第41話

 『でもさ、本当にそうなのだとしたら、尚更犯人は猫好きなんかじゃないよ、絶対に。命をバカにしてる』


 そう言う麻生の言葉には、抑えようの無いヘビー級の怒りの感情が乗っかっている。


 『とにかく、犯人がカタカナの【ネ】という文字を作ろうとしているのであれば、6番目の犯行現場はこの点だから、実際の犯行現場の距離に落とし込んだらあそこだな』


 僕は、次に猫殺しが起こるであろう惨劇の舞台を木の枝で指し示す。


 『あそこって……』

 『そう、俺たちの通っている学校だよ』

 『犯人はこの街の人間である事はほぼ間違いないとは思うけれど、学校を犯行現場に選ぶなんて、私達の学校の生徒なのかな?』

 『さあね。生徒なのかもしれないし、教師かもしれない、もしかしたら保護者かもしれないしね。でもまぁ、学校とは全く無関係の人間である可能性の方が高いけどね、この街の人口から考えれば、学校関係者なんて、ほんの数%しかいないんだから』


 丘の上から見下ろす僕らの学校は、手に乗る程の小ささで、まるでプラスチックで作ったミニチュアの様である。


 やっぱり、この世界は神様が自分のなぐさみの為に作ったミニチュアの世界なのであろうか?


 だとしたら、ハッピーなだけの世界を作ってくれれば良かったのに。


 神様はどうして悲劇ばかりを見たがるのであろうか?


 そんなに悲劇がお好きなら、シェークスピアの四大悲劇でも読んでれば良いのに。


 そろそろ悲劇に飽きてくれませんか?今からでも良いので、ハッピーだけの世界を作ってくれませんか?


 その為に人柱が必要なのであれば、僕が立候補しますので。


 1%のハッピーと99%の悲劇で構成されたバランスの悪過ぎるこの世界の中で、苦しみ足掻あがき続ける者達は、神様の暇を潰す為だけに、身も心もすり減らして、心に絶望をいだきながら死んでいく。


 この無意味な犠牲を、僕らはいつまで受け入れ続けなければならないのだろうか?


 この無意味に思えるおびただしい数の犠牲の残骸ざんがいは、天高く積み重なって、いつか、遥か遠い未来のハッピーに繋がるとでも言うのだろうか?


 【死】が唯一ハッピーエンドだなんて、こんな世界は絶対に間違っている。


 『犯人が誰であろうが、命を奪う理由が何であろうが関係ない。もう猫は殺させない。必ず、小さな命を僕等の手ですくい取るんだ』


 『でも、仮に君の立てた、ほぼ勘に頼った決めつけの推理が当たっていたとして、それで犯行現場が分かっても、犯行時刻が分からないじゃないの?』

 『問題ないよ』

 『どうして?』

 『だって、僕は野球部だからね』

 『それが何の関係があるの?』

 『知らないの?野球部の練習は半端じゃないんだ。だから、僕は寝ている時間以外はほとんど学校にいる』

 『そんな事を胸張って言ってて悲しくならないの君は?』


 今の会話の中のどこに悲しくなる要素があったのだろうか?


 僕には全く思い当たらなかったから、首を傾げた。


 『それに、寝てる時間以外って言うけれど、猫殺し、それも腸を引きり出してメッセージを作るなんて大胆な犯行を人が集まる学校で行うなら、どう考えたって、君の寝てる時間、深夜に行うでしょう?』

 『それは大丈夫』

 『何が大丈夫なの?』

 『夜間警備員の田中さんと仲が良いんだよ僕は。だから、最近ここら辺に不審者が出るから、いつも以上に警戒して欲しいって頼んでおくよ』

 

 田中さんは、強い正義感と責任感を持ち合わせた信頼できる大人なのだ。


 信頼できる大人って本当に貴重だよね。


 『何で君が警備員さんと仲が良いのよ?』

 『リトルリーグに入る前に、1年間だけ近所の少年野球チームに入ってたんだけど、田中さんはそこのコーチだったんだ。信頼できる人だから大丈夫だよ。全く問題は無し』


 ようやくかすかではあるけれど、犯人への手掛かりを掴めた。


 勧善懲悪かんぜんちょうあく。悪は必ず自らの犯した罪の報いを受ける。


 正義だとか悪だとか、そういう勝者に都合の良い様に作られた概念は嫌いだけれど、でも今回に限っては、【猫殺し】を【悪】とみなして【正義】の力で必ず滅ぼすつもりだ。


 『とりあえず、猫殺しの尻尾は掴めた事だし今日はもう帰るか。流石に猫殺しも、今日の今日で次の犯行は起こさないだろ?』

 『何言ってるの?せっかく外へ出て来たんだから、デートしましょうよ』

 『デート?』

 『そう、デート。考えてみたら、私達、デートした事無いんじゃない?』


 正式なデートの定義は分からないけれど、でも……、


 『デートなら、ついこの間したばっかりだろう?僕に部活まで休ませて、学校の帰りにさ』

 『あれはデートじゃないわよ。あれは互いの愛と愛を確認し合う為の高尚こうしょうな時間、デートなんて俗っぽいものとは全然違うの。そうね、まぁ何か名前を付けるとするなら、あれはそう【魂のお散歩】とでも言っておきましょうか?とにかくデートって言うのはもっと軽くて、お手軽にイチャつくためのヤツなのよ』


 【魂のお散歩】、彼女が何を言っているのかは良く分からないけれど、僕はどうやら自分でも気付かないうちに、麻生と互いの愛を確認し合っていたらしい。


 『なら、お前の言う所のデートっていうのは、何をするんだよ?』

 『それは君が考えなさいよ!デートのプランは男の子が立てるって相場が決まってるでしょう?女の子にデートのやり方なんて聞いてくるんじゃないわよ。ダサいわね!』


 相変わらずの麻生の傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いに、心の中で【これこれこれぇ〜】と歓喜の声を上げている自分に呆れて、僕は思わず苦笑してしまった。




 

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