第2話 目覚めの初日②


「あ……牛乳がっ!」


「んー? どしたの、お兄」


 階段を下りてリビングに入ると、妹の真麻が牛乳をラッパ飲みしていた。


 中学二年生になる月城真麻は休日ということもあって、パンツにキャミソールというとても表にはお出しできないような気を抜いた格好をしている。


 ソファでテレビを見ながら牛乳を飲んでいたる妹の姿に、俺は愕然と叫ぶ。


「真麻っ! お前、なに牛乳飲んでんだよ!」


「なによ、悪いの? 私が買ってきた牛乳を私が飲んで何が悪いの?」


 真麻はムッと不機嫌な顔つきになって言い返してくる。


 残念ながらその言い分は100%正当なものである。


 仕事で家を空けることが多い両親に代わって、真麻は13歳にしてこの家の台所における全権限を掌握していた。


 冷蔵庫の牛乳も当然ながら真麻が買ってきたものであり、それを勝手に飲んだからといって俺に文句を言う権利はなかった。


「…………」


「へ……? あ、お兄ってそんなに牛乳好きだっけ? そんな絶望したみたいな顔しないでよ!」


 たかが牛乳で本気で落ち込む兄を見かねて、真麻が形の良い眉をへの字にした。


「そんなに落ち込まなくても新しい牛乳は冷蔵庫に入ってるわよ。私のだけどお兄も飲んでいいよ?」


「おお、マジでか!」


 真麻の言葉に俺は飛びつくようにして冷蔵庫を開いた。

 キレイに整頓されて食材が詰め込まれた冷蔵庫の中には、新品の「うまい牛乳」が入れられていた。


 まだ封を開いていないため、クエストの指定通りぴったり900mlである。


「サンキュー、もらってくぞー」


「ちょ、私の分まで飲まないでよね!? 私が買ってきたやつだからね!?」


 残念だが妹よ、その願いは叶えられない。

 1本を一気飲みすることがデイリークエストの達成条件なのだ。


「条件は一気飲みだから、一度でも失敗したら終わりだな。冷蔵庫にはコレ一本しかなかったし……」


 牛乳を片手に部屋に戻った俺は、飲み口を開けて、ふう、と大きく深呼吸をした。


 チャンスは1回。失敗は許されない。

 まあ失敗したのならコンビニに走れば済む問題のような気もするが、牛乳の一気飲みなんて何度もチャレンジはしたくない。

 できれば一発で決めたいところだ。


「さて……チャレンジスタート!」


 ゴクゴクと牛乳を喉に流し込む。


 最初は勢いよく飲んでいたが、だんだんと勢いが落ちてしまう。


 たかが1本、されど1本。思った以上に量があった。

 想像していたよりもキツイ。

 そもそも、俺は牛乳が好きじゃない。コップ一杯が限界だ。

 牛乳はまだ半分以上も残っていたが、すでに俺は限界を感じていた。

 もう諦めてしまおうか。マーライオンのごとく全てを吐き出してしまおうか。そんな考えが頭の中によぎる。


 いや、諦めたらそこで試合終了だ!

 せっかくポーションなんてファンタジーなアイテムが手に入るチャンスなんだ。最後まで諦めてたまるか!


 折れそうになる心に鞭を打って、俺は根性だけで牛乳を無理やり胃の中へ流し込む。

 いつもだったらあっさりと投げ出してしまった気がするのだが、不思議と諦める気になれなかった。

 ひょっとしたら、これが【精神強化Lv1】の効力なのかもしれない。


「んぐっ、プハアッ! 飲んだ、飲みきったぞ!」


『デイリークエストを達成。アイテム『ポーション』を獲得!』


 根性を振り絞り、俺は牛乳1本を飲み干した。

 同時にピコーンと音が鳴って、クエストボードが目の前に現れた。


 クエストボードの左上に『アイテム』のアイコンが出現しており、赤いビックリマークが浮かんでいる。


 俺がアイコンを押すとリストのようなものが表示された。

 リストは一番上に『ポーション』の文字とイラストが描かれており、そこから下は全て空白になっていた。


「ここを押して……お、出た!」


 リストにある『ポーション』を押すと、透明のビンに入った青い液体が出現した。


――――――――――――――――――――


ポーション

 回復アイテム。あらゆる傷を治療して体力を回復することができる。

 対象者の口から飲ませるか、傷口に直接かけることによって効力が発動する。


――――――――――――――――――――


 ご丁寧にクエストボードにアイテムの効力が表示された。

 うん、わりと親切だ。


「すごいアイテムっぽいけど……さすがにこれも検証できそうもないな。わざとケガをするのも痛そうだし、それにもったいない」


 ゲームをやる時もそうだが、俺はこういうアイテムはギリギリまで温存したい派閥の人間である。

 たった一つしかない回復アイテムを実験のために消費するのはもったいない気がする。


「これの検証もまたの機会だな……なんか釈然としない気分だけど」


 俺はどこかにポーションを隠しておこうと机を開けるが、そこにしまうよりも先に青い液体が入った小ビンが消えてしまった。

 どこに行ったのかと慌てて周りを見回すと、クエストボードのアイテム欄の中にしっかりと納まっていた。

 どうやらクエストで取得したアイテムを取り出すだけではなく、しまうこともできるようだ。


「ふうん? だったらこれはどうかな?」


 机の上のボールペンを手に取ってクエストボードに押し込もうとしてみるが、ボールペンはどうやっても中に入らなかった。

 どうやらクエストによって獲得したアイテム以外は入れることができないようだ。


「まあ、それは仕方がないか。ともかくこれですべてのデイリークエストは達成だな。今一つ効果のわからないものばかりだけど……」


 デイリークエストという名前からして、明日になれば新しいクエストが発生するはずだ。


 これ以上、クエストボードの能力を検証できないことは非常にもどかしいのだが、すでにデイリークエストはすべて達成されていてできることはない。


 大人しく新しいクエストが出てくるのを待つしかないかと、俺は歯噛みしながらクエストボードを閉じようとした。


「ん、これは……?」


 と、そこで右上のインフォメーションに見慣れた赤い『!』がついていることに気がついた。

 先ほどまではなかったはずのそれを押してみると、新しい情報が追加されていた。


――――――――――――――――――――


Information(NEW!)


おめでとうございます!


全てのデイリークエストを達成したことにより、クエストボードに新しい機能が追加されました。


――――――――――――――――――――


「おお、マジでか!」


 牛乳一気をあきらめていたら、これらの機能を得ることはできなかったかもしれない。

 やっぱりあきらめないというのは大事なことのようだ。


 デイリークエストの下に新しいアイコンが追加された。


『ワールドクエスト』と『緊急クエスト』という新たなクエストだった。






――――――――――

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