第4話 目覚めの初日④


 デイリークエストによって手に入れたたった1本のポーション。

 それを見知らぬ少女のために使ってしまうことが惜しいと思わなかったわけではない。

 しかし、いくらなんでも人命には代えられない。自分と同い年くらいの女の子を見殺しになんてできるわけがなかった。


 たとえ緊急クエストのことがなかったとしても、救える命を見殺しにするなんてまっぴらごめんである。

 ここでたかが薬欲しさに彼女を見捨てれば、確実に俺の心に消えない傷が残ることだろう。


「よし……!」


 使い方は口から飲ませるか、傷口に振りかけるか。

 目に見える傷口は血が流れている頭部だったが、車に撥ねられていることを考えると内臓にも傷がついているかもしれない。

 口から飲ませる方が確実に効果があるだろう。

 幸いなことに藤林さんは電話中。車の運転手は茫然自失状態で、今なら誰かに見られる心配はなさそうである。


 野次馬が集まってくる前にポーションを飲ませたほうがいいだろう。

 さすがに倒れている少女に得体の知れない液体を飲ませている男がいたら、別の理由で通報案件になってしまう。


「頼むから、ちゃんと飲んでくれよ……」


 俺は少女の頭を持ち上げて、青い液体の入った小ビンを唇にあてがった。

 気を失っている彼女が大人しく薬を飲んでくれるだろうか、そんな不安に駆られながら俺はビンを傾けてポーションを口に流し込む。


「んっ……んっ……んぐっ……」


「お、飲んだ!」


 幸いなことに、青い液体はまるでスポンジに沁み込むように簡単に少女の体内へ吸い込まれていった。

 ひょっとしたら、これもポーションの効力なのかもしれない。


「……あれ……私は?」


 ポーションを飲んだ早苗の身体が淡い光を放ち、やがて重く閉じていた瞼がうっすらと開いた。

 胡乱な瞳が宙をさまよい、やがて俺の顔で止まった。


「ええっと、あなたは……」


「おっと、ごめんよ。セクハラとか言わないでくれよな!」


 俺は部屋着にしていたジャージの上着を脱いで、彼女の頭の下に枕として設置する。

 ゆっくりと持ち上げていた彼女の頭を下ろして即席枕の上に乗せた。


「藤林さん! この子が目を覚ましたぞ!」


「えっ!?」


 119番を終えたらしい春歌が慌てて駆け寄ってくる。

 両目を開けている早苗の顔を見て、ポロポロと涙をこぼした。


「よかった、早苗! 生きていてくれて本当に良かった……!」


「春歌……ん、ごめんね? よくわからないけど心配かけたみたい……」


 顔をクシャクシャにして泣いて喜ぶ春歌に、早苗はほんのりと微笑を浮かべながら応えた。


 微笑ましく笑いあう二人の少女。

 遠くからサイレンの音が聞こえてきて、徐々にこの場所へと近づいてきた。


『緊急クエストを達成。報酬を確認してください』


 ピコン頭の中で響く電子音に、俺は無事に早苗の命を救うことができたことを確信した。


 やがて救急車が到着して、担架に乗せられた早苗が車の中へと運び込まれていく。

 ポーションの効力のおかげで早苗は流暢に会話ができるまで回復しており、救急隊員からの問いかけに自分で答えている。

 少し離れた場所では、遅れてやってきたパトカーから降りてきた制服の警官に運転手の男性が質問を浴びせられている。

 男はいまだにショックから立ち直れていないようで、警官の質問に混乱しきったつたない口調で答えている。撥ねられたはずの早苗のほうがよほどスムーズに話しているくらいだ。

 これではどっちが事故の被害者かわかったものではない。あんな情けない大人にはなりたくないものである。


 呆れて運転手の男を見つめる俺の下へと、春歌が小走りで走り寄ってきた。


「月城君、今日は本当にありがとう!」


「いや、俺は何もしてないよ。救急車を呼んだのは藤林さんじゃないか」


 深々と頭を下げる春歌に、俺は気安く手を振って応えた。

 俺と春歌はクラスメイトであったものの、高校で会話をしたことは数えるほどしかない。

 そんな彼女が泣き笑いのような顔で話しかけられると、無性に照れ臭い気分になってしまう。


「それはそうなんだけど……私一人だったら救急車を呼ぶことだってできなかったと思う。月城君が的確に指示を出してくれたおかげで早苗のことを助けられたわ。本当に、本当にありがとう……!」


「あー、うん。そっか」


「うん……それにしても、月城君ってすごく冷静なのね。落ち着いていて頼りがいがあるっていうか。学校ではあまりしゃべらないし、もっと気の小さい人だと思って…………あ、ごめんなさい!」


「いや、いいよ。実際その通りだと思うからね」


 失言に気づいて慌てて謝罪してくる春歌に、俺は苦笑しながら肩をすくめた。


 正直なところ、俺だって目の前で起こった事故にこんなふうに冷静に対処することができるとは思っていなかった。

 ひょっとしたら、これも精神強化スキルの効力なのだろうか?


「私は早苗に付き添って救急車に乗るけど、月城君は……」


「俺はいいよ。お友達もそれほど重いケガじゃないみたいだし、この格好だからな」


 俺はジャージの上着を枕として早苗に貸したため、上半身はタンクトップ姿である。

 さすがにこの格好で病院まで付き添うのはごめん願いたいところである。


「そっか……このお礼は絶対にするから。ええっと、何がいいかしら?」


「うーん、そうだな……」


 俺は春歌の私服姿を改めて見やり、悪戯っぽく笑った。

 いつもの俺だったら絶対に口にできないようなことを思いついてしまった。


「だったら、今度一緒に遊びに行こうぜ。藤林さんの私服すげえ可愛いし、メガネを取った藤林さんとデートしてみたい」


「へ……?」


 俺の言葉に春歌がピタリと固まる。

 限界まで両眼を見開いて停止して……ボッと燃えるように赤面した。


「ちょ、えっ……急に何を言いだすのよっ!?」


「あははは、それじゃあお大事に。約束したからちゃんと守ってくれよー」


「ちょ……月城君っ!?」


 あわあわとキョドっている春歌に一方的に別れを告げて、俺は自宅に向けて歩き出した。


 以前の俺ならこんなふうに女子をデートに誘うなんて絶対にできなかった。


「これも精神強化のおかげかな? 微妙とか言ったけど、すげえ使えるスキルじゃないか」


 俺は春歌の驚いている顔を思い出しながら、笑顔で自宅へと帰って行った。






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