たまにはこんな日も‥

@J2130

第1話

「くるくるくまさん?」

 営業歴三十年の僕でもさすがにね、これは驚くよ。


「ねえかな、野澤ちゃんならどこかからひっぱってこれるかと思ってさ‥、ねえかな‥」

お客様相談室の小林さんは十年くらいの営業の先輩で同じ部署にいたこともある。あれは名古屋営業所の頃だったかな‥。


「だってあれ、製造終わってからもう十数年はたちますよ」

「ねえかな‥、どっか卸さんで眠ってのねえかな‥」

 

 困っているようだ。

 先輩の、しかもお客様相談室からのお願いではね、でもな‥、最後に安売りして完売してほっとした記憶があるもんな。


「野澤ちゃんさ、ちょっとさ、こんな理由でさ‥」

小林さんは話し始めた。


 お客様相談室にお電話があり、その十年以上前の製品の修理を頼みたいとのことだった。送ってもらったが修理とゆうか、なにか強い衝撃を受けてほぼ破壊されたものであった。


 乳幼児用のおもちゃで「おきあがりこぼし」の現代版というか、かわいいくまさんが幼児に倒されても、明るい鈴の音や音楽とともにおきあがってくるもので、電池もいれて曲も入っていたものだ。


 修理を依頼されたのはご夫婦で、障害をもたれた息子さんがいらっしゃり、そのお子様が「くるくるくまさん」が非常に気に入っていて、どうしても修理してほしいと切にお願いされているとのことであった。


 このくまさんがいると息子さんは落ち着くとのことでもあった。


「それで、代替品ということですかね?」

 きっと小林さんもいろいろと他の手段を考えた後に、最後にこちらに連絡されたのであろうと予想しながら僕は訊いた。


「うん、こっちも在庫なんてないし、部品もないし、あそこあんじゃん、展示室‥、あそこのさ、俺の社歴と相談室の力で持ち出そうかと思ったんだけど、あそこにあんのさ、中の機械がぶっこわれた不良品でさ‥」


「まあ、うちの会社の展示品、博物館みたいなもんですからね」

「ああ、でよ、俺も昔の営業のつてでいくつか電話したんだけどな‥」

 小林さんはえらい、まめだし。でもこうゆう人のほうが出世しないんだろうな‥。まあ、本人も望んでないし。


「ないですよね、あったら滞留品、死蔵在庫ですよね」

「ああ、そうなんだよな‥」

 本当にがっかりした声だった。


「野澤ちゃん、ねえかな‥どっかさ、箱は埃かぶっててもいいからさ、中身だけでいいんだけどな‥。ねえかな‥」。




「よお、堀ちゃん元気?データだしてくんないかな?」

 EDPグループ、電算室、情報システム室、システム統合課、と名を変えながら、メンバーがまったく変わらない現在のIT業務改善室のなじみの堀ちゃんに連絡してみる。


「野澤さん、どうしたんですか?野澤さんのご所望のデータってなんだろう?怖いな‥」


「こわくないよ、『くるくるくまさん』のさ、出荷先の名称と数量、合計だけでいいよ、最後の一年分、くれない?」


 堀ちゃん、パソコンをたたいているようだ。堀ちゃんのキーボード打ちはバチ!バチ!と社内でも強くて有名で、キーボードを何台も壊している。一度理由を訊いたら、


「こんなプログラムなんて作りたくない!こんなデータなんになるんだ!って怒りながらキーボードたたいているんですよ」

 なんて言ってたな‥。


「うわ‥、『くるくるくまさん』って十二年前に製造終わったものじゃないですか?うわ‥過去データにもほどがありますよ‥」


 そう言われると思ったよ、堀ちゃん。

「だろ‥、だから堀ちゃんしか頼めないしさ、他のリーダーやマネジャーに頼んだら忙しいときになにやらせるんだって断わられるしさ‥。方法ないか?」


 堀ちゃんならなにか工夫してくれるだろうな‥。

「野澤さんなら出荷先名だけでいいですよね、住所いらないですよね。出荷数だけで返品は差し引かなければ、出荷データだけなんでなんとか‥」

 さすがだね、堀ちゃん。


「今日いける?」

 今日は無理だよね、どうかな‥


「残業していいなら今日出してメールで送りますよ‥。これ、みんなに内緒ですよ。忙しいときに余計な仕事していると怒られますからね」


「大丈夫だよ、じゃあ今日な‥」

 いきさつはメールで送ろう。長話していると堀ちゃんに迷惑かかるしね。十二年前となると、どっかデータは別に保管しているのかな?まあ、そのあたりは堀ちゃんにね、まかせよう。


 簡単に小林さんからのお話しをメールして昼飯に行き、帰ってくると堀ちゃんからの返信がきている。


 返信かえすくらいなら、データの作製を急いでほしかったが、なんと添付のファイルがついていた。


「野澤さん、データできました。いきさつを知ったので、急いで出力しました。都内にしぼり、連絡用の電話番号もマスターデータから引っ張ってきました。品物あるといいですが、今、ネットで見ましたが、転売もないですね~」


 添付ファイルを見ると、出荷先、電話番号、「くるくるくまさん」の出荷合計数量が出ていた。百二十件くらいか‥。


 多いが、このなかで中小の卸にしぼればその二割くらいだが、廃業したころも結構ある。大型の卸には当然ないし、あまり遠くには行けないし。


「ありがとう、助かるよ」

お礼のメールをしておく。電話もしたが、女の子が出て、堀ちゃんはさっき昼飯に行ったとのことだった。

悪かったね、堀ちゃん。


 勘がたよりだがとにかく電話をしてみる。

 久しぶりのところが多くいろいろと長話になったりしていたが、結局現在営業しているところにはなかった。卸も我々メーカーも小売店はもっと深刻だが、死蔵在庫は恐怖でしかない。資産ではあるが、現金に変る未来はないので、できれば返品、できなければ安売りでもしてお金にしなくてはいけないものだ。

 そんなもの、もっているところなどまずない。


「こまったね‥」

 つぶやくと、事務の若い女性が訊いてきた。

「本当に困ってます?まだ余裕がありそうですよ」

 そう見えるのかな‥。本当に困ってるんだけどね。


「野澤さん、どう?」

 マネジャーが心配そうに訊いてきた。きっと小林さんからなにかしらの連絡が行っているのであろう。マネジャーとはいえ、小林さんのほうがずっと社歴が長い。


「ないですね、本当にないですね。あるほうが不思議です」

「そうだよね‥十二年前だってな‥」


 マネジャーが堀ちゃんのリストを僕の横で見ながら言った。

 年寄二人が悩んでいると、若い事務の女性が軽くつぶやいた。


「十二年前ですか?私まだ中学生でしたね」


 僕ら年寄ふたりに追い打ちをかけなくてもね、いいじゃないか、もう‥。


 廃業したところにも数件電話したがつながらなかった。自宅の電話番号も念のため残しておいたところもだめだったが、ひとつだけ、駒形の「丸好商店」さんだけはつながった。


 そう、ここは僕が新入社員のときに研修にいったところだ。旦那である社長と奥様で小型のバンだけでやっていたお店だった。前を通るといまでも看板はでているが、数年前に年齢を理由に廃業されていた。


「社長、アスカ玩具の野澤です‥」

「あれ、久しぶり、え‥、なんか支払もれでもあった?」

 声は変わらない、若いな。


「そんなんじゃないですよ、社長。実はね、在庫探してまして‥」

 僕はいきさつを手短に話した。社長はふむふむと聞かれていたが、ときおり、えーっと、うーん‥と考え事をしているようだった。


「それさ、えーっと、上が黄色で下が‥茶色かな‥」

 僕は昔のカタログを確認のために見た。そうだ、というか、カタログなんて見なくてもわかるけれど。


「そうです、よく覚えてますね、そうです‥。ないですよね‥

探してましてね、部品もなくて‥」

 社長はまた、うーん、あれーとかつぶやきながら聞いている。


「孫にさ、あげようと思って売らないでとっておいたけど、その記憶はね、あるんだけどさ。でも、その孫ももう高校生だしな‥」


 そりゃあね、十二年前の商品だから、お子様もそれくらいになっている。事務の女の子がまだ中学生だったんだから。


「ないですよね‥」

 これ以上迷惑をかけてもいけない、昔、大変お世話になったんだから。

「でもね、探していいかな、野澤さん‥」


 探す‥

「は‥?」

 僕は受話器を耳に押し当てた。


「いやね、孫にはあげたけど、まだ甥や姪の子供が産まれたらあげようと思っててさ、余計にとっておいたけど‥」


 ここでまたうーんとうなってしまった。

「廃業したときにさ、伝票はまだ法定期間があるからね、保管しているけれど、在庫はな、捨てたものもあったからな‥」

 僕はホワイトボードにある社有車のスケジュールを見た。一台カローラが空いている。


「いっしょに探させて頂いていいですかね、すぐに伺いますので‥」

 現金は建て替えよう、伝票だけもっていこう。マネジャーに簡単に話して僕はすぐに駒形に車で向かった。


 丸好商店の地下の倉庫は何年ぶりだろう。昔はよく倉庫整理をして返品できるものは引き取り、その分新製品を置いてもらった。


 納品伝票やら請求書やら決算資料やら、紙をダンボールにつめたものはあったが、肝心の「くるくるくまさん」は見つからなかった。


「ねえかな、やっぱ‥」

 社長が申し訳なさそうに言った。

「ごめんね、野澤さん、ついでに倉庫整理までしたもらってね、うちはもう仕事やめたのに‥」

 奥さんがすまなそうに続けた。


 そんなことはかまわないのだが、昔は何度もお世話になったのだから。売上目標にあともう少しなんてとき、あと何万なんてとき、何度も何度も助けてもらった。


「いいんですよ。お久しぶりにお会いしたかったしね、この倉庫もなつかしいですよ‥」


 夏などは、汗をかきながら倉庫を片付けたものだ。麦茶やジュースを頂いた。


 いつも整理されていて、きれいな倉庫だったが、ぼくらのことを思ってあまり返品をされないので、こちらからうかがって返品伝票を切らせてもらうことも多かった。


 そうだ、そうだ‥


 社長は返品は二か所に分けていたっけ‥。

「返してもいいもの」と、「返すとメーカー、ようは僕らが困ってしまうものや、もしかして売れるかもしれないのでちょっと考え中のもの」と‥。


「返していいもの」は手前で、そこには当然今は何もない。


「ちょっと考えている在庫」は‥えーっと、地下から上に上がるときに目に着くようにと‥、階段の‥、うーんと‥。


手すりにつかまり階段を上がる仕草をすると、目に入るのが一階と地下とを隔てる厚い層、その下の空間に棚がある。


この棚に置いてたな。


そこには今、薄い紙で包まれたものがある。

箱のようだ‥。でも「くるくるくまさん」にしては高さが低い‥。違うかな‥、横置きだとすると長すぎる。「くるくるくまさん」の高さはせいぜい30㎝くらいだから違うな。その倍はある。


「ないですね‥」

 社長に言うと、社長は僕を見上げ、そして僕の先の棚を見ている。


「これですか?これ、『くるくるくまさん』にしては低いし、横だと長いし、違いますね‥」

 僕はその棚を振り返りながら言った。

「あー」

 社長が声を出し、


「それ、その紙さ、包紙のけてみて!」

奥さんも指差しながら言った。

「は‥?これ?」

 僕は棚に手を伸ばしその包紙をとった。紙は箱の上にかぶさっているだけで包まれておらず、はらりと足元に落ち、そこには


「くるくるくまさん」がなんと二つも横向けにおいてあった。


 社長や奥さんの商品への気遣いで、埃よけに紙をのせていたのだろう。新品のようなパッケージの

「くるくるくまさん」の箱が三人の目の前に現れた。


 代金を支払おう、伝票を切ろうとする僕をにこやかに制して、

「倉庫整理の作業代だよ、もっていってよ」


と言って社長は二つの「くるくるくまさん」を僕に渡してくれた。

「たまにはお茶でものみにきてね‥」

 奥さんは昔と全くかわらず穏やかに僕を見送ってくれた。


「ありがとうございます、本当に助かります」

 過去にこの言葉も何度言っただろう‥本当に助かった。来週にでもなにか菓子折りをもってお礼にうかがおう。本当に助かった。


 若い女性の営業が夫婦のもとに「くるくるくまさん」を届けたのは翌日だった。

 ご夫婦は非常に喜ばれたそうで、奥様は泣いておられたとのことだった。こちらのご夫婦も代金を支払うとのことだったが、事前にきつく「代金は頂かないように」と言っておいたおかげで、丁重にお断りして彼女は会社に戻ってきた。


 この件は社長、会長にまで達し、僕には部長、マネジャーを通じてお褒めのお言葉がきた。

「野澤さん、よかったですね‥」

 IT業務改善室の堀ちゃんからも電話がきた。

「俺だけ褒められてわるいね‥、今度おごるよ」

「いいですよ、いいお話しに役立って僕もね、嬉しいんです‥」


 堀ちゃんも出世はしないな‥、優しすぎだ‥。


 丸好商店には和菓子を持っていった。ご夫婦は洋菓子より確か和菓子が好きだった。

 お客様へ届けたこと、大変喜ばれたこと、社長と会長から褒められたことを報告した。


「ありがとうござました、本当にね、助かりましたよ」

 お茶を頂きながら僕は心から感謝した。


「俺達もさ、俺達夫婦もさ、うれしいさ‥、うれしいね‥」

 社長が言うと

「あの在庫が役にたつとはね‥、不思議だね‥」

 奥さんも笑顔で言った。


「なんか、普段はお客さんや上司に怒られたり、うまくいかなかったりすることばかりなんですけど‥。こんなことがね、たまにあったりすると‥」


 お茶が美味しいね。今日はお酒なんかより、この社長夫妻とのお茶のほうがきっとおいしい。


「たまにはこんな日もあるんだな‥ってね、いいな‥ってね、思うんですよね‥」


 そうだ、堀ちゃんをいつ誘おうかな、今週末は彼は空いているかな‥。電話だと周りに聞かれるからメールするか‥。


 あと誰にするかな、二人だとさびしいし、お客様相談室の小林さんはどうかな、配達した営業の女性にも声をかけてみよう。ああ、展示室を管理している経営企画室の担当者も誘うか‥。残りの一つは彼に懇願されて展示室に置かれているんだからね。

 経営企画室に飲み代の経費出してもらってもいいくらいだな‥


 まあ、でもいいさ、僕が誘うのだから僕が払おう。たまにはね、こんな日も、こんないい日もあるんだからね。

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