第45話
僕と麻生は、時間が経つのも忘れて、心ゆくまで夢の国を満喫した。
閉園時間ギリギリまで遊んで、いざ帰るという段になると、麻生は小さな女の子の様に駄々をこねて、夢の国との別れを惜しんだ。
『別に、またいつだって来れるんだから、今日はもう帰ろう』
『そんなの分からないじゃないの。この後無事に家まで辿り着ける保証なんてどこにもないし、夜寝ている間に隕石が直撃して死んでしまうかもしれないし、ベテルギウスが超新星爆発してガンマ線バーストが地球に降り注いで人類が滅亡するかもしれないし、明日が絶対にくるなんて限らないんだから』
子供みたいな屁理屈をこねくりまわす
『それにさ、今日のこの景色とか、今感じてるこの気持ちは、二度とはない、今、ここにしか無いものなんだから、だから、少しでもこの気持ちが
目に涙を浮かべながら、訳の分からない事を
確かに、夢の国という場所は、楽しくて、キラキラした素敵なスポットであるという事実は認めざるを得ないけれども、それと同じくらい、人の心を狂わせる恐ろしい魔力を秘めた場所なのだという事を、僕は、この身を持って学んだのであった。
帰りの電車は、まるで、朝の通勤電車の様にギュウギュウ詰めであったけれど、電車に詰め込まれた人達は、皆一様に、幸せそうな顔をしている。
幸せな笑顔で溢れるこの電車も、明日の朝には、憂鬱と溜息に塗れた生気のないサラリーマンの群を、会社という牢獄へ連行する死の列車へとトランスフォーメーションするのかと思うと、なんだか、
『それじゃあ、また明日ね』
麻生を家まで送り届けた後で、家路に着こうとする僕を、不意に、何とも言えない胸騒ぎが襲った。
なぜであろうか?
明日確認すればいいだろう?と思う僕の心とは裏腹に、体は、家とは逆の方向へ引き寄せられる。
きっと今日なんだ。
それも、まさに今、この瞬間なんだ。
根拠なんて何にも無いのだけれど、僕は、なぜだか確信を持っていた。
通い慣れたいつもの道も、朝と夜では、まるで別世界になる。
夜のグラウンドに辿り着くと、そこにはやはり【それ】があった。
そして、僕の良く見知った人物が、能面の様な顔で【それ】を見下ろし、佇んでいた。
『こんな夜遅くに、こんな場所で、何をやっているんですか?』
『それはお互い様だろう?お前こそ、こんな時間に、グラウンドに何の用事があるっていうんだよ?まさか、隠れて秘密の猛特訓に励むって柄じゃないだろ?お前は』
『何だか胸騒ぎがしたので、本能の
『なんだよ、それは?』
坂上さんは、いつも通りの人当たりの良さそうな微笑を浮かべると、お手上げのポーズを取り、呆れた様に首を振る。
『それ』
僕は、【それ】を、腸を引き
『それは何ですか?』
『何って、見たら分かるだろう?死体だよ猫の』
『坂上さんが殺したんですか?』
強く握りしめた僕の手は、溢れ出る汗でじっとりと湿っている。
『まあな』
まるで、何でもないという様に、気のない返事をする坂上さんは、相変わらずの人好きのする表情で僕に目を向けている。
『なんで?』
なんで坂上さんが?
なんで猫を殺したんですか?
なんで、そんな平気な顔をしていられるんですか?
なんで……。
『ここで、こうやって猫の死体の傍で待っていたら、誰か、話の分かる奴がやって来ると思ったからさ。やっぱり、思った通りだった。でも、まさか、お前が来るとは思ってもみなかったけれどな』
『何を言っているんですか?』
猫を殺して、僕を待っていた?
猫殺しの犯人の法則を見つけて、ここに辿り着く人物を待っていたという事だろうか?
『まぁ、いいじゃないか、そんな
そう言うと、坂上さんは、
夜の学校は、まるで異世界の様な、不気味な雰囲気を放っている。
学校の怪談なんてものが作られるのも納得の、背筋が凍りつく様な、異様な存在感。
『お前はさ』
坂上さんは、こちらを振り向かずに、背中越しに語りかけてくる。
『お前は、この世界に満足しているか?』
『俺は正直、この世界に飽き飽きしているんだ』
力強い足取りで階段を上る坂上さんは、なおも背中越しに、無機質な言葉を投げかけてくる。
『この世界に生まれて、もうすぐ17年になる。いつになったら世界は面白くなるのであろうかと、待ちに待ってみたけれど、ようやく気が付いたよ。この世界はどこまでいったってつまらないし、人間という存在は、もうオワコンなんだって事が』
階段を上り切り、屋上への扉を勢いよく開けると、坂上さんは、手摺の所まで、力強い足取りで歩んでいった。
『世界がつまらないからって、そんなの、猫を殺して良い理由にはなりませんよ』
『まぁ、それはそうだな。あの猫には悪い事をした』
『あの猫だけじゃないでしょう?何匹も猫を殺してる。そして、その死体をおもちゃの様に扱った』
坂上さんは、僕の方に振り返って、
『それは、お前じゃないのか?』
と言った後で、また、手摺の方に向き直ると、手摺を乗り越えて屋上の縁に腰掛けた。
『まぁ、今となっては、そんな事どうでもいいか。俺は、話の分かる奴に会えたなら、それで良いんだ。お前は、確かに話の分かる奴だからな』
『さっきから、何を訳の分からない事を言ってるんですか?』
『その訳の分からない話も、もうすぐ終わるから、もう少しだけ付き合ってくれよ。見せたい物を見せる前に、一つ昔話をしよう』
いつの間にか、雲が消え失せた、星の輝く空を見上げて、坂上さんは、ゆっくりと昔々の物語を語り始めるのであった。
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