12.明日は槍が降るようです(2)

 期待していた褒め言葉以下だったから、いじけてしまった私は、どうにか言葉を紡がなければと声を出した。


「ありがとうございます。これからも伯爵家の婚約者として相応しい行動を取れるようにしていきます。」


表情筋が死んでしまったが、それを叱咤して無理やり令嬢スマイルを作る。


 それを見たウェイドが何故か固まる。


後ろでマリアが「絶対零度の笑みとはこれの事ですかね・・・」と呟いていた。


そこまで顔に出ていたの・・・?


そんな私の絶対零度の笑みに怖気付いたように、ウェイドがタジタジしながら私に声をかける。


「お、お前は・・・伯爵家の婚約者としてではなく、俺の婚約者として相応しい振る舞いをするんだ。何を勘違いしている。」


「認識の違いですか・・・?さほど変わらない気もしますが。」


「大分違うからな!いいから言い直せ!」


 自分本位な発言に聞こえるけれど、ウェイドはこんな物言いしかできない性格だから仕方がないのかもしれない。


その件については、スルーすることにして私はお礼をする。


「ウェイド様。先日は助けてくれてありがとうございます。あの時はどうなるかと、とても不安でした・・・」


 そう言ってお辞儀をしてから刺繍したハンカチを取り出す。


「その・・・私の刺繍したハンカチ・・・全然上手く刺せてないんですけど・・・」


 そう、前々回を読めば(?)わかるけど、マリアが刺繍をしていただろう。


その横で実は私は刺繍を教わっていたのだ。下手すぎて無かったことにしようとしたが。


こっそり真似ていたのだけれども、すぐにバレて危ないからとマリアの監視の元ですることになった。


その作品がこちらだ。


「・・・何だこれは?・・・人喰いバナ?」


 まさかの発言に目を丸くして足踏みをしてしまう。


言動までもが肉体年齢に引きずられているようで、恥ずかしくなるけれど、やめられないとまらない。(イラッ)


「なんでそうなるんですかっ!」


「じょ、冗談に決まっているだろ!これは・・・俺の屋敷の庭にある花と・・・俺だ!」


思わずガクリと力尽きてしまう。


令嬢の皮もなんも被れなくなってきてしまって悲しくなる。


「ちが・・・いますううう・・・大体なんでハンカチにウェイド様を刺繍するんです!」


 確かに花は屋敷にあるものを見て、私が一番綺麗だと思ったものを刺した。


もう一つは黒猫だ。


この国では、黒猫は魔を避ける存在として大切にされている。


黒い肌のウェイドは忌避されてるのにね・・・


あ、だから黒い生物は自分だと思ったのだろうか・・・


まあそれは関係ないことだ。


「もう一つは黒猫です。魔を避けられるように、ウェイド様が危険な目にあいませんようにって思いを込めて刺繍しました。」


「・・・」


 ジロジロと失礼にも私のハンカチを受け取らず、眺めるウェイド。


「・・・黒い塊にしか見えないから何かと思った。刺繍をしてくれたみたいだけど、こんな貧相なもの使い道はないな!」


「な、そんな・・・」


あまりにも酷い、と言いたいが確かに私が刺したハンカチは・・・うん。


・・・コレを渡すこっちの方が酷いね。


分かっているからこそショックだ。


「まあどっかで雑巾とかに使うかもしれないからなあ。もらっといてやるよ。」


ウェイドは、へっと鼻で笑って私の手からハンカチを取った。


複雑だ。ありがとうと言うべきなのか、失礼極まりないと怒るべきなのか。


「そうだ。」


ピタと止まってウェイドは、気まずげにあちこちをキョロキョロし始めた。


さっきとは打って変わって、ちょっと太い、いつもはつり上がっている眉を下げて落ち着かなそうにしている。


「その・・・うん。に言われたから、謝ってやる。前は階段から落として怪我をさせてしまって悪かったよ。」


 ・・・明日は槍でも降るのでしょうか?


ウェイド・カニンガムが、あの、舌を噛みちぎってでも自分の非を認めないはずのウェイド・カニンガムが・・・


謝った・・・。


「あっ、そうだ。謝罪をしてくれるなら、それよりも今度お手紙に書いていた美味しいスウィーツ店に一緒に行きませんか!?」


「それは断る。」


 不機嫌そうに断られた。


手紙を書いていてもだけど、なぜか自分からの誘いはするくせに、私からそういう誘いをするとウェイドは断ってくるのだ。


 謝罪をされてモヤモヤするのを誤魔化すために色々考えているが、最終的な思考はここに戻ってきてしまう。


(あっ!乙女ゲームのウェイドとは違うし謝ることも変なことじゃ・・・ないよね!それに伯爵に言われたから謝ったみたいだし・・・)


どうにも私は、彼の謝罪を素直に受け入れられないようだ。

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