第7話 二日目は剣を振って②
「フンッ…………フンッ…………フンッ…………!」
Tシャツとジャージに着替えた俺は、庭に出て素振りを行っていた。
剣がなくてはクエストを達成できないことに気がついてしばし途方に暮れていた俺であったが、代わりになるものが自宅にあることに思い至った。
「フンッ…………フンッ…………フンッ…………!」
俺が振っているのは竹で作られた剣。すなわち竹刀である。
俺の妹である真麻は三つ年下の中学二年生だが、学校では剣道部に所属していた。
休日にはしばしば町内の道場にも通っており、一応は有段者である。
「フンッ…………フンッ…………フンッ…………!」
(真麻の竹刀がリビングに置きっぱなしだったのは助かったな。まあ、これが剣としてカウントされればの話だけど)
まあ、ゲームだったらヒノキの棒が剣としてカウントされることだってある。ならば竹刀だって立派な剣だろう。
「フンッ…………よし、これで100回だ」
『デイリークエストを達成しました。スキル【剣術Lv1】を修得しました』
「よしよし、クエスト成功だな。竹刀万歳」
俺はスキルの効果を確認するため、剣術スキルを使うことを意識して再び竹刀を振った。
「フッ!」
放たれたのは上段から振り下ろした鋭い小手。そこからさらに面、胴、突きと続けていく。
俺は剣道をしたことはなかったが、それでも真麻の応援で何度か試合を見たことはあった。
その時に見た剣道の型を思い出しながら、欠けている部分はアクションゲームの動きを参考につなぎながら竹刀を振りまわす。
「フッ! ハッ! ヤアッ!」
身体強化スキルによってパワーやスピードが4割も向上していることもあって、俺が放つ斬撃は自分でも驚くほど冴えわたっていた。
自分の身体がこんなにも速く、スムーズに動くことに心から驚かされる。
(ヤバい! 身体を動かすのがめちゃくちゃ気持ちいいっ! まるでバトル漫画の主人公になった気分だ!)
身体を動かすことを楽しく感じるなんて、子供の頃に友達とかけっこをして以来かもしれない。
どうして真麻が殴ったり殴られたりの剣道をあんなに真剣にやっているのか疑問に思っていたが、今だったら理解できる。
(自分が強くなっていく実感……これはクセになる!)
「ハアッ!」
俺は裂帛の気合とともに剣を振り下ろした。
兜割りのごとく最上段からの一撃は、これが真剣だったら岩でも両断できるんじゃないかと錯覚してしまうほど重く鋭かった。
俺は剣を振り下ろした姿勢のまま、ふっと息をついた。
「すごいな、最高だ。これが……」
「これが、なんなの。お兄」
「ふおおっ!?」
突然、かけられた言葉に俺は慌てて振り返った。
庭で夢中になって竹刀を振っていた俺を、2階のベランダから真麻が見下ろしていた。
柵に頬杖をついてこちらを見下ろす真麻は不機嫌そうに唇を尖らせていて、一目見て怒っていることがわかる顔をしていた。
「ま、真麻……」
「お兄、それ私の竹刀。なんで勝手に使ってるの?」
「あー、いや……ちょっと身体を動かしたくてな」
「ふーん……それは別にいいんだけど」
「わっ!?」
真麻はひょい、とベランダを乗り越えた。
2階から飛び降りて、驚いて目を剥く俺の前にくるりと一回転して着地する。
「……危ねえ! というかすごいな! 真麻、剣道よりも新体操のほうが向いてるんじゃないか?」
「そんなことはどうでもいいでしょっ! それよりも、どうして剣道やってるなら教えてくれなかったのよ!」
「い、いや、確かに素振りはしてたけど別に剣道をやっていたわけじゃ……」
「嘘! 一度や二度素振りをしたくらいであんなふうに竹刀を振れるわけないじゃない! いったい、どれだけ練習してたのよ!?」
今日からです。
今日はじめて竹刀を握りました。
もちろん、そんなことを言っても真麻は納得してくれないだろう。
「あー、たまにな。別に剣道をやっていたとかそんなわけじゃなくて、ちょっと身体を動かしたい時に素振りしてたんだよ。勝手に竹刀を借りて悪かった」
「そう、じゃあ今日から道場に行こっか。午後から練習があるし、私も一緒に行ってあげるね?」
「はあ!? 待て待て待て!」
俺は慌てて真麻を止めた。
いったい、どうして自分が剣術道場に通う話になっているのだ。
「俺は道場に通うつもりなんてないぞ!? 素振りは……あれだ。健康のためにやっているだけだ!」
「せっかくそれだけ竹刀を振れるんだから、変な癖がつくと困るでしょ! ちゃんとした道場で基礎を学ばないと!」
「いやいや、趣味でそこまでやるつもりはないよ! それに月謝はどうするんだよ!?」
当然ながら道場だって無料ではない。
通うとなると月謝を払う必要があるし、俺や真麻の独断では難しい。
「うちの道場は3日までなら無料で体験入学できるから問題ないわよ。ほら、午後から行くからちゃんと準備しておいてよね!」
「うええ……」
俺は口をへの字に曲げて声を漏らした。
部活とか習い事とか、そういうのが面倒だから帰宅部を貫いてきたのだ。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったのだ。
「せっかくのゴールデンウィークなのに……」
「文句を言わない! どうせ家でダラダラしてるだけなんだから道場に行った方が建設的でしょっ! 道場に行かないのならご飯抜きにしちゃうよっ!」
「マジでか……」
俺は竹刀を地面に落として、ぐったりと庭に座り込んだ。
真麻は一度、こうやって言い出すとこちらの話など聞かないのだ。
剣道が絡むとなおさら頑固になってしまう妹に、俺は途方に暮れて天を仰いだ。
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