第26話

 『でも、猫殺しの犯人、どういうつもりなんだろうな?』

 『何が?』

 『猫を殺しておいて【猫の命を大切に】だなんて、猫を殺した奴と、腸を引っ張り出してメッセージを作った奴は別人なのか?それとも、猫を殺した後でようやく猫の命の重さを知ったのか?』

 『なんにしたって、命を奪うのも、そのむくろ悪戯いたずらはずかしめる事も、絶対に許される事じゃない』


 麻生の目には、怒りの炎が燃えている。


 『まぁ、それはそうだよな。でも、もし犯人が猫の命の重さに気づいた可能性が、万に一つでもあるのなら、もう猫殺しは起こらないのかもしれない。いやっ、そもそもこれまでこの街で猫殺しがあったなんて話を聞いた事がないし、突発的な、通り魔的な犯行である可能性は大いにありうる。だとしたら、猫の命守り隊は必要ないんじゃないか?』


 猫の命は守りたいけれど、出来る事ならば、麻生来未あそうくるみをいかれた犯罪者に近づけたくはない。


 『でもさ、通り魔がわざわざメッセージなんて残すかなぁ?』

 『それは、まぁ、確かにおかしい』


 犯人は一体何がしたかったのであろうか?


 猫を殺すのが目的なのであれば、わざわざ腸を引きり出してメッセージを作るなんて、面倒な事をする必要は全くない。


 純粋にメッセージを伝えたかったのであれば、【猫の命を大切に】というメッセージと猫を殺して腸を引き摺り出すというその行動は、矛盾もはなはだしい。


 まぁ、そもそも、猫を殺す様な人間がおかしくない方がおかしいのだから、その言動に一つや二つの矛盾が生じるのは当然なのかもしれない。でも…、


 『やっぱり、何かがおかしいな。猫殺しはまた起こるのかもしれない。だとしたら…』

 『だとしたら?』

 麻生が、くりくりとした目を僕に向ける。


 『何がおかしいのかに気づければ、次の犯行を止められるかもしれない』

 『本当に?』

 『可能性の話だよ、あくまでも。そもそも次の犯行が行われると決まった訳じゃないんだから、でもさ、わざわざ誰かに見つかるかもしれないリスクを犯してまで、メッセージを伝えたかったのだとしたら、犯行は人目につかない所で行うにしても、メッセージは人目につく所に作るはずだろ?』

 麻生は相変わらずのくりくりとした目で僕を見つめている。


 『それで、そのメッセージが、不特定多数の人達に向けられたものではなくて、ある特定の個人に向けられたものだったとしたら、ある程度は犯行現場を絞り込めるんじゃないかと思うんだ』


 『あら驚いた!安藤君、間抜けな顔してるくせに、推理なんて洒落しゃれた事出来るのね?』

 麻生は、まるで世界一頭の良いチンパンジーでも見るかの様な目で僕のを見る。


 『わかった。まぁ、他に犯人を捕まえる為の取っ掛かりも無い事だし、その、君が言う所の【おかしな何か】とやらを考えてみましょうか?』

 『そうだな』


 4時限目の授業中。

 ずっと猫殺しの残したメッセージの事を考えていたら、突然先生に英文の訳をあてられて、全く意味をなしていない訳を答えてしまった。


 いつもなら、ネイティブ顔負けの完璧な訳を披露している所なのだけれど、状況が状況だからね。


 そりゃあ、トムだって、みかんのお家でテーブルにバターを塗ってかじり付く事だってあるだろう?


 その甲斐かいもあって、犯人のメッセージに隠されていた謎はすっかり解明されたのでした。

 と言いたい所なのだけれど、考えれば考える程、頭の中がこんがらがってしまい、それらしい答えは何も思いつかない。


 そもそも、犯人がただの頭のいかれた社会不適合者だったなら、メッセージに隠された意味などあるはずもないし、その可能性は大いにあり得る。


 でも猫が殺される可能性が1%でもあって、それを防ぐ事が出来る可能性が1%でもあるのなら、僕に出来る努力は惜しみたく無い。


 何か手がかりは無いものだろうかと考えていると、午後の授業はあっという間に終わってしまい、気がつけば帰りのホームルームが始まっていた。


 『何か分かったら連絡してね』

 それじゃあ、と手を振ると、麻生はカバンを持って立ち上がる。

 『うん。わかった』

 ホームルームが終わるや否や、全速力で家路に向かう麻生を見送ってから、僕はグラウンドに向かい、ゆっくりと歩き出した。


 

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