第48話

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 時は遡って、昨日の夜。


 とある男が、夜の校舎に忍び込む2人の少年を目撃した。


 夜間警備員という立場上、男は、その少年達を注意して、家に帰る様に促さなければならなかったのであるが、その男はそうはしなかった。


 それはなぜか?


 学校に忍び込んだ2人の少年の内の1人が、昔から知っている男の子だったからだ。


 男は、階段を上る2人の少年に気付かれない様に、懐中電灯のスイッチをOFFにすると、足音を殺して少年達の跡をつけた。


 少年達は、階段を上り切ると、扉を開けて屋上へ向かった。


 詳細な会話の内容は上手く聞き取れなかったけれど、男の知り合いでは無い方の少年が【手品を披露する】とか何とか言うや否や、両手を水平に広げて、背中から屋上を飛び降りた。


 ゴシャッという音がした。


 とても美しい音だった。


 男は、2段飛ばしで階段を駆け降りると、少年の死体を確認しに向かった。


 少年の死体からは、ヌメヌメとしたピンク色の腸が飛び出しており、それは、月明かりに照らされて、筆舌に尽くし難いくらいに綺麗に輝いていた。


 それを見た男の股間に血液が集まる。


 『ゔっ、あぁ〜、あっ…』


 次の瞬間、男の股間の先端から、激しい性的興奮に起因する何かが飛び出した。


 快楽に果てて、悦に浸っていた男の耳に、何者かの足音が飛び込む。


 男はガクガクする足で、駐輪場の影に身を隠して足音の主に目をやると、それは、昔からよく知っている方の少年であった。


 彼は、飛び降りて死んだばかりの少年の死体に歩み寄ると、それを能面の様に感情のない表情で見下ろした。


 男は、あんなにも冷たい表情をする少年を、初めて見た。


 いつだって、人を気遣う、優しい心を持った男の子。


 それが、むごたらしく辺りに内臓を飛び散らした人の死体を、あんな表情で見下ろすなんて。


 少年は、徐に、地面に転がっていたバタフライナイフを拾い上げると、死体から飛び出した腸を切り取って、それを死体の傍らに並べ始めた。


 それが終わると、残りの腸から何個か一口サイズに切り分けたものをポケットにしまって、少年はゆったりとした足取りで、その場から立ち去った。


 少ししてから、男が死体に駆け寄ると、そこには、【人生最高】という文字に並べられたピンク色の腸が、月明かりに照らされて、綺麗に輝いていた。


 それは、確かに、一つのアートであった。


 それを見た男は、また果てた。


 『ゔっ、ゔぅ〜、ゔ〜ん。あぁ〜い』


 ぬめり気を帯びた股間が、少しだけ気持ち悪かったけれど、そんな事はお構い無しで、男は、文字を作るのに余ったのであろう、地面に無造作に放置されたピンク色の腸を手に取ると、嬉しそうに口の中へ放り込んだ。


 『あぁ〜、ゔぅんめぇ〜。ゔっ、ゔぅ〜んゔっ、あっ、あぁ〜…』


 腸を一噛みする毎に果てる男は、天にも昇る夢見心地でそれを咀嚼そしゃくし、その味をじっくりと噛み締める。


 (人間の腸って、こんなに美味しいんだ。こんなに美味しいホルモンが取れるのなら、何にも生み出さないで年金を食い潰すだけの老害共を、皆捕まえて、食用にケージで飼育してその腸をスーパーで売ったら良いのに。そうしたら、年金問題も解決するし、邪魔な老害もこの世界から消えるし、皆ハッピー。人間の腸専門のホルモンの店を作ったら、絶対繁盛するに決まってる)


 将来、東京の一等地に、人肉ホルモン専門店をオープンするという、光り輝く夢を見ながら、男は、その場で眠りについた。


 キャーッという少女の悲鳴で、男は眠りから覚めた。


 何やら、誰かに電話をかけようとしているらしい女の子は、男と目が合うや否や、またしてもキャーッと悲鳴を上げて、その場から、一目散に逃げ出した。


 今時の女子高生の中では、悲鳴を上げるのが流行っているのであろうか?


 まったく、若者の感性というのは、おじさんには良く分からない。


 股間がカピカピになっていて、とっても気持ちが悪かったけれど、お腹が減っていたので残りの腸を堪能たんのうする事にした。


 一口毎に、味わう様にゆっくりと腸を咀嚼していると、けたたましいサイレンの音が、遠くの方から、こちらへ向かって近づいて来るのが聞こえた。


 何かあったのであろうか?


 この辺りで何か事件でもあったのか?


 本当に物騒な世の中になったものだ。


 そういえば、知り合いの少年が、最近この辺りに不審者が出るとか言ってた様な気がするな。


 等と男が考えていると、学校の中へ数台のパトカーが入ってきて、ようやくサイレンが止まった。


 男に向かって、血相を変えた警察官達が駆けてくる。


 あぁ、なんだ、そういう事か。


 さっきの少女が、警察に電話して、ここに来れば新鮮なホルモンが食べられるって教えてあげたんだ。


 心優しい少女。


 本当は、全部一人で食べたかったのだけれど、でも、美味しい物はシェアしなきゃね。


 あっ、そうだ。インスタにあげとこう。


 業務を放ったらかしにして、パトカーのサイレンまで鳴らして急行して来たのだから。


 国民の為に、身を粉にして働く、歪んだ正義感を掲げた哀れな犬共に、少年の腸を分け与えてやる事に決めた。


 あらあら、そんなに慌てなくたって、まだこぉんなに腸は余ってますよ。


 男は腸をクチャクチャしながら、こちらへ向かってくる警察官を眺めていた。


 次の瞬間、なぜだか男は警察官に抑え込まれて、手首に手錠をかけられた。


 えっ?なんで?


 パトカーに乗せられて、警察署へ連行される男は、昨夜の月明かりに照らされた綺麗なピンク色の腸を思いだして、また果てた。


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