第2話 アカサギ

 劇団員というものはどうしてこうも貧乏なんだろうか。

 夢を持って劇団に入ったのはいいものの、稽古や公演で時間ばかり取られ、仕事はおろかバイトもロクにできない。公演も客が呼べなきゃ自腹だ。

 大きい所に入ればここまで苦労する事もなかったのだろうが、たまたま駅の掲示板で目に入った張り紙で応募してしまったのが悪かった。

 そんなこんなで劇団員を続けるために短時間で稼げる効率の良い仕事———まぁ平たく言えば詐欺ってやつを始めた。

 昔流行ったクロサギ、シロサギなんてのがあったが俺は専ら異性専門、いわゆる色恋沙汰を利用するアカサギってやつだ。

 ただ、カモを見つけるのに毎回苦労する。

 ナンパなんて度胸はないし、偶然を装って出会うなんてそんなムシのいい話なんてないし、いわゆる出会い系やネットで知り合った女は逆にこっちを騙したりするのが目的の女が多いし、挙げ句の果てには会ってみたら美人局で、怖いお兄さんがもれなく付いてくる、ってパターンもあった。

 だがカモさえ見つけりゃこっちのもんという自信はある。

 身長180センチのスリム体型。顔も自分で言うのもなんだが悪くはない。上の下くらい、だと思う。

 劇団員仕込みの演技力も無駄にあるからクサい台詞を吐いたり、泣いたりなんてのはお手の物。本当に天職だと我ながら思う。

 出会った女に惚れさせて、ある程度金を引き出させたらトンズラする。

 詐欺とは言ったが訴えられない程度のギリギリのラインでやめておくのがセオリーだ。

そのためには、弱みを握る事だ。

 相手にとって、金で黙っててくれるなら…って程度の弱みを。


 ちなみに今、アカサギでカモにしている女はどうやらものすごく金持ちらしく、会うたびにいつも食事代、タクシー代、ホテル代全部出してくれる。

 だが困った事に、弱みをまったく掴む事ができないので大きい金が引き出せない。

 だいたい1年も付き合えば、なにかしらほころびが出てきてもいいはずなのだが、完璧すぎるのだ。

容姿端麗、上品で性格も良く、非の打ち所がない。全く俺には勿体ないくらいの上玉だ。

 アカサギがバレる前にこっちが本気になってもまずいから、そろそろ潮時かな…とも考えている。



 劇団の稽古が終わり、繁華街をフラフラと歩いていた筒井ユウゴは、繁華街の中でもひときわ異彩を放っている店が目に入った。

【エデン】?

 ホストクラブか。そう言えばよくTVで見る店だ。

 目がおかしくなりそうなくらいのネオンの中に女達が次々と吸い込まれていく。

 ホストクラブと言えば、茶髪や金髪に染めた同じような髪型の若い兄ちゃんが高い酒を飲ませて女から金をまきあげるアレね。

 少なくとも、ユウゴの中のホストクラブのイメージはそんな感じだった。

 人の事を言えた義理でもないのに、ユウゴはホストと言う職業を軽蔑していた。


 待てよ…

 ホストクラブ…今まで考えた事もなかったが…

 ユウゴの中で、ホストクラブの門をくぐると言う発想は全くなかったのに、気がつけば店の前まで来ていた。


「何か?」

【エデン】の黒服が、訝しげにユウゴを上から下まで見た後、口を開いた。

 


「あっ、あの。ここで働かせていただきたいんですが…今、スタッフって募集してますか?」

 気づいたらそう口走っていた。


 ホストクラブなんて、自分には1番遠い場所かと思っていたが…まさにカモの宝庫じゃないか。 

  ヤバくなったら辞めりゃいいんだし、カモだけ引っ張ってきて直接やり取りすりゃいいし。

 こんなボロい商売ないじゃないか。


 ちょうど先月、1人黒服が辞めたとかでとりあえず見習いで、3ヶ月雇ってもらえる事になった。

 頑張り次第で正規雇用も考えると言ってくれた。

 アカサギとホスト。上手くすりゃ2足のワラジで短期間でボロ儲けだ。

 大金持ちのマダムを捕まえればしばらくは安泰だ。幸い、この【エデン】は、金持ちしか来ない店らしい。

 面接の帰り道、ユウゴは気分が高揚するのを抑えきれず、普段は自分から連絡しないが、現在アカサギの相手である東堂リカに電話をした。


「すごいじゃない!エデンって、超一流店よ!そんなところに就職できるなんて!ユウゴさんよかったじゃない!」

「いやぁ、でもホストだからさ、仕事とは言えリカちゃん以外の女の人にベタベタするなんて、イヤでしょ?」

「それは…嫌じゃないと言ったら嘘になるけど…」

「俺はリカちゃんだけだから。仕事でいくら女の人と話したり触れられたりしても、絶対リカちゃん以外の人には心は動かされないから」

 我ながらクサいセリフだが、リカはこういうベタなのが好きなのだ。

「うん、信じてる。ユウゴさん、今度はいつ会える?早く会いたい」

「そうだな…じゃあ、明後日の昼とかどう?昼飯、一緒に食べようよ」

「ええ、大丈夫よ。じゃあ、また連絡するね」

「あぁ、楽しみにしてる」

  


 電話を切った後、東堂リカはスイッチが切れたようにソファに座り込んだ。

 さっきまでの表情とは打って変わってどこか陰りのある、絶望的な表情。

 リカは、ソファの肘掛けに顔を埋めて嗚咽した。

 その悲しみは、恋人がホストクラブで働くと言うことよりも、自分自身がどうしたいのかわからず、途方にくれている悲しみであった。














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