第51話

 放課後。


 今日は、野球部の午後の練習が中止になったので、家へ向かいがてら、僕は当てもなく街をブラついている。


 母親の背中ですやすやと眠っている赤ん坊も、半ズボンで元気一杯に走り回っている男の子も、若い女性に連れられて散歩するトイプードルも、皆100年後には、この世界から跡形も無く消えている。


 まるで最初から、この世界に存在などしていなかったとでも言う様に。


 何で皆、あんなに楽しそうに笑っていられるんだろう?


 まるで、自分には死なんて訪れないとでも思っているのであろうか?


 死は、もうすぐそこまで迫っている。


 ここにいる皆、一人の例外もなく、地球上に立っている人間は全て、余命150年以内なのだから。


 笑ってる場合じゃありませんよ。


 あなたの余命は、あと150年以内なんですから、もう時間は残されていませんよ。


 だから、へらへらするなよ。


 もっともっと、自分の命と真剣に向き合って、自分の命の全てを材料とした自分だけのアートをこの世界に置いていけなければ、そいつは、汚物だ。


 人一人分の居場所を、無駄に使い潰して、無価値な人生の最後に、【いい人生だった】とか言っちゃうんだろう?


 お前達のは【人生】じゃない【オナニー】だよ。


 ただの自己満足。


 そもそもお前等、【人間】じゃなくて、臭くて汚い【汚物】だし。


 だから、笑ってる暇なんて無いだろう?


 赤ん坊だからって、呑気に眠ってる場合じゃ無いだろう?


 それとも、お前も、お前も、そこの畜生トイプードルも皆、そろって、生きる事を諦めた汚物なのか?


 あぁ、なぁんだ、そういう事か。


 この街は、なんだか臭うと思っていたけれど、それもそのはず、よくよく見れば、ここにも、そこにも、あそこにも、不快な臭いを放つ汚物がこびりついているじゃないか。


 この街の役人ごみくずは、一体何をやっているのだろうか?


 治安じこまんとか、教育おままごととか、そんな事を話し合う前に、まずは汚物を拾って処理してくれよ。


 そもそも、役人ごみくずも汚物なのだから、選挙なんかしてる暇があったら、この世界から消えてくれないだろうか?


 そうすれば、改革などしなくても、この街はよっぽど綺麗になりますよ?


 この世界から消えてくれたなら、僕に選挙権が与えられた暁には、あなたに必ず投票しますから。


 だから、お願いします。


 今すぐこの世界から消えて下さい。


 自分が人間ではなくて、汚物だという事実に、いい加減気づいて下さい。


 あなたの命は、全くもって、この世界には必要ありませんから。


 あなたが、この世界を汚している。


 汚物はちゃんと綺麗に処理しなくちゃダメでしょう?


 どういうつもりで、あたかも人間であるかの様に振る舞って、この街を闊歩かっぽしているのであろうか?


 この街にこびりついた汚物共は、へらへらと、呑気に笑いながら、かけがえのない命の時間を平気な顔でドブに捨てるのだ。


 腹が立って仕方が無い。


 人間になるつもりのない雑魚が、この世界に生まれてくるなよ。


 生まれて来たなら、血反吐吐いて、足掻いて、もがき苦しんで、人間を目指せよ。


 こんな奴等の為に、先人達は、命を懸けて平和を未来へ繋いでくれた訳ではない。


 この世界には、汚物共がへらへら笑って立っていても良い場所なんてないのだ。


 生きたくても生きられなかった人々が、それでも、自分の死んだ後の未来の世界で、誰かが自分の分まで生きてくれたなら良いと、命懸けで作ってくれたこの世界で、何でお前等はへらへらしていられるんだ?


 お前等には心が無いのか?


 どういう神経してるんだよ?


 お前等が汚物じゃなくて人間だって言うのなら、生きられなかった人々の分まで、その人達の命を背負って、血反吐を吐きながら醜く足掻けよ。


 それが出来ないというのなら……。


 手を離してしまい、空高く舞い上がっていく風船を見上げて、女の子が泣いている。


 命懸けで作り上げた世界がこれか?


 あの女の子が死んだなら、彼女の両親は、きっと嘆き悲しみ、自分たちは世界で一番不幸だという顔をして、一生その痛みを抱えて生きていくんだろう。


 それは、見る視点を変えたなら、生きる為の原動力を【娘】から【娘を失った痛み】へすげ替えているだけだ。


 自分の勝手なエゴで子供を作って、それが奪われたら、その痛みを新たなエゴにして、自分の命を続けていく。


 どこまでいってもエゴでしか生きられない憐れな汚物共。


 彼等は、一体いつまで下らないおままごとをしているつもりなんだろうか?


 死ぬまでかな?


 脳みそ腐っちゃってるもんな。


 あいつも、あいつも、あいつだって、死んだ所で世界に1㎜だって影響しない。


 超人にんげん凡人おぶつも、皆必ず死ぬけれど、世界はそれでも回るのだ。


 ならばどうして、僕は今ここに立っているのであろうか?


 今ここで歩みを止めるのと、50年後に止まるのでは、一体どれ程の差が生じるというのであろうか?


 この先、世界中を驚かせる様な偉業を成し遂げた所で、遠い未来、ビッグバンが起これば、今の宇宙と共に何もかもが無に帰する。


 ならば、超人にんげん凡人おぶつも関係ない。


 この世界に、本当の意味で絶対に必要な人間なんて、一人もいないのだ。


 所詮はいくらでも代わりの利く量産型、そもそも人類オワコンだって、この宇宙には全くもって必要ない。


 記憶も記録も、人類オワコンの作り上げてきたものは全て、遠い未来に宇宙ごと消えてなくなる。


 そんな現実なんてお構い無しで、平気な顔をして生きていられる人間達おぶつは、皆どいうメンタルをしているのだろう?


 気が狂っちゃってるのか?


 それともヤバイ薬を一発キメちゃってるのだろうか?


 あるいは、この絶望的な現実を前にして、足がガクガク震えて立ち竦んでしまう僕の方が、人間失格というだけの事なのか?


 『この世界は、全然イージーなんかじゃありませんよ』


 見上げた空が、あまりに綺麗なので見惚れていると、急に空がボヤけて、僕の目から、溢れる想いのこもった生温かい一筋の雫がこぼれ落ちた。


 『ごめん。やっぱり無理みたいだよ』


 僕を愛してくれた、僕の最愛に向けて、心を込めて謝罪する。


 『僕には、こんな世界の上で、ずっと笑っているなんて、無理だ』


 どこへともなく歩いているうちに、気がつけば、僕は小高い丘の上の公園に辿り着いていた。

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