第47話

 焼肉屋でお腹一杯ホルモンを食べた。


 今日のホルモンは、僕の人生の中で今まで出逢った事のあるどのホルモンよりも美味しくて、僕の体はそれを食す喜びに震えを禁じ得なかった。


 きっと、僕ととても相性の良い個体にんげんの内蔵だったのであろう。


 あぁ、美味しかった。


 焼肉屋を後にした僕は、なぜだか分からないけれど、無性に甘いものを食べたい衝動に駆られたので、コンビニに寄ってラクトアイスを購入し、公園のベンチでそれを開けた。


 腹から腸が飛び出した坂上さんの死体を思い出すと、ラクトアイスをすくうスプーンが良く進む。


 内臓の飛び出した人間の死体なんて、人生で初めて見たけれど、あれだね、ああいう物を見ると、甘い物がいつもの何十倍も美味しく感じるんだね。


 ケーキバイキングに行く前には、スプラッター映画を鑑賞するか、嫌いな奴の腹を掻き切って、腸を引きりだす事をおすすめします。


 もし、あなたが後者を選ぶのであれば、七輪しちりんを持参して、引き摺り出した腸をそれで焼いて食す事をお勧め致します。


 人間のホルモンって、マジで、体が震えるほど美味しいんだから、チャンスに恵まれたなら食べない手は無いよ。


 いや、マジで。


 これ、本当に、騙されたと思って一回試してみて、コンビニのアイスが、あっという間に、メチャメチャ美味しい高級なスイーツにトランスフォーメーションしちゃうから。


 もし、あなたが人を殺す事に引け目があるのだとすれば、気にする必要は無いよ。


 確かに法律では禁止されているけれど。


 人を殺せば環境問題が解決するし、絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅの絶滅を危惧する必要も無くなるんだから。


 あと、シンプルに、人間の内蔵ってとっても綺麗だから、一度手に取って見てみて欲しい。


 写真に収めてインスタにアップすれば、100万フォロワー獲得間違いなし、あなたはあっという間にインフルエンサーになる事でしょう。


 僕は、この街の若者達が、ファッション感覚で人の腸を引き摺り出す様になってくれたら素敵なのになぁと、心からそう思っているのです。


 腸をその目で見たのなら、きっとゾックゾクして、良い気持ちになって、その日の夜はいい夢を見られると思うよ。


 あぁ、今日は本当に良い物が見られた。


 一生の思い出にしよう。


 家に着くなり、僕は歯も磨かずにベッドに飛び込んだ。


 夢の国で思いっきりリフレッシュした後で坂上さんが披露してくれた素敵な手品を堪能した。


 あの人の腸は、とっても綺麗なピンク色をしていて、何よりとっても美味しかった。


 人間の腸は、タレでいくよりも、塩、出来るなら岩塩でいく方が数段美味しくて、食感も、牛のそれとは比べ物にならないくらい良かった。


 本当に、素敵な一日であった。


 夢じゃないかしら?


 こんなに充実した一日を過ごすのは、いつ振りであろうか?


 おそらく、この世界の残酷さなんて何も知らなかった、無邪気な幼児だった頃以来ではないだろうかと思う。


 あの頃の僕は、ただ鼻をほじくっているだけでも人生が充実していた。


 あぁ、それにしても眠たい。


 体が命ずるに任せて目を閉じると、僕の意識はあっという間に遠のいて、夢の世界へと吸い込まれていった。


 夢の中でくらい、白馬に乗った王子様や、スーパーヒーロー、空を自由に翔る鳥やなんかになれたらいいのに。


 僕は夢の中でも、相変わらず僕のままなのであった。


 ただ一つ、夢の世界が現実と違うのは、雲一つ無い快晴であるというのに、まるでゲリラ豪雨の如き激しい雨が降っているという事だ。


 なぜ、こんなにも晴れ渡る世界で雨が降っているのだろうか?


 現実世界の雨は、空が泣いた結果だけれど、きっとこの世界で泣いているのは、僕の心なのであろうなと思う。


 激しい雨に打たれているというのに、僕の体全く濡れていない。


 明日の朝、目覚めた時に、とんでもない寝しょんべんを漏らしていたらどうしよう。等と考えていると、ふいに、僕は【奴】の存在に気がついた。


 雨の街の中に、全身黒ずくめで、コートのフードを目深に被り、顔の部分が木のうろの様になっている男が、佇んでいた。


────


 お前は、もう決めたのか?このまま惰性だせいで飛び続けるのか?


 さもなければ……


────


 男の声は、テレパシーの様に、直接僕の頭の中に語りかけてくる。


 『僕は決めたよ。僕は…』


 ピピピピッピピピピッという、聴き慣れた電子音にサルベージされて、僕は現実の世界へと舞い戻った。


 起き抜けの頭に、いつもの如く、母さんの優生思想を叩き込まれたけれど、なぜだか、それほど嫌な気持ちにはならなかった。


 眠い目を擦りながら朝ご飯をかきこむと、星占いをチェックしてから、僕は、家を飛び出した。


 野球部の朝練の為にグラウンドへ向かうと部員達が何やら騒ついている。


 動転した様子の黒田が、僕に駆け寄って来た。


 『おい、安藤。落ち着いて聞けよ』


 落ち着きのない様子の黒田が、僕に言う。


 『どうしたんだよ?みんなアップもせずに騒ついてるけど』


 『坂上さんが死んだ』


 あぁ、なんだ、それか。


 そっかぁ、朝練で早く登校して来たどこかの部活の部員が、坂上さんの死体を見つけて警察に通報して、その後で、その話を拡散したのだろう。


 ちゃんと死体の写真をインスタにアップしたであろうか?


 後で探してみて、見つけたら、【いいね】しよう。


 それにしても、夜間警備員の田中さんは何をしていたのだろう?


 あれ程、不審者がいるから警戒して警備に当たってくれと頼んでおいたのに。


 死体を見つけたのが彼ならば、こんなに大事にはならなかったはずだ。


 少なくとも、死者が坂上さんだという事がこんなに早く皆んなに伝わる事はなかったはずである。


 『死んだって、事故にでもあったのか?死ぬ程の病をわずらっている様には見えなかったけど』


 取り敢えず、空とぼけてみた僕に、


 『誰かに殺されたんじゃないかって話だ』


 『殺された?いつ?』


 『昨日か、今朝の早い時間帯。少なくとも今日朝練で一番乗りした学生が学校に着くよりも早い時間だよ』


 『どうして、そんな事が分かるんだ?』


 『坂上さんが、この学校で死んでいたからだよ』


 僕は演技なんてした事が無いから、上手く演じられていたかは分からないけれど、驚いたびっくり仰天という様な表情を作った。


 『転落死らしいんだけど、腹が刃物で切り開かれていて、腸が飛び出していたらしい。しかも、その腸を使って文字が作られたいたとかなんとか。そんなイカレた事をする狂人がこの街に住んでるかもしれないと思うと、なんか、信じられないよな?』


 『何で、坂上さんが殺されなくちゃならないんだよ?』


 見ていますか?坂上さん。


 あなたの手品は、こんなにも多くの男子高校生の心を掴みましたよ。


 よかったですね。


 素敵な手品をありがとうございました。


 『分からない。あの人は、人に恨みを買う様な人じゃ無いからな。まぁ強いて言うなら、あの人の才能に嫉妬した誰かの犯行か』


 まさか、誰も、坂上さんがこの世界のあまりのレベルの低さに失望して、自ら命を終わらせたなんて想像もつかないだろう。


 『ていうか、本当に学校あるのかよ?殺人事件が起きたかもしれないのに』


 これは演技じゃなく心からの言葉である。


 この学校のコンプライアンスは一体どうなっているのであろうか?


 まずは、生徒ファースト。


 学生の安全を守るのが、学校が一番に優先すべき義務なのではないか?


 『今の所、警察からは学校を封鎖しろとは言われていないみたいだな。いっても、俺達高校生だから、これが小学校とかならまた話は違ったのかもしれないけれど、現に、今こうやってグラウンドが使えてる訳だから、学校は普通にあるんだろ?』


 人が一人くらい死んだ所で、世界は通常運転。いつもと変わらず回っていくのだ。


 それどころか、例え人類が絶滅しようが、この世界は痛くも痒くもない。


 むしろ、環境問題があっという間に解決して、歓喜の雄叫びを上げる可能性すらある。


 なのに、人間(特にこの世界の人間の99%を構成する、脳みその腐っちゃってる人達)は、命はかけがえのない宝物だと、心の底から信じちゃってる。


 宗教にどっぷりとはまった人達を好奇の目で見て、キモいキモいと罵るくせに、自分達のキモさには全く気がつかない憐れな猿共。


 この世界を見限って、死を選んだ坂上さんは、少なくとも、今ここで騒ついている、人間の振りをした猿共よりは、何十倍も賢いのだろうと思う。


 『それじゃあ、まぁ、キャッチボールでもしないか?』


 という僕に。


 『いや、お前、ドライだな。いつもキャッチボールしてた先輩が死んだんだぞ』


 黒田が、信じられないという様に返してくる。


 『死を嘆いていれば坂上さんが帰ってくるっていうなら、いつまでだって嘆くけど、今ここで騒ついた所で、あの人は帰ってこないんだから、だったらキャッチボールをした方が良い。そう思わないか?』


 少し前が空いた後で、


 『あぁ、確かに、お前の言う通りだ』


 と言って黒田がグローブを左手にはめた。


 終わった事を嘆いていたって仕方ない。


 この世界は、いつだって前に向かって進んでいるんだ。


 情けも容赦もなく、一定の速度で、ひたすら前に進み続ける。


 ついていけなくなった者は、この世界から弾き出されて、残された者達は、それを嘆く猶予ももらえずに、いつか弾き出されるその日まで走り続けなければならないのである。


 それが、どんなに過酷なマラソンであったとしても。


 この世界に生まれて、この世界で生きると決めたなら、その人間の前には、走り続けるという選択肢しか無いのである。


 それが出来ないのなら……。


 僕は、目一杯の力を込めた渾身のボールを黒田のグローブに放り込んだ。


 さようなら、坂上さん。


 いつか、また、会いましょう。


 空を見上げると雲一つない快晴であった。

 


 





 


 

 


 

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