第16話「……聞いてください。」

「明日までは」

「アタシの彼氏でいてくれないかな?」「え?」

「お願い。」

「……」

「いいよ。」

気づけば首を縦に振っていた。

というか今日はずっとカップルみたいだったから今更感もある。


「本当?……うれしそうな。うふ」

自分から言っといてなんだその反応は?断られると思ってたとか?まさかー


「じゃあ移動しよっか。」

「うん?」

「練習部屋があるからさ。」


ギターを持って部屋を出る。

エレベーターで地下へ。


【003 スタジオ】

と書かれた部屋。より子はこの部屋も借りてるのだろうか。

ガチャ

パチッ

部屋は防音用のスポンジで壁を覆われて色々と楽器が置いてある。

「ここの部屋は借りてるのか?」

「?ここもアタシのだよ?」

「どゆこと?」

「あ、言ってなかったね。ここは家のおじいちゃんの会社の持ってるマンションで、あたしが一応管理者なんだ~。」

「……!?」

「つまり、全部屋がより子の物ってこと!?」

「まぁ、住んでる社員さんもいるし、オフィスも、倉庫代わりにしてる部屋もあるから全部屋ではないけどね。ほとんどは、アタシが自由にできるよ。」

「ここはその一つってことか。」

「そう。日中は貸し出しもしてるスタジオだよ。」

すごい。スケールがちがう。

これがより子が学校に行かずに普通に暮らしている理由だ。おじいちゃんの後ろ盾があるのだ。

「これ、座って?」

より子が折りたたみ椅子を出してくれた。

「ありがとう。」

「ちょっとチューニングするから待っててね。」

弦を慣らしながら調弦するより子。

服装もあいまって、ガールズバンドのメインボーカルっぽい。

「よしっ」

より子はギターのシールドをアンプにさす。

ここに来てから、より子は真剣な顔だった。


「ふぅー。間違えたらごめんね?」

「頑張れ!」

「ありがとう♪」

「……ヒロぽんに暴露するけど、アタシは昔バンドをやってたんだ。アタシがメインボーカルであとメンバーが四人いてさ。でも、辞めちゃった。辞めざるを得なくなっちゃったんだ。この力のせいで。」

「あっ……」


「……聞いてください。」



フゥー………



ジャーンジャンジャカジャカジャンジャンジャカ

ジャーンジャンジャカジャカジャンジャンジャカ

………


音色は素直に真剣に。

まっすぐ俺に突き刺さる。

彼女が音楽に向き合った歴史がしっかり感じられる。


『アタシの人生は空っぽでー』

『いつでも愛をー集めてるー』


いつもの幼い声とは違う強い声。



『アタシは未だに気づかないー』

『心の底に穴が空いている事をぉー』


誰かの心に響けと唄っているのか

私の心よ、届けと唄っているのか


『誰かアタシに教えてくれよー』

『正しい呼吸の仕方をー』

『誰かアタシに気づいてくよー』

『アタシはどこにいるのだろうー』


より子の部屋を思い出す。

1人で住むには広すぎる部屋。

大きすぎる家具。

あれは家族で暮らす部屋だ。


この歌詞はより子自身なんだ。


『誰かアタシをそばにおいてー』

『アタシを置いていかないでー』

『アタシを1人にしなーいでよー』


彼女の孤独を唄った唄なんだ……。



「ありがとうございました。」



気づいたら俺は泣いていた。

涙が勝手に出ていた。

俺は今日、彼女の孤独を少しは埋められただろうか。彼女を1人にせずにすんだだろうか。


この涙は共感もある。

孤独の寂しさは俺にもわかる。

違うのは、ファクターという人間的な生活を阻害する感情の爆弾。


「ぐずっ」

「ヒロぽん、泣いてるの?」

「ごめん。感動して。」

「そうなんだ。それは、嬉しいな。」

「ありがとう。聞かせてくれて。」

「ううん。聞いてくれてありがとう。」

「部屋戻ろう。俺の決意、聞いてほしいし、より子の話も聞かせてほしい。」


「……わかった。いこうっ♪」

より子は俺の手を引く。

今日が終わるまでは俺は、より子の彼氏だ。

より子のために今日できることを。全力で。


そんな勇気をあの歌からもらった気がする。

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