燃える写真と消える思い出

志央生

燃える写真と消える思い出

 夜半の海は真っ黒く、静かにすべてを飲み込むそうな怖さがある。その砂浜で僕は一斗缶と数冊のアルバムを持ってやってきていた。

 適当な場所で一斗缶を置き、その中にアルバムを捨てていく。これから行うのは思い出の忘却。

 缶に入りきらずあぶれたアルバムの上からオイルをかけ、マッチを擦る。勢いよく点った火が冬の風に揺れ、消えそうになった。それを見て僕はマッチから手を離す。重力に忠実に火は落ちていき、一斗缶の中へと入っていく。

 僕は砂の上に腰を下ろして、思い出が焼け始めるのを待つ。耳を澄ませば聞こえてくる、ジリジリとアルバムが焦げ付いていく音。一気には焼けず時間をかけて少しずつ燃えていくのだ。

 あの中には彼女との思い出が詰まっている。記念に、と撮った写真はいつしかアルバムを埋め尽くして、数冊分の量になっていた。

 中を開けば、鮮明な記憶として思い出すことができる。それくらい僕にとっては大切なもの。無くしてしまえば思い出すことはできなくなるだろう。

 パキッと焦げ落ちるような音がして、僕は一斗缶に意識を戻す。ぶ厚い表紙が焼けて、中にまで火が入り始める。灰になっていく写真と消えていく思い出。その二つが僕を未練から断ち切ってくれる。

 缶の中が明るく点り、冷えた空気を暖め始める。それが春の陽だまりのようにも思えた。燃え上がった火は一気にアルバムを包み込む。あとは時間が経てばすべてを焼き尽くすだろう。

 僕は腰を上げて、真っ黒な海へと向かい身を沈めていく。波に溶け込み、ただ攫われていくように僕は漂い、天地も定かではなくなっていく。

 やがて意識も朦朧としていく中で、遠くに煌めく灯りがまだ点っていた。

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燃える写真と消える思い出 志央生 @n-shion

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