第9話 二日目は剣を振って④


「フッ、フッ、フッ、フッ!」


 俺は道場の隅で黙々と素振りをした。


 竹刀を握りながら頭の中でイメージするのは、先ほど観察させてもらった沙耶香の動きである。

 たしかに俺は彼女の躍動感のある胸の動きに目を奪われていたが、決してそれしか見ていなかったわけではない。

 ちゃんと動きだって見ていたのだ。いや、本当に。


「フッ、フッ、フッ、フッ!」


 雪ノ下沙耶香という女剣士の洗練した動き。研ぎ澄まされた剣筋を頭に思い描く。


 剣術スキルのおかげでその動きをまねることができていたが、やはりLv1では限界があるようだ。


 俺の剣は沙耶香の完成された動きには程遠い。

 ぜんぜん、ちっとも彼女の美しすぎる剣技を再現できていない。


「フッ、フッ、フッ、フッ……!」


 それでも、少しでも近づきたい。あの高みへと登りつめたい。

 そんな思いを込めて、ひたすらに竹剣を振る。


「フッ、フッ、フッ…………ヤアッ!」


 振って、振って、振って、振って…………最後に最上段から渾身の一撃を放つ。


 その剣はいまだ沙耶香の高みには程遠い。

 しかし、それでも1%くらいはその動きを模倣することができていたんじゃないかと自信が持てる一撃だった。


「ふう……やれやれ、ちょっと休憩」


 俺は納得できる一撃を打てたことで満足して息をついた。


 竹刀を下ろして道場の隅に座ろうとして……そこで先ほどまで響いていたはずの練習の音が止んでいることに気がついた。


「なかなか見事じゃないか……独学の素人とは思えない剣筋だ」


「わっ!?」


 おそらく休憩時間になったのだろう。門下生はみんな練習を中断しており、一人竹刀を振っている俺をじいっと見ていた。


 すぐ傍にはいつからそこにいたのか沙耶香までいて、俺にねぎらいの言葉をかけてくる。


「真麻の練習を見稽古したのかな? あの子の剣にちょっと似ているね」


「えーと……そうですかね?」


 真麻ではなく沙耶香の剣を参考にしていたのだが……いや、どちらでも同じことである。

 実際に自分で竹刀を振ってみてわかったことだが、どうやら真麻の剣もまた沙耶香の剣技を参考にしているようだ。

 きっとあこがれの先輩なのだろう。身近にこんな美しくも強い女剣士がいたら、同じく剣の道を志す少女としては堪らないに違いない。

 あこがれ、剣を模倣せずにはいられないほどに。


「ところで……休憩が終わったらここにいるみんなで練習試合をするつもりなんだが、よかったら真砂君もやってみないか?」


「はい? 俺は今日はじめてここに来たんですけど?」


 剣道のことはよくわからないが、初日から試合をさせてもらってもいいのだろうか?


 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、沙耶香はうんうんと頷いた。


「普通は初日は素振りだけなんだけどね。さっきの剣さばきを見る限り、基礎は身につけているようだから特別に許可しよう。まあ、今年から始めた新人さんとだけ試合をしてもらうから、初心者同士だと思って気楽にやってくれ」


「うーん……そういうことならやってみようかな?」


 沙耶香の提案に戸惑いながらも、俺はこれがチャンスだと思った。


――――――――――――――――――――

ワールドクエスト


・剣で敵を10人倒せ。

 報酬:スキル【剣術Lv2】修得


・敵に近接攻撃を10回あてろ。

 報酬:スキル【筋力強化Lv1】修得


・敵の攻撃を10回ふせげ。

 報酬:スキル【生命強化Lv1】修得


・敵の攻撃を10回よけろ。

 報酬:スキル【敏捷強化Lv1】修得


――――――――――――――――――――


 ちなみに、最初の【剣術Lv2】は【剣術Lv1】を習得したことで解放されたクエストである。


 どうやらワールドクエストの中にはあるスキルを修得することで出現するものもあるようだ。


 ここからは予想になるが、【剣術Lv2】を修得すれば【剣術Lv3】を修得するための新しいクエストが出現するだろう。

 練習試合の相手が『敵』としてカウントされるのかは微妙なところだが、竹刀だって剣の代わりになったのだ。その辺りは俺の意識の問題なのかもしれない。

 うまくすればワールドクエストのいくつか達成して、新しいスキルを修得することができるかもしれない。


 そういう意味では、沙耶香の提案は渡りに船といっていい。


「やる気になってくれたなら嬉しいよ……うちの門下生の中にも君のことが気になっている子たちがいるみたいだからね。相手をしてやってくれ」


「はあ? 俺のことを気にしてる?」


 沙耶香の視線を追うと、何人かの男子門下生が俺のことを睨みつけていた。


 俺が沙耶香と親しそうに話していることが気に入らないのか、それとも先ほど練習している沙耶香の胸に見惚れていることがバレたのか。

 男子門下生の目には嫉妬に近い感情が浮かんでいるように見える。


 怒りのオーラを背中に背負った門下生たちの姿に、俺はたじろいで顔を引きつらせた。


「みんなやる気満々だな! 熱心な子たちばかりで私もうれしいよ」


「……そっすか」


 のほほんと口にする沙耶香に苦々しく返事をして、俺は身の危機を感じて背筋を振るわせた。

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