第33話

 皆んなで手を取り合いながら味わう事の出来る幸せが欲しい。


 仲の良い友達とも、命をくれた両親とも、愛するひととも、分かり合えない敵対者とも、笑顔で手を取り合っていたい。


 僕はただ、誰もが笑って生きていられる世界が見たいのだ。


 どうして、この世界は勝者しか【幸せ】になれないのであろうか?


 勝ち続けなければ、自分で在る事も許されないこの世界で、仮に、果てしのない戦いに勝ち続ける事が出来たとしても、その勝利の果てに【幸せ】を感じる事が出来ない僕は、どこを目指して進めばいいのだろう?


 命を貰って、この世界にただ在るというだけで【幸せなのだ】と、誰もが心から思える世界。


 そんな世界は、いつになったらやって来るのであろうか?


 『僕には義務を果たすなんて殊勝しゅしょうな事は言えないですけど、僕に出来る限りの最善を尽くしますよ。それがどんな結果になったとしても、自分の選んだ道を後悔したくはないので。まぁ、そうは言っても、まだ、具体的に何をするかは思いついて無いんですけどね』


 『そうか…わかったよ』

 と独りごちる様に呟いた坂上さんは、


 『それじゃあ、俺、あっちだから。また明日、朝練でな』

 と言って、右手を軽く上げると、僕に背を向けて家路についた。


 坂上さんは、僕に何を望んでいるのであろうか?


 なんとなくは分かっているけれど、でも、僕はあなたが思っている様な男では無いのです。と言ってしまいたい。


 自分の尊敬する人が、自分の事を認めてくれる。


 そして、自分の未来に大いなる期待を抱いてくれる。


 こんなにも嬉しい事は無いのだけれど。


 でも、だからこそ、その期待を裏切ってしまった未来の事を思うと、怖くて怖くて堪らないのである。


 【あなたは、僕の事をあまりにも買い被り過ぎているのです】と、ゆっくりと遠ざかっていく坂上さんの背中にテレパシーを送ってみたけれど、もちろん僕の心の声が伝わる訳はなくて、坂上さんの姿はみるみるうちに夜の闇へと溶けて消えた。


 言葉なんかに乗せないで、裸のままの思いを直接伝えられたら良いのに。


 遠い祖先が言葉なんか発明するから、だから人はすれ違って、変な妄想をこじらせて、挙句あげくの果てに、戦争なんかを始めて殺し合う羽目になるのだ。


 人類の生活を豊かにしてきたあらゆる発明が、人類から自由を奪うかせとなり、母なる地球の命さえも奪おうとしている。


 あなた方が、世界をこんなにもややこしくしたせいで、僕は【幸せ】を感じる事が出来ないのです。


 そんな所から見下ろしてないで、ちゃんと責任を取って下さいよ。


 またたく星を見上げた拍子ひょうしに、僕のほほを涙が伝う。


 僕は、心の底から否応いやおうなしに湧き上がる瞋恚しんにを抱えながら、家路に向かい歩き始めた。

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