第12話 二日目は剣を振って⑦
「はあ? お前、それ本気で言ってんのかよ?」
茶髪がヘラヘラと小馬鹿にするように笑う。
こちらを舐め切った、なんとも言えず腹の立つ顔だ。
(気持ちはわかるけどな……ちょっと前の自分だったら考えられないからな)
相手は5人。それも全員が竹刀という武器を所持している。
対するこちらは1人きり。手にある武器はちょっと堅めの木の棒が1本。
どう考えても勝てるわけがない。子供にだって勝敗がわかるに違いない。
「まあ、俺だってひのきの棒で戦う日が来るとは思ってなかったけどな……こんなもんで倒せるのはスライムくらいだろうぜ」
俺もまた苦笑しつつ、「それでも」と言葉をつなげる。
「誰かに連絡先を渡すというのは一つの信頼の証だからな。それを無抵抗で渡したとなっては、それこそ沙耶香さんに合わす顔がない」
別に目の前の5人が沙耶香のIDを使って悪さをするとは思っていない。
道場の門下生たちは沙耶香に敬意を持っているようだし、IDを利用して彼女を呼び出して悪さをするようなことはしないだろう。
しかし、それでも俺にだって男の意地というものがあるのだ。
狙っている意中の相手であるかどうかは別として、手に入れた女の子の連絡先を他の男の手になど渡してなるものか。
「……さっき道場で勝ったからって調子に乗ってるのかあ? 練習と実戦が違うってことを教えてやるよ!」
「へへっ、馬鹿が。痛い目に遭わせてや…………がっ!?」
「隙あり!」
竹刀を取り出しながら前に出てきた門下生の一人へと、俺は片手で突きを放った。
武器を取り出す前に繰り出された一撃は男の喉へと吸い込まれて、男は後ろにひっくり返って転倒する。
「たしか高校からは『突き』だって反則じゃないんだよな? 枝の先端が尖ってなくてよかったな」
「なあっ!? テメエ、不意打ちなんて卑怯だぞ!」
「いや、5人で囲んでおいてどの口が言うんだよ……」
これで1人は倒した。
残る4人が慌てて竹刀を取り出して構える。
「ふざけやがってこの野郎! 本当にぶち殺してやる!」
「ぶち殺す……か。はははっ、そのセリフは『1人分』だけ遅かったな」
「あん? いったいなにを……」
『ワールドクエストを達成。【剣術スキルLv3】を修得!』
『スキル修得により戦技・回転斬りを覚えた』
また【剣術】スキルのLvが上がった。
クエストの達成条件は『剣を使って20人を倒すこと』。
道場での練習試合で19回勝利していたため、あと1人でクリアだとは思っていた。
まさかその1人があちらから飛び込んできてくれるとは、はたして不運なのか幸運なのか。
「戦技か……どうやらスキルが強化されて『技』を覚えたみたいだな。さっそく使ってみるとしようか」
スキルLvが上がったことでより正確に、より鋭く剣を振ることができるようになっている。
まるで木の棒の身体の一部になっていて、先端にまで神経が通っているような感覚だ。
俺は身体強化スキルで一気に加速して、一瞬で4人の間合いに入り込んだ。
「っ……うわあっ!?」
突然、目の前に現れた俺に驚いて茶髪の門下生が尻もちをついた。
俺は構わず、覚えたばかりの技を発動させた。
「戦技・回転斬り!」
「わあああああっ!?」
「がっ……!?」
戦技を発動させた瞬間、身体が自然に動いた。
腰を回転させながら強力な一撃が放たれる。
コマのような回転とともに振り切られた棒が、3人の門下生をまとめて吹き飛ばす。
その攻撃の威力ときたら、もしも『ひのきの棒』ではなく真剣であったのならば、3人は上半身と下半身が背骨ごと両断されていただろう。
「なっ、ななななっ……!」
「む…………1人、しとめそこなったか」
尻もちをついていたことで回転斬りから逃れた茶髪の男。これでもかと目を見開いて、言葉にならない声を発している。
そんな茶髪を見下ろして、俺はゆっくりと口を開く。
「スキルと技の実験台になってくれて感謝するよ。おかげで助かった」
「す、すきる……?」
「さて……さっき俺のことをぶち殺すとか言ってたよな? 俺のことを殺そうとしてたんだよな?」
「へ、あ……それは……」
「相手を殺そうとしたんだから、返り討ちに遭って殺されても文句は言えないよな? そっちが先に手を出したんだから」
俺はふっと笑う。
自分にこんな冷たい笑い方ができることに驚かされる。
新しい自分を見つけた気分だ。
「お、お前はいったいなんなんだよ! なんでこんなことができるんだよっ……!?」
「さあな……それを教えてやるほど俺はお人好しじゃない」
冷たく断じて、俺は木の枝を最上段に振り上げた。
茶髪男が顔を引きつらせて、恐怖からか目尻に涙を浮かべる。
「やめっ……!?」
「やめるかよ、馬鹿め」
俺は無情に剣を振り下ろす。
剣術と身体強化のスキルによって高められた力強い一撃が、茶髪男の頭部へと吸い込まれた。
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