第39話

 『とんだストーカー野郎もいたものだわ。そんなに堂々と犯行声明を出すストーカーはきっと、世界中を探しても安藤君ただ一人でしょうね。言っておくけど、私はストーカー被害を受けたらもちろん刑事告訴するわよ。だって、私はまだ君の正式な女じゃないんだから。まぁ、今ここで私を君の女にするって言うのなら話は別だけれど』


 『僕に付きまとわれるのは迷惑?』


 『迷惑じゃないよ。むしろ嬉しい。今だって、こうやって安藤君と話しているだけで子宮がキュンキュンしちゃってるんだから。ただ……』


 『ただ?』


 『留置所の面会所のアクリル板ごしに君と愛を語り合ってたら、今までとは比べ物にならないくらい子宮がキュンキュンすると思うの。何か出ちゃうかも。とにかく、想像しただけで素敵じゃない?』


 あぁ、そうか。

 この女の子は、僕の想像の遥か上をいくレベルのド変態なんだ。


 この類稀たぐいまれなる変態性を神から授かりし女の子の側にいたいと願う僕は、他人から見ればきっと、とんでもないレベルのド変態なのだろう。


 でも、この世界の約90%はド変態が占めているのだから、この世界で正しい教育を施された僕がド変態なのは仕方がない事だよね?


 『そんな話はどうでもいいから。今は猫の命を守る方法を考えるのが先だろう?何か具体的な策はあるのか?』


 『なんにもないの。引くぐらい熱く燃えたぎるこの気持ち以外、私にはなんにもない』


 『そうか、でも、僕らが遭遇そうぐうした3件の犯行では、犯人は死体から腸を引きり出してメッセージを残してるし、ほぼ間違いなく同一人物による犯行な訳だから、猫殺しを見つける事が出来れば、少なくとも、この先殺されるかもしれない何匹かの猫の命は救えるはずだよ』


 とにかく、この街に潜んでいる【猫殺し】を見つけ出さなければならない。


 彼・彼女は、きっと分かりやすい社会不適合者ではなく、むしろ、しっかりとこの世界のに適合する事によって心を壊してしまったあわれなモンスターなのだろうと、僕は勝手に思っていたりする。


 『猫殺しを見つけ出して、奴の犯行を止められたとしても、車にかれて死ぬ猫や、保健所に殺処分される猫の命を全てすくい取るのは不可能だけれど、でも、今、目の前に掬い取れる命があるのだとすれば、どんな手を使ってでも掬い取らなくちゃならないだろ?』


 『ええ、そうね。たしかに、人間の身勝手で人になつきやすい様に交配させられて、愛玩動物に仕立て上げられた挙句に飽きられて殺処分される、おびただしい数の猫の命の全てを掬い取る事なんて出来ないけれど、でも、それが目の前の命を見捨てていい理由にはならない』


 麻生は、鷹の様に鋭い目で眼下に広がる街をにらみつける。


 『私はどれだけ難しくったって【猫の命を守りたい】っていう私のエゴを、絶対に押し通す。だから君は、私の隣で私の生き様を見ていてよ。きっと、格好良過ぎてオシッコちびっちゃうんだから』


 麻生は僕の方に向き直ると満面の笑みをたたえた。


 『その生き様を文章に落とし込んで小説として販売したら、一生、生きていくのに困らないくらいの大金が入ってきて、猫の命も好きなだけ救えて、私と君はとても素敵な生活を送る事が出来るかもしれないんだから。だから、一瞬たりとも見逃さずに、ちゃんと私の生き様をその目に焼き付けるのよ』


 『なら今は、素敵な物語の序章として、ちゃんと猫の命を掬い取らないとな』


 『そういうこと』


 『まずは犯人を見つけない事には何も始まらないけれど、とは言っても手掛かりが何もないからなぁ』


 『何言ってるのよ?メッセージがあるじゃないの』


 『えっ?』


 『犯人が現場に残したメッセージがあるでしょう?』


 そうなのだ。

 この街に潜むイカれた怪物【猫殺し】は、猫を殺した後で、そのむくろから腸を引き摺り出してメッセージを作るのである。


 あの、道の上で異様な存在感を放つピンク色の文字を思い出すだけでも身体中に怖気おぞけが走る。


 たしか、一つ目が【猫の命を大切に】、二つ目が【猫は私の友達です】、そして三つ目が【私は猫を愛しています】であったろうと思う。


 『来未は、あのメッセージに何か意味があると思ってるの?』


 『当たり前じゃないの。意味のないメッセージなんてないわよ。もし意味がないのならその【意味がない】って言うのがメッセージに込められた意味って事でしょう?何かしら伝えたい思いが込められてるって事よ』


 『意味があるのか?』


 言葉の通りに取るのであれば、犯人はかなりの猫好きという事になるが、しかし、猫を殺してその骸を悪戯いたずらもてあそぶ行為からは、とても猫への愛は感じられない。


 僕は、落ちていた木の枝を拾って、地面に犯人の残したメッセージを書いてみた。


 『あっ、そういえば学校でともみに聞いたんだけど、私が最初に猫の死体を見つけた一週間くらい前に、街の外れで猫の死体を見たんだって。その時は【猫大好き】ってメッセージが残されてたみたい。その3日後には、みかも猫の死体を見たらしくて、その時は【猫は宝物】っていうメッセージが残されてたんだって』


 僕はさっそく【猫大好き】と【猫は宝物】というメッセージを地面に書き加えてみるけれど、やはり、これらのメッセージからは犯人への手掛かりは見つからない。


 好き過ぎて好き過ぎて、その思いが爆発して猫を殺してしまったのか?


 その思いの勢いが余って、腸を引き摺り出してメッセージを作ってしまったとでもいうのか?


 いずれにしても、僕にはモンスターの心理など到底理解する事は出来ないし、猫の命を奪う事は、たとえどんな理由があったとしても絶対に許せない。


 僕は、どうにも抑えられない怒りをしずめる為に、ひとつ大きな深呼吸をした。

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