第25話

 『私の事は、今日から隊長って呼びなさいよ』

 『隊長?』


 思春期真っ只中、一番難しい時期の高校生男子が、クラスメイトの女の子をおいそれと【隊長】なんて呼べる訳がない。


 思春期をなめるなよ。


 『あっ!やっぱやめた。来未くるみって呼んで。とびっきりの愛を込めて』

 『なんでだよ!』

 彼女でもないクラスメイトの女の子を名前呼びなんて出来る訳がない。


 僕は思春期なんだぞ!


 それだったら、まだ、麻生を隊長と呼ぶ事によってクラスメイト達から向けられるであろう、氷の様に冷たい視線に耐える方が、いくらかましである。


 『君こそ、何で自分の女を苗字で呼ぶのよ?麻生って誰?漢字の読めない元総理大臣?私、安藤なんですけど!あなたの嫁の、安藤来未なんですけど!いい加減に名前で呼びなさいよ。周りのむさい男共に、この女、俺のつばつけてあるんだぜ。誰も触るんじゃねぇぞ!って、アピールしなさいよ』

 熱く語る麻生は、まるで青春学園モノの熱血教室の様に凄んでくる。


 『君はまだ、僕の女じゃないし、苗字も安藤じゃなくて麻生だろ』

 出欠の時、先生に麻生と呼ばれて控えめに【はい】と答えたその後で、安藤という先生に元気いっぱいの大声で【はいっ!あっいっけねぇ〜間違えました】と言うのはいい加減やめてほしい。


 いったい、彼女はどういうメンタルをしているのだろうか?


 『だったら、私を女にした時の予行練習で来未って呼べばいいじゃない。もう、理由なんてなんでもいいから、来未って呼んでよ』

 駄々っ子の様にむくれる麻生が、あんまりにも可愛いから、僕は思わず折れそうになってしまう。


 ふぅ〜っ、危ない、危ない。


 『あんまり女、女って言うなよ。あんまり気持ちの良い響きじゃないから』

 『えぇ〜、じゃあレディ?つれ?それともたれ?』

 『レディも、つれも、たれもやめて!』

 『えぇ〜、じゃあ、これがこれなもんで』

 と、麻生は小指を立てた後で、お腹が膨らんだジェスチャーをする。


 『なんで何もしてないのに妊娠してるんだよ?』

 『やだぁ!これから何かするつもりなの?やらしい。いつがいい?今日にする?私はいつでもいいけれど』

 『あぁ〜、もう、わかったよ』

 『えっ?子供つくるの?』

 『つくらないよ!』

 『えっ?つくらないの?』

 麻生が、しょんぼりうつむく。


 『いやっ、まぁ、その…。今すぐにはね』

 

 麻生が、ぶすっと口を膨らませる。

 『じゃあ、何がわかったっていうのよ?』


 『別に、なんだっていいだろ?…来未』


 『えっ?』

 麻生は、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面をしている。


 『ちょっと、今の、もう一回言ってよ』

 『今のって、何?』

 『私の名前!もう一回呼んでみて』


 ハァ〜ッと、深い溜息ためいきをついた後で、

 『来未』

 と、僕はしっかりとした発音で呼んだ。


 何か、変な感じがする。


 だけれど、不思議と嫌な気持ちは少しもなくて、何だか、雲一つない青空に、ふわふわと浮遊している様な、悪くない気分なのだ。


 『はいっ!』

 出欠で先生の【安藤】に答える時よりも数倍の大声で答えた麻生来未は、とびっきりの笑顔を浮かべた後で、

 『やっべぇ、今、めっちゃ子宮キュンとした』

 などと、人目もはばからずに口にする。


 小さな女の子の様に無邪気にはしゃぐ麻生来未は、僕が、この人生の中で目にした女の子の中で、だんとつで一番可愛いらしいのであった。


 『だから、子宮とか言うなって』

 そう不満気に言う言葉とは裏腹に、僕の心は、とても柔らかい気持ちでいっぱいに溢れて、顔が自然とほころんでしまうのであった。

 





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