第46話

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 『ある所に、これといって特筆すべき所の無い、凡庸ここに極まれりといった体のゴミくずと、生まれて来ても来なくてもこの世界に何の影響も及ぼさないであろう、全く面白みの無い塵芥ちりあくた同然のなまゴミが暮らしていました。


 そのゴミくずなまゴミは、この世界で勝ち上がる為のロジックも、幸福を手に入れる術も知らないくせに、ただ皆んながそうしているから、というだけの理由から、結婚をして、当然の様に欲望に任せて子供を作りました。


 要するに、この世界の大多数を占めるゴミ共と同じ様に、彼等の脳みそは腐っていたのです。


 少し想像力を働かせてみれば、簡単に分かりそうなものであるのに、脳みその腐った塵芥共は、自分の頭で考えるという事を放棄しているから、永遠に何も分からずに、無意味に人生を浪費して、あっても無くても変わらないその命の幕を閉じるのです。


 もう、あまりに滑稽こっけい過ぎて、笑う気すら起こりません。


 親が言ったから。


 先生が言ったから。


 テレビで言っていたから。


 偉い人が言っていたから。


 皆んながそうしているから。


 何十億とある命の、その使い道には一つも同じものなんてなくて、何十億通りの生き方があって当たり前なのに。


 自分の生き方は、自分で責任を持って決めなければならないのに。


 常識や周りの意見を優先させて、自分の頭で考える事を放棄した両親ゴミくずに生きる資格なんて無いのに、彼等は、自分達の命を無意味に浪費するだけでは飽き足らず、ついには子供を生みだした。


 不遇を人や、環境や、世界のせいにしておいて、そんな世界に子供を生み落とそうとする両親ゴミくずの気がしれない。


 全く、呆れて物も言えません。


 自分の頭で考える事を放棄した結果として腐ってしまった脳みそを頭に詰め込んだ彼等は、日々をドブに捨てる様に浪費するのに忙しくて、訪れるべくして訪れる結末を予測する事など、当然出来ませんでした。


 子供を捨てるにはお金が必要である。


 お金を稼ぐには仕事が必要である。


 仕事に就く為には力が必要である。


 だから、力の無い塵芥共が子供を生んで良い道理など、この世界のどこを探しても見当たらないのに、彼等の脳みそは腐っちゃってるものだから、そんな小学生でも分かるくらいに簡単な事にも思い至らないのであった。


 だから、道理に反したゴミくずなまゴミの前に、その当然の帰結として【現実】という名前の化け物が、絶望を用意して待っていたのである。


 現実のあまりの残酷さに、彼等の心は簡単に折られてしまった。


 世界にペシャンコに押し潰されてしまったゴミくずなまゴミは、脳みそが腐っているので、自分達が考えもなしに生み落とした子供の行く末など気にも留めず、ただ、自分達の抱える恐怖と絶望から解放されたいというだけの、あまりにも独りよがりなエゴイズムから、【死】という道を選択した(本当は、彼等が選択したのでは無く、世界に操られるマリオネットとして、選択した様に思い込んだまま死んでいっただけだけれど)。


 その人生の中で何も成さずに意味もなく苦しんで死を選ぶのなら、最初から生まれて来なければ良かったのに。


 本当に、塵芥共の思考回路は宇宙の様に謎で満ち溢れています。


 まず、ゴミくずが死んで、なまゴミがその後を追う様に死んでいった。


 この世界から、臭くて汚らしいゴミが2つ消えた事を思えば、彼等は、その人生の中で唯一、意味のある行動を取ったのだ、と言えるのかもしれない。


 そして、この世界に残された子供は、劣等遺伝子というハンデキャップを物ともせずに自らの力で、この世界に適応したのでした』


────


 クックックッと、坂上さんが笑い声を立てる。


 『どうだ?面白くも無い話だろう?』


 『そうですね。聞いてるだけで、何だか胸がムカムカします』


 たしかに、この世界の99%は脳みその腐った人間で構成されている。


 だけれど、彼等だって、その腐った脳みそなりにではあるけれども、精一杯考えて、人生をより良くしようと七転八倒しちてんばっとうしているのだ。


 その努力は、評価するべきではないか?


 ある者は、【やりがい】という言葉で、経営者に搾取され続ける自分の惨めな人生を、誤魔化ごまかしたりする。(こんな人に限って、映画に出てくる奴隷の事を可哀想だなぁという目で見る。しかも、心の底からそう思っているのだ。でも、脳みそが腐っちゃってるんだから、仕方がないんだよ)


 ある者は、借金に【家】とか【車】とかいう名前をつけて、嬉しそうにそれを背負い込む、そしてそれを返す為に心をすり減らすだけの無意味な人生を送り、命の幕を閉じる。(そういう人に限って、パチンコで借金を膨らませる人を見下していたりする。でも、これだって脳みそが腐ってるから仕方の無い事なんだよ。大目に見てあげなくちゃ)


 ある者は、人の為に生きると言って、【ボランティア】という名前のエゴイズムで、自分を満足させたりする。(そういう人に限ってただ美味しいから、という理由だけで肉を、自らの生命を維持するのに必要な量以上に貪り食ったりしちゃうのだ。何度も言うけれどこれは、脳みそが腐ってるから、仕方の無い事で、だから、憐れな彼らの事は、大目に見てあげなくちゃいけないんだよ)


 ほら、見て下さいよ。


 彼等なまゴミだって、一生懸命努力しているじゃないか。


 やり方が完全に間違っているから、その努力が報われる事は永遠に無いけれど。


 でも、彼等なまゴミは頑張ってる。何の為にかは分からないけど、とにかく懸命にこの世界にしがみついている。


 脳みそが腐っているっていうのにさ。上手く自分を誤魔化して、全く意味の無い人生を心を壊す事無く送っているんだ。


 涙ぐましいではありませんか?


 生きる必要なんて無いのに、誰にも必要じゃないのに、勝手に生にしがみついて、好き好んで苦しんでいるんですよ?


 偉いじゃありませんか?


 普通の精神をしていたら、あんなにみっともない意味のない人生を送るなんて、とても出来ない。狂ってしまう。


 だから彼等なまゴミの事を悪く言うのは良くないですよ。


 その無意味な命を繋ぐ為に、億千万の命を貪り食ったって、地球環境を破壊しまくったって、大目に見てあげなくちゃあ。


 何たって、彼等なまゴミの脳みそは腐っちゃってるんですから。


 だから、そんなに悪く言うのは、やめて下さいよ。


 聞いてるだけで、胸がムカムカしてきます。


 『その、残された子供っていうのが、坂上さんなんですか?』


 『あぁ、そうだよ。どうして、あの塵芥共の劣等遺伝子から、こんなにも優秀で、完全無欠の人間が出来上がったのかは分からないけれど、とにかく、俺は、簡単にこの世界に適応する事が出来た。それはもう、あっという間にな』


 『ご両親を恨んでいるんですか?』


 『恨んでなんかいないさ。そもそも、どんな顔をしているのか、どんな声をしているのかも知らないんだ。ただ分かっているのは、彼等なまゴミが圧倒的な弱者であったという事だけ。だから、恨んでなんかいないしむしろ、俺は彼等をうらやんでいるくらいだよ』


 『羨む?どうして?』


 坂上さんは上半身だけで僕に振り返ると、


 『無能力な弱者共は、こんなにイージーな世界でも全力を出しても歯が立たないだろ?彼等なまゴミは試行錯誤出来る。俺の両親なまゴミはあまりにも弱過ぎて、心を壊してしまったけれど、でも、強過ぎて何も感じないよりは、よっぽどマシだ。彼等なまゴミは、嘆き悲しむ事が出来たんだから』


 坂上さんは、僕の目では無く、遥か遠くの何かを見ている。この空間とも、この時間とも切り離された、遠いどこかを。


 『苦しみ、悲しみ、思い悩めるって事は、とても幸せな事だよ。俺にはこの世界が余りにも簡単過ぎるから、思い悩む余地なんて全く無い。正しい道が手に取る様に分かるからどうやったって間違わない。全力を出さなくたって、神童と呼ばれる奴らをあっという間にひねり潰してきた。俺は、ハードモードに生まれて来るべき人間なのに、間違えてイージーモードに生み落とされてしまったんだ。退屈だよ。ここは、あまりにも退屈過ぎる』


 確かに、この世界は、脳みその腐っていない1%の人間には、あまりにお粗末で、とても住めたものではない。


 だけど……。


 『だからって、猫を殺して良い理由にはなりませんよ』


 『お前がそれを言うのか?まぁ、確かに猫には悪い事をしたと思っているよ、俺も』


 坂上さんは、また僕に背を向ける。


 『さぁ、つまらないお話しはここまでだ。今日は一つ、お前に面白い手品を見せようと思うんだ』


 そう言うと、坂上さんは腰を上げて屋上の縁に立ち、夜の闇を背にして、僕に振り返った。


 『手品?見せたいものって、手品なんですか?』


 わざわざ、こんな場所まで連れて来て、よっぽど大掛かりな手品なのであろうか?


 『あぁ、そうだよ。赤子の首を捻る様に、アリンコの命を踏み潰す様に、あっという間に一つの命を消し去るんだ。それはそれは素敵な手品だよ』


 坂上さんは、ポケットからバタフライナイフを取り出すと、迷いのない力強さで、自分の腹を掻き切った。


 『こうすると腸が綺麗に飛び出すんだよ』


 両手を水平に広げて、十字架の様な形になった坂上さんは、


 『俺は、イージーモードはやめにして、ハードモードに生まれ変わる事にするよ。じゃあな、安藤』


 坂上さんは、ゆっくりと、まるでベッドに背中から舞い落ちる様に、夜の闇へと吸い込まれていく。


 『ほら、こんなにも簡単に……』


 『命が、消える』


 ゴシャッという音がした。


 とても綺麗な音だった。


 なぜだか、僕は焦るという事も無く、ゆっくりと階段を降りると、坂上さんの死体を目指して歩き出した。


 【それ】は、もう僕の尊敬していた先輩ではなく、ただの肉の固まりだった。


 結局の所、彼も、この世界に操られる憐れなマリオネットの、その一体に過ぎなかったのかもしれない。


 よくよく思い返してみると、僕は、彼の事を尊敬してなどいなかった。という様な気もしてきた。


 坂上さんが言う様に、確かに、死体の周りには綺麗なピンク色の腸が飛び出していた。


 せっかくだから、坂上さんの近くに転がっていたバタフライナイフで腸を切り取って、【人生最高】という文字を作ってみた。


 『次は、ハードモードに生まれ変われると良いですね。それじゃあ、さようなら』


 僕は、文字を作るのに余った腸を、一口サイズに切り分けて、右のポケットに突っ込んだ。


 この時間にやっている焼肉店はあるだろうか?


 スマホで焼肉店を検索すると、何だか良さそうな店を見つけたので、僕は足早に学校を後にした。


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