14.-side.W- この壁を壊すのはまだ怖い(2)

「──心にもない事を言いやがって・・・!!」


 気がついたら、ティーテーブルを勢いよく叩いていた。


その振動のせいで、カップがガチャガチャ鳴る。


「形だけの婚約者だからって、思ってもないことを言いやがって・・・!お前らは影でバケモノのようだと、普通じゃないといつもいつも俺を笑いものにするくせにっ!」


ティーカップがひっくり返った。


置いてあった茶菓子が崩れて地面に落ちていく。


そうなった時には、既に遅かった。


「・・・!!」


ハッと彼女の方を慌てて見たら、顔を真っ青にさせて地面に這いつくばっていた。


とても綺麗だと思ったドレスは、紅茶がびっしょりと染み込んでいて、刺繍の美しさも台無しになっている。


「っ────ふざけるな!」


 クルリと背を向けて走り出した。


苦しい、苦しい、苦しい!


一体俺は何をしているんだ!!ふざけるな・・・!


庭から出て、屋敷の外廊下を通って、訓練所を走り去って──


 気がついたら、庭師の男が住居として借りている、小さな倉庫まで来ていた。


「・・・おや?どうしたんですかい?坊ちゃん。」


鋏と軍手を握って、反対側の庭の手入れをしに行こうとしていたようだ。


「──っ!黙れ!」


 なぜか、何もかもが嫌になる。ぐるぐると頭が回って気分が悪くなる。


なんにも考えていなさそうにしているこの庭師の男にも苛立つ。


思わずカッとなって、癇癪を起こしたように暴力を振るおうとしかけてしまったその時。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 恐怖に駆られた、女の子の叫び声がさっきまでいた庭園から響いてきた。


「!!?」


「え!?今の叫び声は・・・って!坊ちゃん何でお嬢様を一人置いてったんすか!?」


庭師の男が、目を大きく見開いて向こうと俺を見比べた。


「うるさい黙れ!お前は家のものにあのガキ・・・ツィーナの身に危険があることを知らせろ!!騎士団にもだ!忘れるな!!」


「えっ!?あ、はい!知らせたらすぐにそっちへ向かいますんで!」


「──当たり前だろ!?」


 そう、怒ったように叫んで、何も考えずに走り出してしまった。


(ツィーナに何が起こったんだ・・・!?でも、アイツのそばには侍女が一人いたはずだ・・・!下手に手も出せないし、何かあっても侍女がツィーナを優先して逃がすはずだろう!?)


ドクドクと、嫌な予感がして全力で走る。


まさかあの侍女──前まで見た侍女や使用人と違う、見たことの無い女だった。


・・・だが、まさか。


そんな考えを振り払って、通り過ぎた訓練所から木刀を一つ掴み、また走った。


間に合え、間に合え・・・!


ツィーナと今までいた庭まで戻ってきたら、丁度人が争っている声が聞こえてきた。


「このっ・・・散々逃げ回ったからよ!こっち来なさい!」


 口を片手で塞がれて庭園の奥に引きずられていく、ツィーナの姿が微かに見えた。


焦って追いかけたが、あのまま正面から彼女を助けようとしても人質に取られて敵わない。


そうしている間に、ツィーナの姿が見えなくなった。


「駄目だ・・・!また俺のせいで死ぬなんて、俺が許すわけねえだろ・・・!」


 今度は迷わずに、庭を回り込む。


後ろからあの女を殴って昏倒させれば、ツィーナを救い出すくらいはできるだろう。


そのままあの女が意識を失わなければ、ツィーナを先に逃がす。


(死なない程度に・・・!)


ブルブルと手が震える。


人に凶器を向けるのが、どれ程に恐ろしいものなのか初めてわかった。


訓練の時とは全く違う。


しかも、防御も何も出来ていない女を背後から木刀で殴る・・・!?


最悪死ぬかもしれない。怖い。


それ以上に、あそこへ足を踏み入れて、彼女を守ったら全て認めないといけない気がした。


それが一番怖かった。──だが。


「やっ・・・いやっ!離せ!」


「し・・・ね!このガキ!」


 それを見た瞬間、女が本気でツィーナに石を振り上げた瞬間、迷いはなくなった。


「──何、俺の婚約者を泣かしてんだよっ!」


ボソリと呟いて、飛び出る。


そうして、ためらいなく木刀を振り上げた。


「離せ!死ぬのはお前だ!・・・法に裁かれてな!!」


「がっ・・・」


 予想外にも、力の調節が上手くできたようだ。


女は目をチカチカさせ、気を失った。


前髪の長い薄気味悪い女がツィーナに覆いかぶさってるのが気に入らず、彼女をそこから引き上げる。


(・・・随分とお粗末な刺客だな。子爵家と今じゃ落ちぶれたポンコツ伯爵家には釣り合っているかもだが、舐められたものだ。)


苛立ちを覚えていたが、泣きそうになって俺を見上げているツィーナを見て、ふ、と口元が緩んだ。


「よう。泣き虫。」


 まだ俺は、彼女を受け入れるのが怖い。


けど、今にも壊れそうなこの小さな少女を俺の手で守りたいと思った。


ただそれだけだ。

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性悪+悪徳子息の婚約者!?「言っておきますが、未だ天邪鬼な貴方を愛せるの、私くらいですからっ!」 眞神乃 花咲 @magabanada

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