第35話

 この世界に押し潰されて、立ち上がれなくなってしまったのならば、大人しく死んでしまえばいい。


 死にたく無いのなら、ただひたすらに勝ち続ける他に道はないのだ。


 人間以外の生き物は、皆そうやって生きているじゃないか。


 全ての生き物は食物連鎖の輪の中で生きていて、弱肉強食という普遍の原理の上に立っている。


 僕は、競争は嫌いだけれど、もし自分が負けたのなら、その時は大人しく死ぬつもりだ。


 毎日、数えきれない程の命を奪っておいていざ自分の命が奪われそうになるや否や、涙と鼻水を垂れ流しながら、醜く生にしがみつくなんて、あまりにもフェアじゃないから。


 それに、弱い人間というものは、ただそこに在るだけで、他者に迷惑をかけるものでしょう?


 それが【人の振りをした猿】であるならばなおの事だ。


 だって、現に、みっともなく生にしがみつく、どこかの浅ましい敗北者が、猫の命を奪っておいて、今日ものうのうと、その無価値な命を生き続けているのだから。


 確かに、僕は【皆んなが笑って生きられる世界】を夢見ているけれど。


 でも、そこで笑っていられるのは、【生きられなかった人】の分まで、懸命に命の炎を燃やしている者だけだ。


 弱者や【人間の振りをした猿】共は、綺麗な世界をにごらせる。


 奴らが世界をこんなにも醜く歪めてしまったのだ。


 自らの頭で考える事を放棄して、ただ漫然まんぜんと日々、命を浪費する。


 その無価値な命を保つ為に、幾千万の命をむさぼった挙句、この世界に何も残さずに、まるで始めから無かった者の様に、無に帰すあわれな存在。


 この世界から一人残らず【奴ら】を排除する事が出来たなら、【皆んなが笑って生きられる世界】は、きっと、とても簡単に手に入るのだろうと思う。


 でも、憎まれっ子世にはばかるという言葉に表れている様に、ゴキブリの様な生命力で、最後までこの世界にしがみついているのは、やっぱり、この世界に生きるに値しない【奴ら】なのだ。


 敗者に立っていていい場所なんてないのだから。


 弱いのなら、大人しく、誰にも迷惑をかけない様に、静かにこの世界からフェードアウトしていってくれよ。


 さもなければ。


 さもなければ?


 どうするのであろう?


 僕は、どうしたらいいのであろうか?


 弱者を、敗者を、図々しくもこの世界にしがみつく、この世界に立つ為の資格を有しない者達全てを、この世界の舞台から叩き落としたい。


 二度とは立ち上がれない様に、その心と体を木っ端微塵に砕いてしまいたい。


 そうしたら、僕はきっと、安らかな眠りを享受きょうじゅする事が出来るだろう。


 もしも、その願いが叶うのならば。僕の、この命が無くなったって一向に構わない。


 そうだ。


 そうだよ。


 やっぱり、母さんは正しかったんだ。


 この世界に弱者はいらない。

 弱者は存在しちゃいけないんだ。


 そうだ。決めた。


 僕は、圧倒的な力を手に入れて、目に見える全ての弱者ゴミを、思いのままに踏みつけて、この世界から叩き落とせる人間になるとしよう。


 うん。それは名案だ。


 弱者を全て叩き出したら、泥にまみれて汚れてしまったこの世界も、きっと綺麗な輝きを取り戻すはずだから。


 そこではきっと、深く息を吸う事が出来ると思うから。


 とっても素敵な世界が出来上がるのだ。

 ちょっと想像しただけでもワクワクするじゃないか。


 猫のむくろを目にした僕の心の底から、どす黒い感情があふれ出す。


 これは、僕の考えなのか?


 これは、僕の願いなのであろうか?


 分からないけれど、でも、僕は…。


 生まれてこの方、醜く歪んだ汚い世界しか見た事が無いから、だから、美しい世界が見てみたいのだ。


 その世界には、弱者の居場所なんて微塵もない。


 だって弱者ゴミは、とっても臭くて、とっても醜い汚物なのだから。


 僕の手にはいつの間にか、ヌルヌルと気持ちの悪い触り心地の猫の腸が握られていた。


 僕の手の中の【それ】は、筆舌ひつぜつに尽くし難い程に、圧倒的に美しかった。


 母さんに、今日の夕食はいらないと連絡を入れて、僕は一人、ホルモンを食べに焼肉屋へと歩き出した。

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