10.しばらく彼には会えないようで

 それから、無事私はデフレット家へと帰った。


予定よりもだいぶ遅くなり、日が落ちてしまったが仕方ないだろう。


お母様とマリアが馬車に一緒に乗って迎えに来てくれて、心が温かくなった。


二人揃って大泣きをしたから、私は大人二人をなぜかあやす羽目になった。


 けど、こうも連続で怪我をしてしまったのだから、仕方ないのかもしれないよね。


「お母様、お父様はお仕事?」


「ええそうよ。お父様には今は知らせないわ。知らせたらきっとあの侍女の首を斬りに行く気がするの。」


 侍女の話が出た途端、深くため息をついて下を向くマリア。


マリアは自分が私について行ったらこんな事は起こらなかったのだと思っているように見えた。


「そうですね・・・ですがこれで今後の課題もまた増えましたね・・・」


 使用人を雇う際の綿密な精査。それが課題だと言いたいのだろう。


 いくら商売で盛り立てたデフレット家が繁忙期とはいえ、雇う使用人の調査を疎かにしてはいけない。


成り上がりの子爵家が無期限雇用をして腕の良い使用人を何人も雇う、なんてことなんか難しいだろうし。


「せめて信用できる方を短期でもいいから毎年雇用できたらねえ・・・特に今の時期とか・・・」


お母様もふう、とため息をついて遠い目をする。


重要な業務は、お父様が主にしているが繁忙期にはその一部がお母様やマリアに回ってきたりもする。


そんな時には私につける信用のおける侍女も護衛もいないため、お母様もお父様も大変だろう。


「お母様、それなら私護身術を習いたいわ。」


ポツリと呟いたら目を丸くされた。


「む、無理よ!」


「だって子爵家が・・・しかも我が家の使用人として雇われたい方なんて限られる方たちだもの。

それなら私は最低限自分の身を守れるような力を身につける。」


「言っておくけれど、とても大変よ?ツィー、今までそんな体を動かすことしてなかったじゃない!」


 そう言われて、俯く。


でも、そうじゃないと・・・


「まだ私は12歳だよ!?お母様!今からでも習っておいて損は無いもの。ウェイド様はあの歳で自分の身を守れるほどにお強いの!私もそうならなくちゃ・・・」


「ツィー・・・」


「それに、あらためて思ったけれど私運動してないせいで他の子達よりも細い体してると思うの。体づくりだってしないと健康にも悪いわ!」


にへっと笑うと、お母様も根負けしたのか困ったように微笑む。そして私の両手を握って言った。


「わかったわ。あなたが一人前に大きくなったらもうこんなおかしな被害なんか一気に減るとは思うの。むしろ嫁ぐ頃にはすっかりなくなってると思うわ。けど今は・・・あと七、八年はとっても心配よ。あなたの護衛や、そばに入れるマリアの代わりの侍女も探すけれど、いざと言う時にすぐに動ける体をつくりましょう。」


 本格的な護身術は教えられない、とお母様は言って寂しげに微笑んだ。


なぜ、と聞きたかったけれど私は伯爵家に嫁ぐ身、加えて私たちは成金一家と言われているのだ。分不相応な振る舞いを今からしている訳には行かないのだろう。


・・・まあ、学園に入ったらウェイドとヒロインをくっつけるつもりだから私には関係ないのだが。


なんて言うことは言えないのでニッコリと笑って頷いた。


「わかりました!お母様。」



- - - - - - - - - - - - - - -



 頭の傷は、ひどく化膿すると思ったけれど、ウェイドの家の眼鏡さんの処置と指導が正しく、とても腕のいいものだったのかそこまで悪化はしなかった。


 襲われた私は騎士団の方々に色々と聞かれたけれど、彼女のことは刺客だとしか分からず他のことは全く不明だった。


そして私は怪我をして襲われたショックもあるからか、思ってたよりも質問攻めにはされず後日、ということになった。良心的だ。


 むしろお父様とお母様のほうが大変だったらしい。


まあそうだろう。


雇用主であるから、紹介先やその経緯、その他諸々たくさん聞くことがあっただろう。


思ったよりもその辺の仕事を騎士団はきっちりとやっていて感嘆した。



 事件の日から一週間経った。


私は襲われて怪我をしたということもあり、自宅でゆっくりとしている。犯人の目星はついてないらしい。


後で聞いたけれどあの侍女は独房で亡くなり、身元も不明。


貴族にしては貧相だから論外だと思うし、庶民だとしたら貴族付き侍女になれるのだから相応の家の平民となるだろう。


母と父に紹介した先の人は知らぬ存ぜぬらしく、嘘は言っていなさそうだったらしい。


それなのに未だ彼女が誰なのか、そして彼女に私とウェイドを貶めることを命じた人が誰なのか分かっていないのが薄ら寒く感じる。


 切り替えて予定の書かれた暦を見つめる。


今週のウェイドとのお茶会は中止なのだろう。


 お茶会に行けない時には、ウェイドに手紙を送るのもいいかもしれない。


暇な私はごそごそと便箋を用意して、書くことにした。


沢山書く内容がある。ここのおすすめのお菓子がとても美味しいとか、最近どんな夢を見ただとか。


 少しでも私のことを知ってもらおうと色々詰め込んで書く。


そして少しでも早く、ウェイドのことを知れたらいいと思った。



手紙を書き終えてから、今までのこと、前世と今世の記憶のことを考える時間にしてたら、ふと思ってマリアに尋ねることにした。


「ねえ、マリア。」


「なんです?」


刺繍を傍でしていたマリアは、手を止めて聞いてくれた。


ふむ、私も刺繍ができたらどんなに良かったことなのか。


「その、私が学園に入学する日っていつだったかな・・・?」


「え、お嬢様。来年ですよ?ツィーナお嬢様は先月も結構な頻度で楽しみにしていると仰っていたではないですか。」


 目を丸くして驚かれたから、笑って誤魔化す。


「あ、あはは。その、頭を打って色々と混乱しちゃっていたみたい!ありがとう、思い出せた!」


「大丈夫ですか・・・?やっぱりもう少しゆっくりしておくべきですかね・・・また来週まで療養期間を増やして・・・」


「だ、大丈夫だから!」


 さすがに頭を打ったら、前世の記憶を思い出しました。

そのせいで今の私の記憶と前世の記憶が混濁してよくド忘れするんです、なんて言えるわけが無い。


それこそお医者様行きだ。


違う意味で。


 しかし、マリアの言葉を聞いて目が遠くなる。


来年か・・・確かに前の私ならば、可愛い制服。憧れの先輩。ステップアップした授業。


それに、今は使用を禁止されている魔法を13歳になれば使うことが出来る。


確かにそれは楽しみだ。


楽しみなのだけれども・・・


(モブの私の死亡フラグがなぁ・・・)


 そもそもモブにフラグがあるのかどうかも知らない。


今のウェイドを見ても、捻くれてはいるけれど、成長すればそんな暴走して自分の感情を制御できないほどにはならないと思うのだけれど・・・


学園は中等部と高等部の二つがあって、13~15歳が中等部、16~19歳の四年間が高等部だった。


確か戦闘パートはヒロインが17歳。

ウェイドも17歳で私が15歳になる時だ。


あと三年もある。その間に成長するし、大丈夫だと思うのだけど・・・。


私は何かを見落としているのかな?

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