これはいったい何なのか?

技術班の分析係の兵士が仕方なく答える。

「これは、崩落現場からの出土品だ、年代は数千年前のものと推測されているが、いったい何なのかは全く分かっていない。我々は仮にモノリスと呼んでいるよ」

数千年前…ありえない。しかもほとんど劣化していない。そんなことがありうるのだろうか?

「モノリスの表面に文字が刻んでありますね」

テリーは許可なく表面に触ってみる。金属に触っている感じだが、経験したことのない物質のようにも思える。調べるほどになんだかわからなくなる。

「おや、まさか、そんな…?!」

さらなる事実に気付いたテリー、だが兵士はテリーをそのモノリスから引き離した。

「勝手に触らないでください…おやおやそろそろ退出時刻ですね」

時間はまだあるはずだった。帰りは二人の兵士にしょっ引かれるように早足で廊下を歩いた。エレベーターを上がると、さっきの責任者のほかにも数名の軍の幹部がテリーを待ち構えていた。先ほどのモノリスに近づいた行動が怪しまれたようだ。

「…それで崩落現場はどうだったかね」

 さきほどの責任者が優しく訊いた。モノリスに行ったのが偶然か、それとも確信犯なのか測りかねているようでもあった。

「面白い発掘物が見られて楽しかったです。あとは崩落の痕跡が予想以上の規模だったということですかね」

 責任者はしばらくテリーの顔を見て、そして何かを言おうとした。だがその時、どこかで警報音が鳴り始めた。

「どうした、何があった?」

 すると警報音と一緒に声が聞こえてきた。

「大変です、なぜか急に異常振動が記録され、地下から胎動のような規則正しい音が私にも聞こえてきます」

 その場にいた全員が浮足立った。現場責任者が、何かモニターを確認して冷静に言った。

「異常振動だけで、そのほかの数値に変化はない。大事にはならないだろう」

 テリーはその騒ぎに紛れて、軽くお辞儀をすると外へと歩き出した。誰も止めなかった。テリーはその時、自分を見ていた軍の幹部たちの中にかなりの大物がいることにピンと来た。

「…あれはザルツバーグ大佐、こんな大物が来るということは…」

 フェンスの外に出ると、サムが走ってやってきた。

「で、中はどうだったんだい?」

 しかしテリーは何も言わず、とりあえずエッグベースに帰ることを提案した。まだあちこちの兵士がこちらを見ていたからだ。それから少しして、やっといつもの店に帰ってきた。

「マスター、ノンアルコールカクテルの、頭の冴えるやつお願いね」

「了解、特製のを出すよ」

 ガラナとジンジャーのエキスに、クローブ、シナモン、カルダモンのスパイス、さらにメントールとレモンを加えて炭酸で割った強烈なドリンクが出てきた。確かに頭が冴えわたってくる。

 テリーはさっそく、ノートにすらすらと今見てきたモノリスのイラストを描き上げた。見たものを正確に再現する諜報部員の技だった。

「すげえ、テリーはイラストもプロ級のうまさだね」

 感心するサム。テリーが付け加えた。

「触った感じは未知の超合金ってとこだね。ありゃ、とんでもない出土品だったよ」

「数千年前のモノリスか…わくわくするよな、本当に。でも、さっき待ってるとき、軍の幹部に厳しく言われたよ。小さなことでもネットには出すなってさ。そりゃないよな、まったく」

 ぼやくサム。テリーはサムと別れてから、ビジネスホテルの部屋でさらに詳しいイラストやレポートを書き上げると本部に連絡を取った。

「…問題なのは、たくさんの分析装置やモニターが何を調べていたかです。金属探知センサーや地下レーダーが動いているのが分かりました。私の推測では、崩落現場の奥に何か未知のものが埋まっているのではないかということです。しかもそれは振動や胎動を繰り返している。そしてその未知のものの一部としてモノリスが出土した。軍はその埋まっているものを、未知の何かを狙っているのではないかと推測されます」

「こちらでもさらに軍に圧力をかけて探ってみる。しばらくエッグタウンに滞在してさらに情報を探ってほしい」

「はい」

 テリーは、今日はひどく疲れて、例のキノコ缶を食べると眠りについたのであった。

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