第40話

 『猫、好きなのかな?犯人は』


 本当の意図はどうあれ、死体の傍らに残されたメッセージを言葉通りに受け取るのであれば、犯人は相当な猫好きという事になる。


 『なら何で猫を殺すのよ?しかも、殺した後に腸を引きり出すなんて、猫を好きな人間がやる事とは思えない』


 『まぁ、そうだよな』


 でも、世の中には、最愛の人を、その愛が故に手にかけてしまう人間だっているのだから、猫が好きで好きで堪らなくて、思い余って殺してしまう人間も、この世界のどこかにいないとも言い切れない。


 どちらにせよ、犯人に辿り着く為の手掛かりが、あまりにも少な過ぎる。


 『あそこと、あそこと、あそこ。それに、あそこ』


 麻生来未が、眼下に広がる街を指差す。


 『何を指してるんだ?』


 『犯行現場』


 『えっ?』


 『だから、猫が殺されてメッセージが残されていた場所だよ』


 『猫が殺された場所……』


 『そう。あそこと、あそこと、あそこに、あそこ』


 僕は、麻生が指し示した犯行現場と、昨日僕が猫の死体を見た場所を、木の枝で地面に書き留めた。


 『これは……』


 もしかすると、もしかするかもしれない。


 『犯行が行われた順番は、ここが1番目で、ここが2番、それでここが3番目で、ここが4番そしてここが5番目だろ?』


 言いながら、僕は地面に書いた犯行現場を指し示す。


 『うん。そうだけど、それがどうかした?』


 『わかったかも』


 『わかったって何が?もしかして犯人?』


 『いや、犯人は分からないけど』


 『じゃあ、何が分かったっていうのよ?』


 『次の犯行現場』


 『犯行現場?』


 『まず、最初の犯行現場がここで、2番目がここ、3番目がここで、4番目がここ、そして5番目がここだろ?』


 僕は、地面に書かれた犯行現場の点を、犯行が起こった順番の通りに線で繋ぐ。


 『それがどうしたの?』


 『ほら、この犯行現場の点を繋いだ線を見てみろよ』


 僕は、地面に書かれた文字を指差す。


 『何これ?【う】?』


 『違う。カタカナの【ネ】を2画目まで書いた状態だよ。【う】だったら、もっと丸みを帯びてるはずだろう?点にしたら5個だけど、これを事件が起こった順に線で結んだら、カタカナの【ネ】の2画目までが出来上がる』


 『なんで2つ目と3つ目の点は線で繋がないのよ?そこを線で繋げたら、【ネ】の2画目まで書いた状態じゃなくて、稲妻マークになるじゃないの』


 『いや、稲妻マークになる様に犯行現場を選ぶなんて意味不明だろ?』


 『カタカナの【ネ】になる様に犯行現場を選ぶのだって、意味不明だし、そんな事を言い出したら、猫の命を奪う人間の思考回路が私には理解不能よ』


 麻生が鼻息を荒くする。


 『ひとまず、犯人はカタカナの【ネ】を作る様に犯行現場を選んでると仮定すると』


 『かってに仮定しないでよ』


 『次はここで犯行が起こる』


 僕は、次に犯行が起こるであろう場所を指し示す。


 『えっ?何でそこなの?【ネ】を作るなら次はここでしょう?』


 麻生は、カタカナの【ネ】の3画目の終点の部分に点を書いた。


 『そうしたら、【ネ】じゃなくて【之】になるだろ?【ネ】にするには、一旦ここに点を打ってから、その次にそこに点を打たないとダメだ』


 僕は、カタカナの【ネ】の2画目の斜め線、即ち4番目の点と5番目の点の丁度真ん中に点を書いて、先程、麻生が書いた点と、線で繋いだ。


 『だから、次の犯行現場はここだ』


 4番目と5番目の点の間に書いた点を指し示すと、


 『君は、どうしてもカタカナの【ネ】が作りたくて仕方がないみたいね』


 そう言って、麻生が呆れた様に肩をすくめた。


 『犯人はきっと、【ネコ】という文字を作ろうとしているんだよ。その文字が出来上がるまでには、あと8匹もの猫の命が奪われる事になる』


 『何で【ネコ】なのよ?』


 『この事件の犯人は、猫殺しという行為しかり、犯行現場に残したメッセージしかり、猫に対する何らかの強い思いを持っている様に感じるから、だから、【ネコ】っていう文字を作ろうとしてるんじゃないか?ってまぁ、言ってしまえば、勘ってやつですね』


 『ただの勘なの?』


 『ただの勘だって、何も手掛かりが無いよりはマシだろ?』


 根拠なんて何もないけれど、でも、きっとそうに違いないという確信に近い思いが僕にはあるのだ。


 こう見えて、僕の勘は良く当たる。


 猫の命を守る為、唯一の取り柄と言っても過言ではない勘の力に、わらにもすがる思いで希望をかける僕なのであった。

 

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