9.私は今の彼を見る

「よう。泣き虫。」


 息を切らせて、そばかすの女を殴ったものだろう棒を担いだその手は震えていた。


・・・助けに、きてくれたのだろうか?


「庭師の男を呼んでおいた。すぐに安全は確保されるから安心しろ。」


「・・・・・・」


「なんだ?まだなんかあるのかよ?それともまだ怖いのか?面倒くさいな・・・クソ。」


 俯いた私に不機嫌そうな声を出して聞くウェイド。


けれどその声にはどこか不安そうな色が滲んでいた。


「ふっ・・・うえ、ふえええ、うああああ!」


「!!?」


 気がついたら抑えきれなくて、弱い自分が苦しくて、さっきまでの殺されるという恐怖が湧き上がってきて涙が勢いよく溢れ出てきた。


「ひぐっ、えぐっ、うっ・・・」


「な・・・泣くな!うるさいんだよ!」


「うあああああああああぁぁぁん!」


「あーーーーー!!うっせえ!いいからこれで・・・」


胸元を探っていたウェイドが固まる。


その間も涙と鼻水がでろでろと出てきて止まらなかった。


ああ恥ずかしい。絶対にみっともない泣き顔だ。


「・・・ない・・・」


 何かを呟いたウェイドが、上着を脱いで私の顔にゴシゴシ擦り当ててきた。


「みぎっう、いだ、いだい!なに、ふるの!」


「うるさい!その汚い顔をマシにするために拭いてやってるんだよ!俺に感謝しろ!」


「あだだだだっ!ぼた、ボタン!ボタン顔に当たってるのぉ!いたいぃぃぃぃ!」


「あっ・・・ごめ、もう良い!自分で拭け阿呆!」


 喉をひきつらせながら、ぐしぐしと自分の顔を拭く。


さっきのウェイドの乱暴な拭き方で、鼻水がびよんと伸びて顔に張り付いているのだ。汚い。


「ぐすっ。」


「・・・・・・」


「ぐすっ。」


「・・・・・・」


 唐突にウェイドがガシリと私の頭を掴んで髪型が崩れるほどにわしゃわしゃと撫でてきた。


「傷・・・大丈夫か?」


「痛いけど、そこは触られても大丈夫・・・」


「ハァ!?俺は何もしてない!」


バッと手を離して背を向けられる。


ふふっと笑いかけた時に、丁度庭師らしき男性がやってきた。


「坊ちゃん!執事に声かけて今騎士団を呼んでいるところです!例の女はどこですか?」


「フン。遅いじゃないか!この女が目を覚ましたらどうなってたか。・・・ココだ。」


 グイ、と私を倒れているそばかすの女から遠ざけて指で指し示す。


「これですか。・・・うへぇ、よく上手いこと気絶させられましたねぇ。」


「うるさい黙れ。こんなの次期当主として当然の心得に決まってるだろ?むしろ凡人でもできるに決まってる。」


「ははは・・・」


 ずいぶんな言い様に庭師は苦笑をした。


けれど、そこに嫌悪はないように感じる。


(なんだ・・・あなたにも味方がいたんじゃない。)


 少しだけ、身勝手にも寂しく思った自分に頭にきた。


けれど原作のウェイドには、ツィーナが死んでからの味方なんて一人もいなかった。


(庭師さんに何かあったとか・・・?)


 ウェイドに話しかけている様子を見るとだいぶおおらかで優しく、彼を放っておけない人なのだろう。


そんな彼が、苦しむウェイドを見て見ぬふりする気がしない。あくまでただの推測だけど。


「お嬢様?どうしたんですかい?・・・あっ!頭から血が出てるじゃないですか!治療しないと!」


「あ、いえ、大丈夫です・・・。予備の包帯もありますし、家まではそれでなんとかしておきます。」


「フン。雑菌やらなんやら入ってるかもしれないって言うのに放置しておくのかよ?屋敷まで何十分かかると思っている。アレが腑抜けでもここの使用人はプロなんだよ。もちろん専属の医師だって侯爵家には劣るが腕も良く信頼のおけるものだしな。こっちこい。」


アレとは、多分だがウェイドの父親のことだろう。


「いちいち一言多いなぁ・・・」


「あ?」


 気が付かない間に口に出していたようだ。


ビクリと肩を竦めて慌てて首を振る。


「なんでもないです・・・!」



- - - - - - - - - - - - - - -



「少し我慢して下さいね~」


「いつつつった!」


「あはは、へんな声ですね。好きなだけ出してください~。痛みもマシになりますよ。ね?」


 ニコニコ笑顔を振りかざす、眼鏡をかけた男性が私の傷口から異物を取り除いて消毒液を塗る。


髪は長髪らしい。一つ結びにしていて清潔な感じだ。


(この世界の男性って結構ロン毛似合う人ばっかなんだね~・・・)


ウェイドは後ろは軽く刈り上げの短髪で、前髪をお坊ちゃまみたいにウェーブがけセットしているけれど。


「・・・・・・」


「なんだよ。」


ジロジロと見てたせいでウェイドは、視線に気がついて私に聞く。相変わらず不機嫌そうにむすりとした顔だ。


「いや、ウェイド様にはあまり長髪似合わなさそうだな~なんて!あはははっ!」


「あ?」


「・・・いえ。」


 ちょっと距離が縮んだと思ったのは私の勘違いらしく。


さっきまで調子に乗ってしまったのかなって反省してたのにまた距離感を間違えたようだ。


「あ、でもその白い髪の毛すごい綺麗ですし長い髪も見てみたいかも・・・ですね。」


 また迂闊な発言をしたかもと途中で気がついて、声が小さくなっていく。


案の定ウェイドはため息をついて後ろを向いた。


「・・・うるさい。それだけ喋れるならもう大丈夫だろ。」


 そのまま部屋を出ようとするウェイドに対して、眼鏡の男性が声をかけた。


「ウェイド様?婚約者様を放っておくべきではありません。次期当主になられるのですから相応の振る舞いをしてください。」


「・・・・・・分かっている。」


 先程まで朗らかに笑っていた医者がウェイドに対して冷たい目線と声をかけて固まる。


使用人じゃない、専属の医師にすら次期当主になるのだから、あなたは次期当主なのだからと幼い頃からずっと言われ続けていたのだろうかと考える。


そうしてゲーム通りならどんなに成果を出しても、それ以上をどんどん求められるのだろうか。


・・・それは一体どれ程の重責なのだろうか。


「わ、私は、大丈夫、ですよ?」


 無責任な事は言いたくないけれど、苦しそうな表情をしているウェイドを放っておけなかった。


「その・・・私はウェイド様に助けてもらいましたし、こちらの家にも迷惑かけて、それでも心配してくださったのは分かりました。」


「・・・ほう?」


「だから、まだまだたくさん時間はありますし、これからウェイド様とゆっくり分かり合えたらいいかなって・・・思います。」


 眼鏡の男性は、スっと目を細めて私を品定めするように見つめてきた。


「・・・私・・・をしっかり見て、知りたいと思います。」


 そう、何十年もの間、上辺しか見ずにただウェイドを傷つけていた貴方たちと同じにはなりたくない。


そんなその他大勢と同じように一方的に責めたくない。


・・・なんの罪もないはずの彼を。


(生まれながらに罪を背負った子供なんていないはずなのに・・・なんで伯爵家のほとんどの人が差別をするのかな。)


ましてや、次の伯爵家の権力者。


次期当主であるウェイドに対して・・・


きっとその時の私はウェイドを傷つけたばっかりなのに成長せず、自分は特別だと調子に乗っていたのだろう。


そう、気づく日は遠くなかった。

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