第13話 三日目、四日目はダイジェストで
剣術道場での体験入門を終えて、俺は何事もなく家へと帰り着いた。
ちなみに俺に襲撃を仕掛けてきた茶髪男だったが、木の枝で頭をかち割ってやった……などということはなく額をわずかに斬っただけで見逃してやった。
覚えたばかりの『回転斬り』に耐えられずに剣の代わりにしていた枝が半ばほどで折れてしまい、短くなった枝の先端でおでこをわずかにかすめただけでとどまったのだ。
ほとんど無傷にも関わらず茶髪男は泡を吹いて失神してしまい、俺は倒れた5人をその場に放置して家路につくことになった。
(まあ、あいつらも俺にやられたって言いふらしたりしないだろ。嫉妬でリンチをしようとしたとなれば道場だって破門されるだろうし、5人がかりで負けたなんて恥ずかしすぎるもんな)
どうせ道場に行くのは今日で終わり。
あの5人と会うことだって、二度とないのだ。
お互いこれでさようならするのが一番いいに決まってる。
「そう思っていたんだけどなあ……」
「やあ、今日も来てくれたんだね。嬉しいよ」
「……どうもっす」
しかし、なぜか俺は次の日もまた沙耶香の剣術道場を訪れていた。
笑顔で出迎えてくれる沙耶香に、俺はなんとも釈然としない微妙な顔つきで頭を下げる。
剣術スキルはすでにLv3まで上げることができたし、戦技も修得した。
ゴールデンウィーク3日目は他のワールドクエストを達成することにチャレンジしようと思っていたのだが、その予定は我が最愛の妹である真麻によってストップさせられた。
「体験入学は3日間あるんだから初日でやめてどうするのよ! 沙耶香先輩もお兄のことを褒めてたから、ちゃんと行かないとダメでしょ!」
どうやら沙耶香に心酔する真麻は、彼女を喜ばせるために俺を剣術道場に連れて行こうとしているようだった。
いやいや、妹よ。
先輩よりも実の兄を優先してくれよ。
そんなふうに思わないでもなかったのだが、残念なことに真麻は我が家の台所の支配者である。
怒らせれば夕飯のおかずを脅かすことになってしまう。
そんなわけで、俺はゴールデンウィークの3日目、4日目もまた剣術道場に通うことになってしまったのである。
ちなみに、3日目と4日目ののデイリークエストの報酬はいつもの【身体強化】と【精神強化】のレベルアップ。それとポーションの獲得だった。
ポーション獲得の条件は『ウーロン茶2リットル一気飲み』と『青汁1リットルを飲む』という地味にきついものである。
(うーん、【治癒魔法】を手に入れているわけだし、もう回復アイテムの重要性は薄れているんだけどなあ……)
俺はどこか納得いかない顔で竹刀を振る。
横では沙耶香がなぜかつきっきりで稽古を見てくれていた。
「すごいじゃないか! まだ剣道をはじめて3日目なのに、見違えるほど強くなっている!」
俺の剣を見た沙耶香はその成長ぶりに感嘆の声を上げる。
「君は間違いなく天才だ! 特別に月謝は免除するから、本格的に道場に通ってみないか?」
「いや……それはちょっと……」
まだ道場に通うようになって3日だったが、その間に俺は恐ろしい速さで成長を遂げていた。
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月城真砂
STR:22
VIT:22
DEX:10
INT:18
AGI:22
LUK:10
スキル
・身体強化Lv4(↑2)
・精神強化Lv4(↑2)
・筋力強化Lv2(↑1)
・生命強化Lv2(↑1)
・敏捷強化Lv2(↑1)
・剣術Lv4(↑1)
・治癒魔法Lv1
戦技
・回転斬り
・鎧斬り
装備
・竹刀 (もらいもの)
・剣道着 (レンタル)
・汗にまみれたパンツ
―――――――――――――――――――――
相変わらず装備の表記に悪意を感じるのだが、それはともかくとして強化系統のスキルの向上が非常に目覚ましい。
剣術スキルもLv4になっており、新しい戦技も覚えていた。
(筋力強化Lv1を取得したことで新しくLv2のクエストが発生、内容は『敵に近接攻撃を30回あてろ』だったな)
同様に生命強化や敏捷強化の新しいワールドクエストも解放されていて、3日間の体験入門で無事に達成することができた。
例のごとくデイリークエストで身体強化と精神強化を上げることができたため、俺のステータスは初期値の2倍以上にまで向上していた。
(今だったらオリンピックで金メダルだって取れるかもしれないな。まあ、身体能力だけで技術は伴っていないんだけど)
「すいません、沙耶香さん。俺は色々とやることがあるので……」
「ふむ、そうか……残念だな。本当に無念だ」
体験入学3日目の練習を終えて改めて勧誘をかけてくる沙耶香に、俺は頭を下げて入門を固辞した。
沙耶香は残念そうに眉をへの字にしながらも、どこか納得したように凛とした美貌に透き通った笑みを浮かべる。
「……しかし、そうだな。君の目にはなにか重大な秘密を背負っているような、まるで果たし合いに臨むサムライのような
「…………」
すいません。
そんな大事なことはなにもありません。
何の目的もありませんが、好奇心とゲーマー精神からスキルを上げたいだけです。
「腕を上げたい、もっと強くなりたい、そんな思いがあるのならいつでもこの道場の門を叩いて欲しい。私はもちろん、門下生一同が君を歓迎しよう」
「……そっすか」
どう考えても、俺を歓迎しているのは沙耶香くらいだと思うのだが。
俺と話す沙耶香の背後、少し距離をとって門下生の男達が憎々しげにこちらを見つめている。
その中には初日に叩きのめした茶髪らの姿もあった。
(この3日間であいつら、ほとんど倒しちまったからな……体験入門の初心者にやられるなんて、さぞやプライドが傷ついただろうに)
スキルの成長もあって、俺はこの道場の門下生の大部分を練習試合で倒していた。
最後まで勝つことができなかったのは、沙耶香と全国大会出場経験がある一部の門下生くらいのものである。
茶髪もあれ以来絡んでくることはなかったが、俺が沙耶香と話していると決まって嫉妬の視線をこちらに向けてきていた。
(あまり恨みを買って刺されても叶わないからな。やつらの恨みが俺だけじゃなくて真麻にも向いてしまうかもしれないし、この辺りが引き際だよな)
「ありがとうございます、またその時が来たらお世話になりますよ」
「ああ、そうしてくれ……ところで、私は真砂君がこの道場に来る前から、君のことを知っていたんだ」
「へ?」
どこかで会っただろうか?
首を傾げる俺に、沙耶香はふっと微笑む。
「いつも真麻から君の話を聞いている。情けなくて、一人じゃ何もできない兄がいるって」
「あー……すいません、妹の愚痴に付き合わせてしまって」
「ははは、構わないとも。真麻の話はほとんど悪口ばかりだったけど、その言葉の端々から君に対する愛情を感じた。きっとあの子はお兄ちゃんのことが大好きなんだって思ったよ」
沙耶香は少し離れた場所で友人と歓談している真麻へと目を向けた。
優しそうな、慈しむような目だ。
「私は一人っ子だったからね。昔から優しいお兄ちゃんが欲しかったんだよ。真麻から君の話を聞いて、ずっと羨ましいって思ってた」
「……俺、沙耶香さんよりも年下なんですけどね?」
なんと言っていいのかわからず、俺はとりあえずそんな言葉を返していた。
「あはは、そうだね。だけど……たった3日間だけど、君と一緒に剣道ができて本当に嬉しかったよ。リップサービスじゃなくて、君とまた会いたいと思っている。だから、入門なんて気負わなくていい。いつでも気軽に遊びに来てくれ」
「……はい、俺も沙耶香さんに会えて嬉しかったですよ。必ずまた来ます」
沙耶香の言葉はどこまでもまっすぐで、素直な好意を感じた。
女慣れしていない俺は、年上の女性からの好意にありきたりな言葉を返すのがやっとだった。
しかし、沙耶香はそんな固い言葉にも愉快そうに笑ってくれた。
こうして、俺の3日間の剣道体験が終わった。
この美貌の女剣士との出会いが後に大きな騒動のきっかけになったりするのだが、それはまだ先のことである。
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