1 エッグベースの出会い

 その朝、テリー・ボールドウィンは、常宿のビジネスホテルを出ると、教えてもらったドライブインへと歩き出した。彼は大学の生物学研究室に籍を置いているのだが、実はアメリカの政府機関の諜報部員、この山間部の田舎町で軍部の勝手な動きがあるらしいという情報を探るため、身分を偽ってやってきたのだ。この町には人気の美しい渓谷やテーマパークもある。彼は180センチ、細マッチョな体をアロハシャツで隠して気ままな観光客を装い、昨夜の飛行機で近隣のケープラインの空港に到着したばかりだった。

「すいません、この辺に朝食が食べられるドライブインがあるって聞いてきたんですけど」

 新聞を買いながら、スタンドのおやじに道を尋ねると、おやじはニコニコしながら指さした。

「ほら、エッグベースならすぐそこだ。何食べてもうまいぞ」

 この山間に突然現れた卵型の平地に作られた街エッグシティ、この町の情報と、おいしいものが集まるというドライブイン、エッグベース、広い駐車場のある、昔ながら のアットホームな店だった。

 駐車場の隅には、エッグベースの街の地図が一面に書いてある移動販売車が置いてあった。料理自慢のこの店は、街のイベントに駆り出されることも多く、この車であちこちでおいしいものをふるまっているのだという。

「いらっしゃい、おや初めての方だね」

 朝早いのに、カウンター席といくつかのテーブル席はかなり埋まっている。もう、ここで何十年もやってる名物のマスターが気さくに声をかけてくれる。ちょっと白髪交じり、ワイシャツに黒いエプロン姿のジェントルマンだ。あと、混んでいる時間帯は、ベテランのウェイトレスが二人ほど手伝いに来る。

「ええっと朝食を食べたいんですけど…」

 渡されたメニューを見る、何だろう、分厚くて、今週のおすすめから、特別メニュー、ドリンクメニューも豊富だし、なんとこのエッグシティの商店街のおいしい店の紹介まである。さらに今日のおすすめは店員に聞いてくれとまで書いてある。これは難敵だ。

「はは、いいんだよ、ゆっくり読んでもらって。じっくり選んでくれよ」

 テリーは別にグルメライターでもないけれど、食べるのは大好き、ついじっくりすべてに目を通したくなる。でもこの量はかなりだ。

メニューを見ながらまごまごしていると、テリーと同い年くらい、30代前半ぐらいの美しい女の人が丁寧に教えてくれた。

「初めてなら、まずここの名物ポーチドエッグのあるモーニングBセットがおすすめね。シンプルで、ここの実力がわかるわ。あと、ここのブレンドコーヒーも、コクがあるのにマイルドでおすすめよ」

「ありがとう、じゃあ、Bセットをコーヒーでお願いします」

「おせっかいでごめんなさいね。ほら、私も女性にしてはちょっと大柄でしょ、食べるのが大好き、それでこのお店の大ファンなわけ」

 なるほどすらっと背が高くて、スーツ姿がかっこいい。

 厳選された取れたての卵をお湯で絶妙に固めたポーチドエッグに、手作りベーコンのオーブン焼きとサクサクのクロワッサン、フルーツを添えたイタリアンドレッシングのサラダがついてくる。一見本当にシンプルだが…。

「うほ、こりゃ本当にうまい。ポーチドエッグが半熟でトロけるよ。絶妙だねこの火加減!しかもトリュフソルトのうまみと塩味が卵とよく合う!」

 クロワッサンもサクサクだし、ついてくる発酵バターが驚きのおいしさ、厚切りのベーコンもボリュームたっぷりでかつ極上だし、添えてある俺、ンジが、食べたことのないフレッシュな甘さと適度な酸味で、目が覚めるようだ。手で選別したコーヒー豆を専用の焙煎器とサイフォンで作るこだわりのコーヒーがまろやかでいやな苦みもなく、いくらでも飲める感じだ。

 シンプルなのに極上、なんだろう、諜報部員の潜入生活で、しばらくおいしいものを食べていなかったのは事実だが、まさかドライブインのモーニングセットにこんなにはまるとは?

「こんなにおいしそうにガッツリ食べる人、久しぶりに見たわ」

 さっきの女の人が笑っていた。それにしても親切だし、美人で知的で、モデルのようにすらっと背が高くて、なんとも魅力的な女性だなあ、とついテリーが見とれていると、マスターが笑う。

「おいおい、そこのハンサム君、エリカはかわいい男の子の母親だぞ」

 するとエリカと呼ばれたその女性も、微笑みながら言い返す。

「あら、私も今はシングルだから、恋愛は自由よ」

 さらにテリーは、ふと不思議なきらめきに目を奪われる。古代文字の書かれた5角形の黄金のペンダントがエリカの胸元で光っている。するとエリカがささやく。

「変わったデザインでしょう、これは光を表す古代文字なんですって」

 へえ、光の意味か…。するとその時、エリカの携帯が鳴る。

「はい、わかったわ。すぐ行きます。じゃあ、みんなまたね」

 エリカはそのまま手を振って駐車場へ出ていった。さっと大きなリムジンがやってきて彼女を乗せていく。彼女はいったい何者だ?

「いやあ、それにしても、時差ボケで、眠いわ、だるいわ、参っちまったよ」

「じゃあ、俺がぴったりの、疲れがとれるスーパーフードを紹介するよ。ここ、エッグシティでしか手に入らないしろものさ」

 ドライブインのマスターが、エッグシティの北部にある店の名前と、商品名を紙に書いて渡してくれた。

「なんだいこりゃ?、栄養ドリンクかなんかと思ったら、キノコの缶詰?」

「この特産のキノコ、ハイパーマッシュルームは缶詰を開けてすぐに食べれるが、煮汁ごとスープやシチューに入れると絶品だ、試してみるといい。疲れが取れること間違いなしだ」

「よかったら俺が送るぜ」

 サムという若い男が声をかけてくれる。なんか眼鏡をかけた気さくな若者だ。

「なんダイアんた、この町で観光タクシーやレンタカーを使うつもりだったのかい?だったら俺を雇えよ、ずっと安くするぜ。もう何回もこの町に来てるから地図も頭に入っているしな」

「ええ、そりゃうれしいけど、サムだってこの街でやることがあるんだろ。邪魔になるよ」

「俺が忙しいのは日が暮れてからさ。あんたの観光とは重ならないさ」

 自称人気ユーチューバーだというサムの人気番組は「都市伝説バスターズ」。ネットで広く集めた都市伝説をもとに、夜の街の不可思議を追いかけるので、昼の間は暇なのだという。

 眼鏡をかけた、なんともオタクなサム、何でも州主催のハッキングコンテストで準優勝したというパソコン通でもある。

「まあ、サムなら何年も前から知ってるし、信じてもいいさ。俺が保証するよ」

 ドライブインエッグベースのマスターも笑顔を見せた。夏の長期休暇に観光でしばらく滞在する立場のテリーは、飾らない性格のサムが気に入り、レンタカー代わりに彼を雇ってみることにした。だが、このサムを相棒にしたおかげで、テリーの旅は、意外な展開を見せることになる。

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